シュークの一計
誰が悪人とかはないです。どいつも間違ってない行動をとったけどとんでもない爆弾があっただけですし
次がエピローグになります
地震。大魔法として扱われるそれは魔王の戦いでは頻繁に使われていた。カリスの態勢を崩すためであったり連携を阻害するためであったりと目的は戦闘のためだった。
だがこれは違う。カリス達はそう感じ取れていた。
「これは!?」
「震源は近いわ。……おかしいわね、震源が一つじゃない?」
「シュークが心配だ。戻った方がいいんじゃないか?」
魔物を狩り、周囲を警戒していたカリスの視線がファナントの向こう側へと向けられる。意図を察したファナントは向けられた視線の先へと盾をかざし、急襲してきたキングタイガーという魔物の衝突を受け止めた。
キングタイガーは強い魔物だ。しかしファナントからすれば突進は振り払える程度であったし、カリスなら突進を利用して一刀両断することも簡単だ。
そのはずだった。
「……重い!?魔物が強くなって!」
一瞬だけだがファナントが押し込まれそうになるも、ディアナの杖から雷が走りキングタイガーは絶命する。
「シューが言ってたことか!?だとしたらシューの身に何か起きたのか!?」
「急ぐわよ!」
カリス達は魔物の殲滅という役割を投げ捨ててシュークの下へと走る。起きている事象から既に手遅れと理解できていても、認めたくなかった。
シュークが死んだ、ということを。
そして地震が起きたことをシュークの身に何か起きたと即座に理解できた者はカリス達だけではなかった。
「シューク様ぁぁぁぁぁ!!!!!」
慟哭の叫びが魔王城に響く。アイディが抱えるのはシュークの頭。首から切り離され、二度と目を開かない無残な姿となっていた。
アイディが城壁の上に上がろうとしたその時だ。ところで地震が起きた。そしてすぐさまシュークの下に戻ったものの、既に何もかもが終わった後だった。
首から上が切り離され、ピクリとも動かない姿。事切れている、死んだ、生きていない、現状が理解できるからアイディは思考を止めた。
理性による知性を感情の爆発が押し流したのだ。何故、どうして、そんな考えさえも今のアイディにはない。あるのはただシュークへの想いだけであり、誰にも止めることはできない。
例え、近くにいた暗殺者にだろうと。
(何が起きてる!?)
アイディは気づいていないが、彼女の周囲から爆発的に瘴気があふれ出していた。まるでアイディの感情に引きずられるように瘴気は噴き上がる。しかも厄介なことに、ゲルトロクに対しては見るだけで焼け付くような感覚を押し付けつつもあった。
アイディも殺すつもりだったゲルトロクは判断をそこで変えた。既に目標の討伐は完遂したのだ。ならば厄介な相手とは戦わない、それでいいのだと自信を納得させる。アイディへと身体を向けながら少しずつ後退し、距離をとることで少しずつ焼け付く影響を薄れさせていく。
ゲルトロクの想像以上に影響範囲が大きく、アイディの瘴気は家のような障害物が間に合ってもなお影響を及ぼした。しかしそこまでだった。
魔王城の入り口近くまで移動が終わったゲルトロクには焼け付く感覚は完全に無くなっており、警戒する必要もなくなった。そう判断し、ふぅと一つ安堵の息をついた。
それがゲルトロクのたった一度の油断だった。
「シュー!」
声よりも早く魔王城に突入してきたカリス達はゲルトロクに気づかない。気づかないがために、速度を落とすこともなかった。
そして不運にも移動ルート上にゲルトロクはいた。まるで大型の魔物が音速で迫り激突するように、ゲルトロクはカリス達の衝突を不意に充てられた。
「ぁっ!?」
だがゲルトロクはそれなりに強かった。一度くらいなら致命傷には届かない程度であり、家を壊し貫くほどの衝突で吹き飛ばされても死ぬことはなかった。
……これで死ねた方が運が良かったと気づくのは、一瞬後のことだ。更なる不運の足音は、声という分かりやすい形で届くことになる。
「ああああああああ!」
慟哭の声、見れば焼け付くほどの瘴気が噴き上がる場所。そこへと勢いよく吹き飛ばされ、止められない現状にゲルトロクは気づけてしまった。
「がっ、なっ!嫌だっ……こんなっ!?」
勢いが止められない。たったそれだけの事実がゲルトロクの行き着く先を示してくれる。理解ができてしまうこともゲルトロクからすれば不運とすら言えただろう。
「シューク様ぁぁぁぁぁ!!!!」
見れば焼け付く人ならば、浴びれば一瞬で溶けるであろう瘴気の火山へゲルトロクはその身を投じた。
幸運にも、それに気づいたのは何か吹き飛んだと気づけたカリス達だけだった。殺めたであろうアイディは、ただ慟哭に叫んでいたのだった。
「シュー……」
周囲が水浸しになる程に涙を流し、未だ泣き止む気配のないアイディ。カリス達はその様子を見ることしかできない。
