シュークと魔王の置き土産
残りは夕方頃に
4人は町中を歩くように、魔王城まで到着していた。
魔王を討伐する前には魔物どころか魔人すらいた。それを考えればこうまで道のりが容易になっていること自体が罠とすら思えてしまう。
が、罠は存在していなかった。というのも魔王が討伐されれば魔力が暴走して爆発すると思っていたのだろう、逃げ出した足跡がそこかしこに見えていた。いつ爆発するか分からない爆弾がある場所に行く魔物や人はいない。
「魔物出なかったな」
「好都合だろ、急ぐぞ。シューは10日でも余裕だとか言ってたけど強がりだろうしな」
「でしょうね。私たちでも今が全快の一割から二割くらいだし」
その言葉にアイディは驚愕に震える。全快に至っていないにも関わらず周囲の魔物を殲滅できる自信が三人にはあるのだ。しかもアイディという足手まといを連れて行っても問題にならないと言う。
戦力差が酷すぎることに落ち込みながらも、アイディの役割はそこではないのだと意気込む。
そして彼らは魔物や魔人とは一体も遭遇せず、シュークの下に到着した。。
カリス達の視界に入ったのは三日前とほぼ変わらないシュークの姿。少しやつれ、魔力が少し淀んでいたものの、生きていることに4人はホッとする。
「シュー!」
「……間に合って……くれましたか」
シュークはカリス達に気づくと顔を4人の方へ向ける。しかし岩に座ってたいシュークはそれ以上動く素振りを見せなかった。
代わりに、その身に埋め込んだ瘴気を解放した。その量とシュークが瘴気を放ったという事実にカリス達の足が止まる。
「瘴気が魔王を倒した時より増えてる!?」
「存外……面倒なことだったようです……」
瘴気を放ったが、シュークとは敵対している訳ではなかった。炎といった攻撃的な属性も付いていない瘴気だ。当たったところで影響はないと即座にカリスは判断し、放たれた瘴気を全身に食らいながらもシュークの目の前へ数歩でたどり着く。
「話は後だ。先に回復を」
その言葉にシュークの口角が少しだけ上がる。信頼していた者が応えてくれたのだ。笑いたくなるのも当然のことだった。
「シューク様!」
「アイディ?何故……?」
「シアハ様が行くようにって!」
「あの……っ馬鹿……!」
シュークとシアハは上司と部下という関係だが、それはあくまで教会内での話だ。
二人は悪友だった。かつて悪ガキだった二人は年の差があったものの、非常に相性がいい友だった。そしてそれは教会に入り、力を付けた後も変わりはない。軽口も叩き、何よりも信頼し合える仲だった。シュークからすればカリスよりも信頼できる程だ。
そんな仲だからこそシアハの狙いがシュークには分かってしまう。目をそらしたくなるほどに、シュークは何故アイディを連れてきたのか分かりたくなかった。
「後続が来るって話だ」
「なる……ほど……」
シュークの舌打ちするような動きをカリス達は見逃さない。シュークとシアハとの仲はカリス達も知っているが、シュークが振り回されるような目に合うことがほとんどだとも知っていた。
とはいえ今回は死ぬ瀬戸際の話だ。だというのにシアハの態度が変わらないというのは、三人からすれば腹を立てるのも当然だった。
「浄化の光よ、我らが同朋を救いたまへ」
「……浄化が……上手くなりましたね」
アイディの浄化魔法でシュークが抱え込んでいる瘴気が少しずつ浄化されていく。それでも元は魔王が溜め込み、シュークが持っていてもなお増加し続ける瘴気だ。傍目から見たら全く変わらないようにしか見えなかった。
「で、でもこんな量無理です!」
「ほんの少しの余裕はできましたよ」
しかしそんな様子とは打って変わって、シュークの体調は回復してきていた。
シュークのしぶとさは何も生命力だけではない。その馬鹿げた自然治癒能力という武器があるのだ。自然回復だけで腹を貫かれるほどの重傷も治せる程であり、瘴気さえなければ魔王との戦いで負った傷も治っていたはずだった。
そして今、瘴気がアイディによって一時的に弱まった。それにより僅かだが体力の回復を行えていた。
