尋問開始
「お? 予定通り、虹谷博士を拉致れたんやな」
虹谷博士を拉致したトラックがキャバクラから少し離れると、鬼島さんが合流してくれた。
俺がいる荷台に乗り込むと、そこで縛られている虹谷博士へと目を向けている。
「えらいギチギチにロープで巻いとるが、そないに暴れたんか? なんや、散々踏みつけられた跡もあるし、気絶もしとるし」
「別に暴れはしなかったんですけどね。……これは俺の身の安全のためです」
「……なあ、黒間。目が恐ろしいほど座っとんぞ? ……いや、余計なことは聞かんとくわ。この話すっと、またこじれそうや」
俺の方はというと、ウィッグもドレスも変声用眼鏡も外し、虹谷博士を誘惑していた女装をやめている。
いつもの革ジャンとジーパン姿に着替え、精神疲労からトラックの奥にうなだれながら座っていた。
そんな俺と虹谷博士の様子を見比べて、鬼島さんも何かを察したように言葉を止めてくれる。
――鬼島さんもあの現場にいた身だし、虹谷博士をそそのかした人物だ。
こうして終わった後に察してくれるなら、俺も助かる。
「鬼島のカシラぁ。とりあえず、どこに向かいましょうかねぇ?」
「適当に高速に入っとれ。車を走らせ続けといた方が、逃げ出す分には都合がええやろ。またタイミング見て、サービスエリアで姉村はんやラルフルと合流や」
トラックの荷台に乗り込んだ鬼島さんは、運転席への窓越しに西原さんへと連絡を取り始める。
その話を聞いた西原さんも早速トラックを走らせ、どんどんと現場であるキャバクラから離れていく。
異界能力者の護衛を撒いたとはいえ、気付かれればいつ襲ってくるか分からない。
一度はサービスエリアでの姉村所長達との合流を目指し、トラックは高速道路へと入っていく。
「さーて。ほんなら、虹谷博士を叩き起こして、こっちも尋問開始とするかいのぅ。ほれ、さっさと起きんかい」
「ぐぅ……んぅ……。つ、冷たい……」
トラックが動き始めたのと同じころ、荷台の方でも俺と鬼島さんによる虹谷博士への尋問が開始されようとしていた。
鬼島さんは置いてあったペットボトルの中に入っていた冷水を虹谷博士の顔にかけ、強引に目を覚まさせる。
俺に蹴られまくったせいで気絶していたが、少しずつ目を開け始める。
――これでようやく、ご対面というわけだ。
「ううぅ……? こ、ここは……?」
「ようやくお目覚めか。異界能力者特務局代表、虹谷博士」
目が覚めた虹谷博士に対し、俺は腰を落として目線を合わせて語り掛ける。
虹谷博士は自身の体を縛るロープや周囲を見て、かなり困惑している様子が見て取れる。
「き、君は誰だ!? 私に何をした!?」
「俺が誰も何も、ついさっきまで一緒にいただろ?」
「な、何を言っている!? 君のようなゴロツキに会ったことなど、私は一度もないぞ!?」
「ハァ……そうかい。それだったら、これで理解できるかね?」
虹谷博士からしてみれば、目を覚ますといきなり知らない相手が目の前に現れて驚いたのだろう。
そんな博士の目を覚まさせる意味も込めて、俺は女装に使っていたウィッグと眼鏡を手に取り、頭にかけてみる。
「ッ!? き、君は……!? まさか、私に迫っていた……!?」
「ご名答。あんたが必死に尻を追いかけてセクハラまでした女の正体が、この俺ってことだ」
「ふ、ふざけるな! 人の心を弄びおって! 私に男色の趣味はないぞ!?」
「俺だってそんな趣味はない。ただ、こっちもあんたから色々と話を聞きたくてな」
俺が女装をしていた時の姿をさらしたことで、虹谷博士は困惑しながらも自身の状況を察し始める。
「わ、私を騙すだけでなく、このように誘拐までするなんて……! こんなことをして、特務局が黙っていると――」