アイディがこうなった理由も分かる。もしアイディがいなかったらカリス達の誰かが同じように泣いたことだろう。泣く様子を見て、喪失したものの価値を胸に直撃させるのだ。行き過ぎた悲しみを、感じ取れる程の悲しみへと変えるために。
ファナントがカリス達へと、アイディに気づかない小声で二人に話す。
「さっき吹き飛んだやつ、あいつだろうな」
「俺たちでも気づかない暗殺者だ。シューなら気づいたかもしれないが疲労や傷は変わってない。……止められなかっただろう」
血が滲み出る程に拳を強く握りしめる二人。自らの弱さがために親友を助けられなかったことが悔しくて仕方がなかった。
そんな二人を横目にディアナはアイディの下へと歩みを進める。その顔は悲壮に塗れて一筋の涙を流していたが、悲しみを背負い進む覚悟も示していた。
「悲しみたいのは私も同じ。だけどシュークが守ろうとしたものは今にも壊れようとしてる」
「ディアナ!?」
カリスの声を無視し、アイディの目の前に立つディアナ。眉は吊り上がり、どこか怒っているようにも見えた。
「アイディ!聞きなさい!!!」
後ろへ吹き飛ばす勢いでアイディの額へと杖を突き出す。泣いたまま、周囲を見もしないアイディには避けることはできない。
「痛ぁっ!?」
勢い良く突いたのにまるで拳骨を受けた程度の衝撃しか走らない。アイディは気づいていなかったが、アイディは分かって突いていた。
ディアナは魔法使いであり、相対する者の魔力がどれくらいあるのかを測ることができる。魔王城に来る前とシュークと会った後でアイディの魔力量がとんでもない変化を起こしているのは見た瞬間に分かっていた。
そして魔力量は身体能力にも影響を及ぼす。ディアナが殴ったとしても、傷一つ付かなかっただろう。
「アイディ、悲しいのは分かる。叫びたいのは分かる。でも今は押し殺しなさい」
「何をっ!?」
「シュークが!!……命をかけてでも守ろうとしたもの、何か分かる?」
ディアナは声高にシュークの名を、諭すように彼の信念は何かと声に出す。アイディの勢いを吹き飛ばし、泣き続ける慟哭よりもディアナの話の方が大事なのだと言うように。
カリスとファナントは黙っていた。これは同姓であるディアナにしかできない説得だからだ。仮に二人が話していたら話を聞くよりシュークを思い出す方が先に出てきただろう。もっとも、一番先に説得し始めたのが信頼し合っているディアナだから、ということもある。
「ぐすっ……シューク様が……守ろうとしたもの?」
「ええ。時間がないから教えてあげる。それはあなたよ」
瘴気はいつの間にか収まっていた。泣き叫びに反応するのなら泣き止めば止むのも当然だ。
そしてディアナは語る。パーティでも最も信頼していた人のことを。その想いを。
「……私?」
「そう、そしてシアハや教会の人たち。私たちもそう」
一呼吸置き、どこか複雑そうな顔でディアナは微笑む。旅の途中、4人でこっ恥ずかしい想いを赤裸々に語った記憶。戦う理由は皆似たような想いだった、だからなのか一人だけはよく覚えている。
「人を守るため、助けるために戦う。それがシュークの信念よ」
過去を懐かしむような感覚。二度と戻ってこない人への想いに、思わず一筋の涙がディアナの頬に流れる。
「人を……助ける」
代わりにアイディの涙は止まった。アイディの理性がようやく帰ってきたのだ。ディアナは視線の奥に、アイディの瞳に光が灯ったのを確信する。
本来ならシュークかシアハがこの役割をすべきなのに。自問自答をしながらもディアナは優しくアイディに問いかける。
「シュークはあなたに何か言ったでしょう?例えば……もしものことがあったらなんてことを」
「何でそれを!?」
アイディにはシュークがアイディに何かしたのは分かっている。ならばシュークがこんな事態を考えない訳がない。アイディにはシュークが何かしでかすことへの信頼があったのだ。
同時に、しでかすこと自体がシュークの信念に従ったものであるという理解も。
「シュークが渡した信念。それをあなたは持ってるはず」
アイディは赤くなった目を見開く。アイディとシュークの会話はアイディのことをシュークは信じているというもの。そんな大それたものを渡された記憶はなかった。
首を横に振ろうとするも、何故だかアイディの身体は否定する。アイディにシュークの信念は渡されているのだと、無意識レベルの感情が叫んでいた。
「泣き叫び、シュークの無念を想うのは構わないわ。でもその悲しみで、シュークの想いを踏みにじりたい?あなたを大事に想っていたシュークをあなたは蹴り飛ばすの?」
「そんなこと!私がするわけない!!!」
挑発染みたディアナの言葉に反射的に反応する。シューク様を馬鹿にするな、たったそれだけの感情だけで条件反射する程にアイディはシュークを想っているのだ。