「拮抗すらできないですか……でしょうね」
とはいえアイディはそこまでの浄化能力を持っていない。自身の浄化能力を全開で一気に解放するという技を使っていたが、それでも抵抗するのが精一杯であり、拮抗できていなかった。
「シュー、何が起きてる?そしてシアハとお前は何を考えてる?」
シュークは溜息を一つ、深く……とても深く吐いた。それはカリスとファナントには分かる、とても面倒なことが起きていることを知らせる仕草だった。
「簡単なことです。魔王とはただの便利な蓋でした」
「蓋?瘴気……まさかこれ、大地の蓋?」
ディアナがボソリと信じられないと呟く。
ディアナは魔法使いの中でもエリートだ。賢者などという言葉でさえ評価できない程の名声や力も持っているのだ。そのディアナでさえ信じられない程の存在が魔王だった。その意味が図り切れず、カリスとファナント、そしてアイディは首をかしげた。
「ディアナ、どういうことだ?」
「大地には魔力が噴き上がる場所がある。そこの周囲では魔力草がとれたりと便利な場所なんだけど……逆に魔力草もどんどん増えていくから刈ったりしないといけない。そういう場所での魔力草を大地の蓋って呼称するんだけど、それの超大規模版がここみたいね」
カリスは魔力草の産地である地方の出身だ。だからこそその意味が分かった。そしてもしやと疑問をディアナに問いかける。
「赤い草原は魔力草が太陽の色に照らされただけかもって言ってたな」
「ええ。そんな大地の魔力を一身に受けていた存在がいたとしたら?」
その言葉に納得し、同時に驚愕にも震えるカリス。カリスは魔力草が特産である地方の出身だ。魔王城を取り囲んでもなお増え続けているような赤い草原を知って、やりきれない思いになるのも仕方のないことだった。
「それが魔王か」
「蓋か、要するに魔王がいなければ魔力の噴き上がる量が変わる」
「ええ。……歴代魔王の影響か、瘴気は誰にでも扱いやすく改良されてます」
「何?」
ファナントが納得したところでシュークはとんでもない爆弾を投げてきた。
瘴気とは魔力そのものであるが、魔物や魔人が操ることが多い。そのため扱えば扱うほど魔に属するものになりやすいと信じられている。
が、今の言葉はそれをある意味否定するようなものだ。誰にでも扱える瘴気など魔に属するものという概念を打ち壊すものだ。もちろん悪用すれば第二の魔王を作り出せるという意味もあるが、扱う者が「人」であればその限りではない。
さらにシュークは誰もが驚くような言葉を口に出す。
「瘴気はうまく扱えば自身の魔法に上乗せできます」
「な」
カリス達が驚く暇もなく、シュークの身体は淡い光を纏う。それは治癒魔法であり、重傷を負っていたシュークの傷を瞬く間に治していった。
「こんな風に」
驚きに言葉も出ない4人。
カリス達3人は王都で数人がかりの僧侶による回復を受け、それでも全快から一割程度の力しか使えないほどだった。当然、完全回復していない傷跡も残っている。
それをシュークは一人で傷跡もほぼなしに回復させきったのだ。最前線で戦うシュークと町中の僧侶では力量が違うとはいえ、隔絶するほどの差はなかったはずだった。が、目に見えて現れており夢と錯覚することさえできない。
「傷を閉じただけで全快には程遠い。……ただ……瘴気の扱いやすさとは同時に精神が侵され……ます。今知りました」
「おいバカ!何してんの!?」
立ち上がろうとして倒れ込んだシュークにカリスが手を取り座り直させる。
カリス、ファナント、シュークが揃うと、ときたま馬鹿なことをしでかす癖があった。それは些細な喧嘩から魔物の殲滅競争などというものまで、まるでパーティの中で一番凄い奴は俺だと誇示するかのように。それを毎回怒るのがディアナの役割だった。
けれど致命的なことは絶対にしないことをディアナは知っていた。だからこそ怒るだけで咎めはしない―それが魔王の置き土産という重大なことでなければ。
「こんなときにまで馬鹿やるんじゃない!ガキかお前は!」
