6話 シドラス=イリィ
シドラスの過去話回です。何だこの主人公感は!?
ネオン輝く夜の街。
静寂が恋しい程の喧騒を奏で、今日も日を越える。
そんな中、一人の青年が路地裏から本道へと飛ばされて来た。身丈はボロボロで、折角の催し衣装もドロドロじゃあ格好も付かない。
すると、青年の後に続く様に路地裏から巨漢が出てきた。
周囲の野次馬の期待さながら、巨漢は青年を持ち上げ、再び路地裏へと消えていった。
悲痛な叫びなんてなんのその、夜の街はいつも賑やか。
一人の命が無くなった所で、何も変わらない。
「えっ! ホストですか!?」
「そんなに驚く事ないだろう」
シドラスの前世ーーーいや、この場合前々世というべきかーーーは、まるで僕とは無縁でいそうな仕事に就いていたそうだ。
人見知りな事を除けば、お似合いな気がするけど……なんだかカースト負けしたみたいで恥ずかしい。
「……ヘマをしてね、一人の女性惚れてーーーま、そこはいっか」
気になるでしょうが! 人の人生語りって、ついつい耳を傾けてしまう説がある。
しかし藪蛇はしない主義なので大人しく続きを促した。ホストが異世界転生って中々聴かない響きだなぁって思いながら。
「どうぞ」
「うん、それでねーーー」
異世界転移。
僕、シドラス=イリィは、地球時代の命の散り際に、エデノラとはまた違う世界に転移させられた。
地球で仕事の関係上、有名なアニメや漫画をかじっていたお陰もあって状況はすぐに飲み込めたけど、それでもゲームの様に定められた道、ルールとか存在しなくて、右も左も分からない上ーーーその上、転移先は牢獄だったんだ。
その牢獄はその世界の三大王国の一つのもので、処刑が決まった際に使用される執行牢の一部屋。
「ほんと、あの時は怖かった。日本での常識が通用しないって思ってたし、何せ出れないし、僕一人だったし……」
そのまま二日、三日と経ち、ようやく開いた鉄格子先の扉からは、無邪気に笑う女の子が入って来た。それが後の王国を担う器、つまりやんちゃなお姫様だった訳だ。
そんな彼女は僕を見るなり悲鳴を上げて、悲鳴を聴きつけた師匠も僕を見て臨戦態勢……渦中の僕にとっては、疲弊してて弁解する気力も無かったよ。
だけど、やっぱり人。人情。
「由緒正しき人っていうと偏見かもしれないけど、やっぱりどんな時代、世界であったって、人は人を助けてくれるんだって思ったよーーー」
「…………」
それから僕はその国の兵士として暮らし、お姫様を護る近衛部隊の隊長にまで登り詰めた。師匠直々にワンツーマンで戦い方を学べたのも大きかった。
でも、平和な日々は終わりを告げたんだ。
三大王国の一つが急に唯一論とやらを唱え始めた。
……つまり戦争だね。
丁度その時は戴冠式の日、決着は一瞬だった。
「相手方が、戴冠式って事を知ってたんだね。広域魔法を最大限で放って来たーーー城の全てを焼き払う勢いのをね……当然その為の下準備もされてたって話」
「……気付けなかったんですか?」
「うん……そうだね。まぁ、事実はもっと酷くて、気付けなくて当然だった訳だけどーーーそれでもまだ僕は生きていた」
お姫様を庇いつつ、簡易的だけど防衛魔法を発動させた僕は相当なダメージを負った。でも身体は動いたから、お姫様の好奇心で作られた城の抜け穴、僕と彼女しか知らないそれに入り込んだんだ。
そこで師匠に会った。
言わずもがななタイミングだよね、だから……剣を抜いた。でも、僕を近衛の隊長まで育ててくれた相手だ。酷く儚い最後だったよ。
「つまり……相手国のスパイがシドラスさんの師匠さんだったって事ですか……」
「そう。そして苦しくも地球の時と同じ様な結末……、結局惚れた女性を護れないで死んでしまったんだーーー」
だから、とシドラスは決意の篭った声音で、
「今度こそ護る。三度目の正直だ」
と言った。
「なんか凄く、主人公感がします」
なんというか、ボキャ貧な僕の精一杯に率直な意見だった。明らかに僕よりこの人が主人公なんじゃないかって思う、だってかっこいいんだもん。
「ハハハハっ! こんなバッドエンドばかりの主人公だったら誰も観たり読んだりしないだろうね」
何処がそんなに面白かったのかお腹を抑えて笑う彼を見ながら、僕は自分の過去がどれだけ薄いのかを再度確認していた。生き様なんてクソくらえって、何度も思ってたあの頃を……。
「ーーーはぁー。でも、ヒノヤくんだってこの世界に来たからには特殊能力を貰ってるんだろう? 物語で言うならみんな主人公さ」
ひとしきり笑い終えた彼は、目尻の涙を拭いそう言った。
確かに、それぞれにそれぞれの物語がある、主人公ってそういうものだろうけど、でもやっぱり僕には向いてない。
「ーーーシドラスさんはどんな能力を?」
だからまずは生きるすべ、モブでいるにしても死ぬのは嫌だから出来る事をする。問い掛けは単純な興味だけど。
するとシドラスは少し考えて、それから言った。
「本来スキルを他人に教えるのはナンセンスだけど、特別だよ。 僕のスキルは『広域視』ーーーって自分で呼んでるだけだけど……簡単に言うと凄い望遠鏡ーーーみたいなものだね」
いわく、近場を見るなら視界外の細かな動きまで、遠場なら隠れてる頭数まで〜らしい。
実際に僕自身が使用出来る訳では無いので、何となくこんな感じで捉えておく。
「なんか凄いスキルですね……、僕もそんな分かりやすいのが欲しいです」
「あれ、自分のスキルが分からないのかい? いやまぁ、ちゃんと自身で認知しないと実感湧かないって話だから仕方ないよなぁ」
正直に言うとそれっぽい能力はあるのだが、ルイーナとの憑依がまだ出来てない以上、どんな精霊とも憑依出来るって仮説が立証されない。
もちろん、リフィアとの憑依だけで充分過ぎるくらい強いので、贅沢は言わないけども。
「でも、近いうちに分かると思うぜ。じゃないとルールが成り立たないだろ?」
シドラスがそう言ったタイミングで、テントの中からリフィアとサニラスが出てきた。
「ヒノヤ、目が覚めたのか! 大丈夫か? 痛い所は? 具合は悪くないか!?」
「おはよ〜2人とも〜。見張り交代しよ」
僕は一瞬で距離を詰めて来たリフィアに揺さぶられながらも、シドラスの最後の一言について考えていた。
ルールなんて、そんな言い方されたら、まるでここはゲームの中みたいじゃないか…………。恐怖だって痛みだって、けっして偽物じゃないし、死んだらそこまでなのに。
もしかしたら転生者はそれぞれ、何か別の理由、目的でこの世界に呼ばれてるのかもしれない……、あくまで仮説の域だけど。
(んにゃあぁ、よぉく寝たぁ)
一番のねぼすけをスルーしつつ、僕とシドラスはテントの中に入り、寝る事にした。
世界の謎、一体どんな謎なのか、解明されるのか?
いや、解明させようや……