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15 カレーとミニトマトのマリネサラダ


『キンコン・キンコン』


 唐突に昔の車に付いていたという速度警告音の様な音が聞こえてきた。


「速度警告音?」


 びっくりして口にすると佐藤さんはぐるりと部屋を見渡してから、


「速度超過ですかねー、たまーにありますけれどー。何かあったのかもしれませんねー」


 警告音で間違いなかった様だ。

 そういえば移動中なんでしたっけ。


「のんびりしてていいの?」

「到着が早まるだけで特には問題ないですねー」

「じゃあ鳴らす意味無くない?」

「担当者は困りますよー。まだ泣き喚いて大暴れしている人もいらっしゃる時期ですしー」

「うへー。大変だ」

「……ご高齢の方はともかくとして、ですねー」


 佐藤さんが呆れまじりに微笑んだ。

 なに、みんなそんなに諦めが悪いの?

 とは思ったが、言葉は飲み込んだ。

 なんとなくわかる気がしたのだ。

 別に死にたいとも思ってなかったけれど、死にたくないと思ったことはないし、明日で世界が終わりますと言われても、せいぜい好きな物を食べに行くぐらいで、何もしないと思うのだ。

 ただ圧倒的大多数の人がそうだと思っていたんだけれど。


「そんなに少数派ではないよね?」

「まぁ、病死とか戦争とかならともかく、事故関係で見れば少数派ですよー」

「そうか、同じ考え方をする人はいても状況が違うのか」

「思っている事と実際も違いますしねー」


『キンコン・キンコン』


 どこから聴こえるのかも曖昧だが、まだ音が鳴っている。


「速度超過時間が思ったより長いのでー、話を進めておきましょうかー。

 生まれ変わりの方の質問はないですかー?」


 佐藤さんが新しい世界で生きる方の質問ばかりでしたけれど、と覗き込んでくる。

 改めて聞かれてみればそういえば考えになかった。


「どうせ記憶とかも無くなって、私は私じゃなくなるんでしょう?

 なにか条件をクリアしてまで生まれ変わる理由も分からないし、そもそも条件をクリアできる気がしないし」


 言葉にしてみれば本当にそうだと思う。

 記憶が残った状態で生まれ変われるなら、まだ考えようもある気がするけれど、親を選んで、環境を選んで、生まれ変わったとしても、意味はないんじゃないだろうか、とも思うのだ。

 佐藤さんは目を伏せて、困ったような笑顔になる。


「クリア条件なんて、裁判が終わるころには満たしていますよー。

 我々だって誘導しますしー。

 でも、そうですねー、忘れてしまえばー、自分は自分ではなくなるんでしょうねー。

 生まれ変わってもまた一緒に、という言い方もありますが、それを胸に生まれ変わったところで、すべて忘れてしまえば上手くいっても行かなくても分かりませんー。

 魂の型番が引き起こす偶然や奇跡はー、我々が凄いなーと思う事であってー、人間には関係のないことー、と、思ってしまう私はやっぱり人間辞めていますよねー」


 魂の型番、という言い方に少しだけひっかかりを覚える。

 魂が同じ別人に何度か会っているのだろうか?


「え? 私?」

「なにがですかー?」

「いや、前に会った事あったのかと思って」


 佐藤さんは少しだけ寂しそうに肩をすくめた後、


「それはありますよー、なにせ私も長いですからねー」


と言って笑った。

 地球の人口的に考えても物凄く確立の低そうな話ではあるけれど、と思いつつ、私は話しを変える。

 その先を聞くのが怖かったのだ。

 そして佐藤さんがその恐怖から見逃してくれる事を知っている。

 そういえば今日はご飯は? と聞けばあっという間に食べ物の話に戻るのだ。

 ご飯を温めて、炊飯器のカレーをかける。

 サラダミックス一掴みを深皿に入れて四つ切にしたミニトマトのマリネをのせ、マリネ液にオリーブオイルと塩を足して混ぜ、ドレッシングにしたものをかければ、サラダも完成だ。