「後々の厄介も承知の上や。こっちかて、それぐらいのリスクを払ってでも、あんさんから知りたいことがあるもんでな」
「あ、あんたはまさか、あのキャバクラのオーナーか!?」
「せやで。この際やから、本当の肩書も名乗ったるわ。真帝会若頭――それがオレの正体や」
さらには鬼島さんも自らの正体を明かし、自らが危機的状況であることを知らしめさせる。
尻を追いかけていたキャバ嬢が実は男で、キャバクラのオーナーが実はヤクザの若頭だったと聞いたのだ。
虹谷博士は一気に酒が抜けたように、その顔を青ざめさせていく。
「し、真帝会だって……!? ま、まさか、ソウ――」
「あーあー。そこらへんの事情は知っとっても口にすんなや。オレもここにおる黒間には喋っとらん。迂闊なことを口にすっと、こいつで眉間をドカンやで?」
「ヒイィ……!?」
ただ気になるのは、虹谷博士が鬼島さんの正体を知った時の反応だ。
俺が鬼島さんの正体を知った時と違い、その姿はどこか『真帝会そのものについてはよく知っている』といった様子が伺える。
そんな虹谷博士に余計なことを言われたくないのか、鬼島さんは懐から拳銃を取り出して、虹谷博士の眉間を狙って脅している。
「鬼島さん。真帝会は一体、虹谷博士とはどういう接点があるのですか?」
「この博士との接点なんてあらへん。ただ、政府関係者は色々と知っとることもあるんやろ。……まあ、今は虹谷博士にも黙っててもらうし、黒間にも喋るつもりはあらへん」
「……また、真帝会の奥まった事情って奴ですか」
「そういうこっちゃ。目的は真帝会にあらへんのやから、今は察してくれや」
以前から鬼島さんや真帝会には、そのバックに潜むと言われるフィクサーなども含め、今も俺からすると謎が多い。
それでも、今はこうして虹谷博士の誘拐と尋問に協力してくれている。
利害の一致としか聞いていないが、俺もこれ以上の深入りは野暮だろう。
今は虹谷博士から話を聞くのが先決だ。
「……さて。少し話が逸れたけど、早速俺達からあんたに色々と聞かせてもらう」
「こ、こんな真似、今すぐやめたまえ! 今ならまだ、私の口伝でこの誘拐をなかったことにしてやる! そ、そうだ! なんだったら、金も言い値で用意して――」
ガンッ!!
「ヒ、ヒイィ!?」
俺が虹谷博士に話を持ち出すと、逆に虹谷博士の方から示談を持ち出してきた。
ただ、その言葉は今の俺には、火に油としかならない。
俺は思わず右の拳を虹谷博士の頬スレスレへと打ち込み、トラックの床へと激突させる。
『誘拐をなかったことにしてやる』のも『金を用意する』のも、俺にとってはどうでもいい。
そんな上から目線なことを言われても、気に障るだけだ。
俺がこうして虹谷博士を誘拐までしたのは、異界能力者内部の犯行により命を落とした白峰のためだ。
白峰がどういう理由と経緯で殺されたのか?
白峰が探り出した、連続殺人犯ラルフル・ボルティアークの存在の先に、どういう真実が眠っているのか?
――それらこの一連の事件の真相を知ること以外、今の俺には興味がない。
「……もしも余計な口を叩いたら、今度は俺もあんたの顔面に直接拳を叩き込む。……分かったな?」
「は……はいぃ……」
俺が鬼の形相で拳を握る姿を見せると、虹谷博士は完全に怖気づいてしまった。
姉村所長が覚悟を決めていたように、ここまで来たら俺もどんな手を使ってでも情報を引き出す。
必要ならば拷問だってする。
あらゆる手段を考慮したうえで、俺は虹谷博士にまず『一番大きな計画』について尋ねてみた――
「特務局が秘密裏にやっている『Project:Force of the JUSTICE』ってのは何だ?」




