追想の窓
「湖原 翔は今から25年前にこの透海町で生まれた。彼は保育所に通い出す頃から絵に興味があった。両親とも美術館に行って絵画を見たり、実際に描くのも好きだった。だから生まれて間もない頃から彼はたくさんの絵画を見てきた。幼稚園になってから、近所にある絵画教室に通い始めることにした翔」
「それ、ぜ~んぶ読むつもりなの? パンフレットを読めば分かることなのに」
瑠海はルナの朗読に鬱陶しそうに、顔を曇らせていた。
彼女自身がゆっくりとパンフレットに書かれてある文章を、目で追っているからだろう。
自分のペースでゆっくりと読むから声に出さないでと瑠海は言った。
ルナが想像以上に朗読が上手だったことに驚いた。
正直に言って馬鹿だろうなと、勝手に思い込んでいた。
だから朗読する時もたくさん漢字の読み方を聞いてくるかな、なんて考えていた。
結果は予想と全く違っていてとても上手だった。
話すスピードに声の大きさに間の取り方に感情の込め方。
そこらへんの素人より遥かに上手い。
地元のアナウンスくらいならやってそうなレベル。
放送部でも所属していたのだろうか。本人には聞かないけど。
「ちぇ~そんなにばっさり言わなくてもいいじゃ~んけちんぼ」
「あのねぇ私達だけならまだいいけど、結ちゃんは記憶を思い出す為にここに来たのよ。うるさかったら集中できないわ」
この二人は仲が良いのか悪いのか分からない。まるで実の姉妹のように感じる。
仲が良いと言えばそうとも捉えられるし、仲が悪いと言えばそうとも捉えられる。
ただ、言い合える仲ということは二人ともお互い遠慮をしていないのだろう。
まだ何かを言い合っている二人をチラリと見て、前を向く。
今、美術館の順路に沿って二階の階段を上がっているところだ。
この美術館は一階と二階に構造が分かれている。
一階には入口があり入ってすぐ右に受付コーナーがある。真っ直ぐ進むと左右に二つずつ入口があった。
左の入口側からお土産コーナーとレストラン。二階側に近い方は常設展覧。
右の入口側はお手洗い。二階側に近い方は期間限定展覧となっている。
そして真ん中には大きな階段がある。舞踏会や貴族の家で見るような白い階段。
大きな階段の下にはエスカレーターが左右に分かれて二つずつある。
絶賛あたし達はその階段を上っている最中だ。
「どうやら二階の右側が先でそのあとに左側に行くみたいだな」
瑠美奈たちはみんなパンフレットに夢中だった。ざっくりしか見ていない。
けどそこまで夢中になる程ではなかった。あくまでも個人の感想だ。
この美術館の構造、湖原 翔の簡単な生い立ち、アクセスポイントや電話番号。
よく見かけるようなパンフレットの内容だった。
「お土産コーナーには、今回だけの限定商品があるらしいぞ。これは見逃せないな」
「限定商品は見逃せないねっ。絶対に全部ゲットしたい!」
「あらあんたと意見が合うなんて意外ね。私も同じよ」
勝手に三人で盛り上がっていた。まぁ静かな方よりも有難いから別にいいけど。
階段を上がっているけどまだいまいち実感がない。
小村さんが言ったから本当なんだろうけど、デジャビュというものを感じない。
もう少しで階段を上がり終えてようやく絵画を見れる。
「あれっ」
やっと今になって気付いたのだが上り終えた所に白い窓があることに気付いた。
十字型の窓で上にスライドするタイプのもののように、見える。
上がっている最中にずっと周囲を見渡していたのに何で気付かなかったのだろう。
急に現れたのだろうか。もしそれなら流石、夢の中としか言いようがない。
「そなたは楽しんでいるか」
急に瑠美奈が言葉を発した。
三人ともまだパンフレットを見ていて独り言かなって思っていた。
「そなたは楽しんでいるか、結」
瑠美奈はあたしに対して問いかけていたのだ。
名前を呼ばれてやっと分かった。自分のことだと。
「あたしっ?」
「結はこの場で一人しかいないだろう。この状況を楽しんでいるか」
この状況を楽しんでいるかと言われると、どう答えていいか分からない。
楽しいとも思っていないし、つまんないとも思っていない。
ただ流れのままに行動をしているだけだから。
「楽しんでいるわけでもないし、つまんないわけでもないなぁ。ただ流れるままに行動をしているだけ。彼と何があったのか気になるから」
気になるからその流れのままに行動するだけ。
それ以下もそれ以上もない。
「ほう。これは初めて聞く解答だな。やはりそなたは面白い。他の人とは違う何かを感じるな」
他の人ってことはこの質問を自分以外の人達に、たくさんしたのだろう。
「我は結のように水のごとく軽い気持ちで行動するのが好きだな。まぁ慎重に動く人も人間らしくて好きだがな。理由なんて単純なものでも我はいいと思うのだ」
神様ならではの意見だった。確かに慎重に動く人もいれば早く行動する人もいる。
人それぞれどうするかは自由。
でも迷うくらいなら行動してしまえと、瑠美奈は言いたいのだろう。
「やーっと着いたねっ思ったより長い階段だったなぁ」
パンフレットを制服のポケットに入れるルナ。
確かに思ったより上がっている時間が、長く感じた階段だった。気になっていた白い窓に近付くことに。
「この窓どこかで見たことあるような……」
窓ガラスに手を触れると一気に頭の中に映像が流れ込んできた。
この窓からの景色。自宅で電話している自分。そしてユニフォーム姿の大河君。
まだこの美術館で何があったのかは、思い出せていない。
でも何でこの美術館に行くことになったのかを、思い出したのだ。