シュークから瘴気を充てられたからではない、アイディは元々そういう気質なのだ。
「ならば立ちなさい。立って信念を見せなさい」
アイディがシュークを馬鹿にすることはない、ディアナはそれが信じられる。……同じ男を慕っていたのだから。
差し出されたディアナの手を取り、アイディは立ち上がる。その様子をカリスとファナントは視認し、ゆったりと近づく。
「シューの遺体はこっちに。俺にできることはそれくらいだ」
「……カリス?勇者の力なら一番近くの町くらいは」
ディアナの言葉にカリスは首を横に振る。いつもの自信満々な顔は消え失せており、どこか寂し気な表情だった。
「魔王、やっぱりシューの持ってたやつだったみたいだ。もう力はないよ」
ディアナが説得している間に先に聞いていたファナントは、アイディからシュークの頭を受け取る。そしてすぐ横にあった体のあるべき場所へと置き、シュークの手を祈りの形へと変えていく。
パーティで死体を扱う時は僧侶であるシュークの役割だった。だが忙しいときはファナントが手を貸していた。ファナントは脳裏に浮かぶ彼に馬鹿野郎と一言呟き、後ろにいる二人へと口を出す。
「ディアナ、何かするんだろ。魔王城の城壁の上が一番見渡せるはずだ。城は崩壊しちまってるからな。あとこれ持っていけ」
ファナントから質素な杖が一本ディアナへと放り投げられる。ディアナには見覚えしかない杖、アイディにとっては形見であるシュークの杖だ。
ディアナとアイディからは背中を向けていて見えないものの、地面には水滴が落ちていた。ポタリ、ポタリとファナントの身体が震える度に水滴は落ちていく。
「ありがとう」
ファナントの言葉を受け、ディアナはアイディの手を引っ張り歩き出す。アイディの涙はもう流れていなかった。
「ディアナさん。……ありがとうございます」
「終わった後、あの永遠に黙ったバカに言いなさい。……ホントに、バカなんだから」
シュークにパーティメンバー以上の感情を持っていたアイディはただ彼を馬鹿にする。アイディには馬鹿にするなと言っておきながら自身は馬鹿にする。まるでアイディにできないことを代わりにやってくれているようだった。
カリスとファナントを置いて城壁へと飛行魔法で一気に上がり、城の周囲へと視線を向ける二人。アイディが一歩前に立ち、ディアナからシュークの杖を渡される。
「シューク様は瘴気を扱え、長所を見せろ、そう言いました」
アイディは凛とした表情でアイディへと話しかける。少しだけの困惑と、一歩踏み出す勇気への激励が欲しいことを視線に込めて。
「私の長所なんてせいぜい雑多な知識が人よりあること。例えばクリニ村の周囲には毒草が生えてるからその横にあるアルバ村の耐毒草がセット扱いになってることとか」
アイディ自身はそこまで大した人間ではない。彼女自身はそう思っている。
確かに事実として、アイディの力はシュークにより伸ばされたと言ってもシュークを超えるほどではなかった。そしてシュークの力は瘴気を除けばカリスにも及ばない。周囲の町一つ救えれば良い方だった。
「……シュークは馬鹿な嘘はつかないわ」
「はい。だから分かるんです。して欲しいことは瘴気の扱いと、この知識にあるんだって」
だからこそ、アイディしかいないのだ。今のアイディならば確信を持ってそう言える。
カリスには力しかなかった。シュークには瘴気という力はあっても、知識も不十分だった。ディアナには力がなく知識があった。アイディには……どちらもある。
杖を地面に立て、祈り縋るようによりかかる。アイディの周囲から瘴気が湧き出し、少しずつ立ち昇る勢いが増していく。瘴気はシュークへの慟哭に応えた時のような動きはしておらず、完全に制御されているようだった。
「シューク様から扱えるようにしてもらった瘴気、放たれた歴代魔王のそれに比べれば天変地異とそよ風ほどの差はあるでしょう」
100年単位で溜め続けた瘴気と1日程度の瘴気。比べるべくもなく強大さは桁違いだ。ゴブリン一体をオーガキングという種族すら変え王の領域まで到達させる瘴気と比べれば、せいぜい握力が強くなる程度。
だがそれで構わなかった。アイディにはシュークが望んでいたことという目的と、それを到達する知識はあるのだから。
「できることに差はあれど、シューク様の意思を継ぐならやるべきことは一つ」
ディアナは最期にシュークと話した会話を思い出す。シュークがやりたかったことを、彼女は代わりにやるのだと。
私がやりたかったとディアナの目からは涙が自然と流れる。ほぼ同時に、アイディの瘴気が天地へと翔り始めた。
「我が祈りよ、穢れを纏いし我が意思よ、救うべき者へ標を示せ」
世界各所に、光が走った。
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