「ディアナ……すみません」
ディアナの威嚇するような怒り方に、シューク眉をひそめ反省している顔をする。パーティでも極稀にしかない光景だった。
しょぼくれた顔をしてシュークは話を続ける。怒られても話をしないと先に進まないなと、ディアナも何も言わなかった。
「アイディが来てくれて助かりました。浄化しながらなら瘴気もただの魔力増加設備として扱える。上手くすればアイディも私と同等レベルまで成長できますよ」
「喜んで」
花が咲くような笑顔を見せるアイディに釣られ、頬をゆるめるシューク。それはまるで兄妹のようであり、仲の良さが分かる様子だ。
その間に割り込むのは、ディアナの重い言葉だった。
「待ちなさいシューク。それって誰でも魔王並に強くなれるってことじゃないの?」
その言葉に全員の様子が静まる。
誰でも魔王のような強さを得られる。それはこの世界で誰でも喉から手が出る程に欲しい権利だ。魔物に襲われようと、災害に襲われようと絶対に死なない上に対抗すらできる「絶対的な力」。カリス達でも四人でようやく討伐できる力だ、夢物語の一つとすら言えた。
数瞬後、シュークはフルフルと頭を横に振った。
「無理ですね。現状だと魔力をうまく扱えるように開花させられるくらいです。十分と言えば十分ですが……」
「現状だと、だろう?どこまで何ができるようになるんだ?」
ディアナの追及は止まない。付き合いが長い彼らは、数瞬という時間が何を示したのかくらい分かっていた。シュークから言ったら信じたくない事実である、ということを。
「ここに住むだけで私たちレベルの強さになれます」
「……正気か?」
思わずファナントから言葉が飛ぶ。それも当然だ。カリス達勇者パーティは馬鹿げた力は持っているものの、国や人種から見れば人として見られるのものだ。規格外で化け物を見る程ではない。
言い換えると人として見られる限界の強さを有するのがカリス達なのだ。そしてそれはつまり、カリス達レベルの強さを持つ人を量産することに問題がないことを意味する。
「できるというだけですよ。人類は同種で争うことが基本なんですから、そんな真似すればここに住む人が魔人扱いになってしまいます」
「便利が過ぎるしそうなるか」
だよなぁとカリスとファナントが納得する。ディアナもでしょうねと呆れるような眼を向けていた。
ただしアイディだけは羨望の目を向けていた。最前線に出ていないからこそ力を欲しがるという、カリス達が村や町を訪れる度によく見た表情だった。
「特に権力を持つ者に知られてはいけませんね。デウス国王やシアハに知られたら間違いなく利用されるでしょう」
「だろうな。シューク、一つだけ教えろ。今お前が死んだら瘴気はどうなる?」
鋭い目を向けカリスが尋ねる。それは勇者としての直感だった。魔王と対比する存在である勇者は、魔王の力が途絶えれば勇者の力も失われていく。そして未だに勇者の力を持っているカリスだからこそ、魔王と瘴気の関係を注視していた。
「はぁ……忌々しいことに、こうなった時に備えて歴代魔王が仕込んでいました」
「何が起きるんだ?」
ゴクリとシュークを除く四人の喉が鳴る。珍しく苛立ちを隠そうともしないシュークの雰囲気に押されたのだ。
「恒久的に全世界にここの魔力を送り出すようです」
シュークは歯ぎしりすら聞こえそうなほどに怒りを隠さない。その意味が分かるファナント以外の三人は魂が抜けたような顔をしていた。
「噓でしょ…」
「ディアナ、教えてくれ。魔力を送ってどうなるってんだ?」
ギリと食いしばるようにディアナは表情を険しくする。表情だけで十分脅威的な何かが起こるということが分かるほどだ。
しかしディアナの口から出た言葉は脅威どころの話ではなかった。
「人類は壊滅するわね」
ファナントの目が見開く。ファナント以外の三人はその信じたくない事実を噛み締め、ギリッと歯ぎしりをしていた。
「……人は魔力を扱える量に限界があるし、限界を超えることはないわ。訓練とか、より大きな魔力を持つ者の模倣を行ったりして限界を少しずつ押し上げる」
