面倒な来訪者
「所長。ただいま戻りました」
「ツッ君! さっき風崎刑事からも連絡があったけど、例の連続殺人犯に襲われたんだって!? しかも銃で撃たれたとか!?」
もうすっかり夜になった道を歩き、俺が姉村便利事務所に戻ってくると、いの一番で姉村所長が飛び込んで俺の両肩を抱きかかえてきた。
そこから脳が震えるほど揺さぶられ、気分が悪くなってくる。
これでは赤ん坊でなくても揺さぶり症候群になりかねない。吐きそうだし、頭の血が変なところにまわるのを感じる。
「しょ、所長。大丈夫です。お、お願いですから、これ以上揺さぶらないでください」
「ああ! ごめんね! でもでも、すーっごく心配したんだよ!? 連続殺人犯を追ってくれるのは助かるけど、無茶なことだけはしないでよね!?」
所長の言葉を聞かなくても、その取り乱しようから心配してくれていたのは分かる。
成り行きでそうなってしまったとはいえ、恩人でもある姉村所長にここまで心配させたのは、俺も反省して――
「ツッ君がいなくなったら、誰がこの事務所の掃除と私のご飯の世話をしてくれるの……!?」
「心配するところ、そこですか?」
――反省しようとも思ったが、どうにも気が抜けてしまう。
この人といると、これまでの緊張まで一気に体から抜けていく。
よく見ると事務所の中は俺が出かけた時よりもさらに散らかってるし、もしも本当に姉村所長一人になったら生活自体ができなさそうだ。
――俺を招き入れなかったら、この事務所はどんな大惨事になっていたのだろうか?
「ところでツッ君。後ろの女の子は誰?」
「後ろ? 女の子?」
そんなズボラ・オブ・ズボラな姉村所長だが、扉の前に立ったままの俺の後ろに目を回し、不思議そうな顔をしている。
俺も気になって後ろを振り向いてみると――
「こ、こんばんは……」
「お、お前!? さっきの現場にいた異界能力者か!?」
――なんとそこには、ついさっき別れの挨拶を交わしたはずの異界能力者の女の子が立っていた。
「え? この女の子、異界能力者なの? かわいい子だね。ツッ君の彼女?」
「んなわけないでしょ!? 風崎刑事から話を聞いたんじゃないですか!? 俺がたまたま助けた異界能力者ですよ!」
そんな何故か俺の後ろでオドオド挨拶をする女の子を見て、姉村所長の突拍子もない一言。
別にこの女の子が可愛くないというわけはないが、俺の彼女だなんて勘違いだけはやめてほしい。
そもそも俺はこの女の子と初めて会ったのはさっきの殺人現場だし、名前さえも知らない――
「あ、あの。黒間君だよね? 高校一年生の時に同じクラスだった……」
「……え? 高校で同じクラスだったって? そういえば、見覚えが――」
――知らないはずだったのだが、よく見ると俺はこいつの姿に見覚えがある。
高校は結局二年の頃に両親が死んだショックで中退してしまったが、確かに俺が一年生だった時にこいつの姿を見た記憶がある。
あの時より少し背が伸びているが、この後ろ髪を括って前に持ってきている姿は――
「白峯さん……だったか?」
「そ、そうそう! 覚えててくれたんだね! 高校一年の時に同じクラスだった、白峯 香音だよ!」
――ようやく思い出した。確かにこいつは俺の同級生だ。
名前は白峯 香音。同じクラスの時は特に何の変哲もない、一般女子高生の一人という印象しかなかった。
もっとも、俺も当時はワルぶって中々授業に出席してなかったので、同じクラスの同級生でもほとんど覚えてない。
ただ、この白峰は後ろ髪を肩にかけて前に持ってくる容姿が印象に残っており、ギリギリ覚えていただけだ。
背が伸びたと言っても、それ以外はほとんど容姿に変化がないのも思い出せたポイントだろう。逆に言えば、ほとんど成長しないわけでもあるが。
「黒間君はだいぶ変わったよね。高校の時は金髪だったのに、今は黒く染めてるし」
「黒く染めてるんじゃなくて、金髪に染めるのをやめたんだよ。お前、馬鹿だろ?」
そうして久しぶりに会った白峰なのだが、どうにも掴みどころがない。
高校時代もそもそも話をしたことがないし、よく考えたらどういう奴かも分かっていない。
――とりあえず、頭は悪そうだ。
「ツッ君! 久しぶりに会った同級生の女の子にそんな口を利くなんて、私はそんな風に育てた覚えはないよ!」
「所長は割り込まないでください! そもそも、あなたに育ててもらった記憶――は、ありますが、それとこれとは話が別です!」
「後、私も最初に会った時に思ってたけど、今時金髪の不良とか古いよ!」
「それについては俺も今は思いますが、少なくとも所長が今言うことじゃないですよね!?」
さらには姉村所長まで話に割り込み、余計なことを言ってくる。
姉村所長に育ててもらったのは事実だし、今思えば金髪の不良というのも時代錯誤でダサかったとも思う。
だからと言って、このタイミングで出す話題ではない。思考の邪魔だ。疲れる。
「黒間君、今はこの人のお世話になってるの?」
「まあ、この人のおかげで生活できてはいるが……」
「……ヒモ?」
「お前! やっぱり馬鹿だろ!?」
さらにさらにと追い打ちのように、白峰の歪んだ解釈まで加わってくる。
俺はあくまで姉村便利事務所の調査員として働いていて、所長は育ての親のようなものではあるが、決してヒモではない。
むしろ俺が生活の面倒を見ているぐらいだ。
――もう限界だ。早く自分のアパートに戻りたい。
「白峰ちゃんだったよね? よかったらツッ君のこととか、詳しい話を聞かせてほしいかな?」
「え、あっ、はい。だ、大丈夫です」
「……ついさっき、第二世代の異界能力者が殺された現場にいたのに、こんなところで道草食っていいのかよ?」
「そのことなら、私もあの現場に特務局の人が来る前に出てきたから、大丈夫」
「……そうかよ」
一応は同僚である異界能力者が二人も殺されたばかりだというのに、白峰はどうにも呑気な奴だ。
こいつは俺がよく知る異界能力者のように悪い奴ではないのだろうが、やはり頭のネジがどこか吹っ飛んでいるのではないのだろうか?
まあ、そんなことはどうでもいい。
こうして姉村所長と女二人で駄弁るのならば、男の俺はいないほうがいい。
俺の話題が出てこようが知ったことか。
「それじゃあ、俺はアパートに帰りますね。後は二人で適当に――」
「ダメだよ! ツッ君!」
そう思って俺は足早に帰ろうとしたのだが、姉村所長にお気に入りの革ジャンの袖を引っ張られて止められてしまった。
もう夜だし、俺は帰って休みたいのだが、いったいこれ以上何をさせるつもりで――
「ツッ君がいなくなったら、誰がこの汚い事務所でお客さんの出迎えをするの!?」
「所長がしてください! てか、しなさい!!」
■白峰 香音
第一世代の異界能力者。黒間の高校の同級生。