解説する言葉に覇気がない。ディアナも信じたくないのだ。信じたくないがそれが間違いなく起きるなら口に出さざるを得なかった。
「でも動物や魔物は違う。身体を無理やり作り変えて適合する。どれだけ身体に負担をかけようとも、自己治癒能力すら魔力で強化すれば関係ない」
「さっきアイディにはできるって」
「私が扱っている、扱いやすい瘴気を経由しているからですね。これは扱うも何も、ただアイディの持っている魔力の器を満たせるように増加させるだけです」
沈痛な空気が続く。ファナントを除く4人は、信じたくはないが何が起きるかが分かっている。故に同じ認識であるディアナの説明が理解できることが辛かった。
「ってことは……魔物が増えるのか?」
「そこら辺に生えてる草がアルラウネみたいになるわ。ドブネズミがエンペラーラットくらいには強くなるわよ。ゴブリンでも少なく見積もってオーガキングにもなれる。人が抵抗できるレベルじゃない」
ディアナの言葉にファナントは絶句する。カリス達でも十数体いれば苦戦するような魔物が余りにも大量に増える。そうなれば未来に起きることは誰でもわかることだ。
暗く重苦しい雰囲気が数秒続いた。全員がその未来が訪れるであろうことを理解できたからだった。
そして重苦しい雰囲気を破ったのはシュークだった。
「ここは安全です。避難する以外にないでしょう」
「……どういうことだ?」
カリス達に向ける視線に欺瞞といったものは見られない。純粋に思ったことを口にしただけだった。そして十分に足る根拠もシュークにはあった。
「ここの魔力を送るということは、ここの土地の魔力量は相対的に見れば最低にも近くなる。そんなところに凶暴になった魔物は現れません。仮に来てもそこまで強くない」
ファナントが周囲をキョロキョロと見回す。安全性を確認するには行動が早すぎるが、ファナントが見たのは避難所としての相性だった。
「城だし町程の大きさもある。避難するにはうってつけだな」
ファナントは城の守りを経験したこともあった。それも副指揮官という地位で。役割で言えば攻勢のタイミングを図ったりすることや、地形的にどういった行動をするのか指示といったことも行っていた。そして今いる場所もまた「城」。判断を下すのも簡単なことだ。
ふっと微笑みを一つ浮かべるシューク。そこには呆れるような表情が浮かんでいた。
「……この仕込みを予期していたからこそ、シアハはアイディを送ったのでしょう」
「彼女に何かあるのか?」
「……あります。ですが今は言えません。シアハも随分な賭けをしたものです」
シアハが送ってきたアイディ、そして今のシューク。カリスには勇者としての勘か、それとも雄としての直感なのか、それがいいことなのか悪いことなのかを感覚的に掴むことはできていた。
カリスはシュークに背を向け、剣を鞘から引き抜く。そして鞘をシュークへ放り投げる。抜き身の剣だけを持ち歩く、それは常時戦闘態勢になるという証だ。
「今のお前とアイディがいるから、だな?。……なんとなく分かった。俺たちは周囲の魔物を殲滅しに行く。お前はアイディに治されてろ。行くぞ二人とも」
カリスが魔王城の外へと歩いていく。それに引き連られてファナントとディアナも歩きだす。
変わらないなと微笑みを浮かべるシューク。そういえばと思い返し、カリスに声をかけた。
「カリス」
シュークの引き留めるような声にピタリとカリスの足が止まる。だが振り返る様子はない。
「なんだ?」
怒るでもなく、平坦でもなく、いつもと変わらないカリスの声。その声を聞き、シュークは安心した笑みを浮かべて言い忘れていた言葉を届けた。
「ありがとう」
ほんの少しだけ振り返るカリス。その口元は微笑みに緩んでいた。
「仲間だろ?」
カリスはファナントとディアナを連れて歩いていく。その頼れる背中は勇者と呼ぶにふさわしいものだった。
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