 簡単な夕食は、ドラマを流しながら、お互い何となく無言のまま食べる。

 速度警告音は鳴ったり止まったりしながら、時折聞こえていたので、佐藤さんは少し心配そうな顔になっていた。

 早く着いたら早く外に出られるの? と聞けば、順番待ちだからそういうわけでもないという。

 むしろ家に閉じ込めておくのが少し難しいので、出てしまった人をどうするかが大変なのだそうだ。

 それを私に話して大丈夫なのか? と思ったのだが、だって出かけないでしょうと真顔で返された。

 まぁ、出かけないと思うけど。

 そんなことよりも、と、佐藤さんが何か言いかけたのを遮るように、


『ピピッピピッピピッ』


と、初対面の日にも聞いた、電子音がなった。

 佐藤さんがバッグに手を入れて音を止める。


「やっぱりなにかあったの?」

「みたいですー。お暇しませんとー」


 帰り支度を始める佐藤さんに、クロワッサンを渡して見送る。


「クロワッサンありがとうございます!明日の朝はパリジェンヌですねー」

「カフェオレとね。あれ? コーヒーの味は知ってたの?」

「在ったんですけれど飲んだことがなくてー。物凄く濃い麦茶に牛乳を入れるとカフェオレの味にはなると聞いたのでー、大丈夫ですー」


 なにが大丈夫なんだろうか。おかしくなって笑う。


「また今度じっくり何味か考えて教えるよ」

「ふふ。楽しみにしていますー」


 ぱたり、とドアを閉めると、急に静かになったような気がした。

 洗い物や、敷いたままにしていたレジャーシートを片付けて、すっかり忘れていた茹でてゆで汁ごと冷蔵庫に入れていた鶏肉を出して端を少しだけ切って味見をする。

 丁度良く仕上がっていたので、そのままゆで汁は捨てて、キッチンペーパーで水けをとって、少し悩んだが切らずに保存容器に入れて冷蔵庫に入れた。

 鶏ハム完成。

 それから欲しい物も考えておかなくては、と、部屋を見渡して、収納ケースの目隠しについて聞いてみるのを忘れてた、と気が付いた。

 なんだか取りこぼしがやっぱり多いので、メモを書いておこうと、ペンを取る。

 収納ケースの目隠しアイデア、コーヒーの味解説、ていうか、パリジェンヌならどっちかっていうとバケットのイメージなんだけど。

 パンやお菓子を作るならキッチンスケールが欲しいけど、こういうものって、買ったとたんに出番が無くなったりする。そして使おうと思うと電池切れとかなんだよね。そういう間の悪さなのかもしれないけど、私が。

 いずれにしても台所がもう少し広くないと、どうしようもない気がする。

 寝に帰るだけの時は良かったけれど、引きこもるには少々狭いのだ。

 やっぱり食材を頼むのが良いのかな。

 明日の朝はクロワッサンだし、昼か夜には親子丼リベンジ、とすると特に必要な食材はないんだけれど、他に食べたいもの、今まで何を食べてたんだっけ?

 生きていた頃の食事を思い出していると、昼は麺類が多かった事を思い出した。夜はお酒とおつまみ系、手頃な店は居酒屋が多かったのだ。

 ラーメン、パスタ、そば、ビール、ワイン、焼酎、うーん。

 付随して欲しい食材が増えちゃうのはお約束として、ラーメンもパスタも作ろうと思えば作れるんだよねー、材料はあるから。旨いかどうかは別として。

 そばはそば粉がないと作れないから、頼むだけ頼んでおこうかなぁ。

 そうすると、酒は焼酎かな。そば湯割り、お茶割、炭酸割、レモンもあるし、コーヒー割はピンとこない、というか、そんなに飲まないか。料理に使えること考えたらワインかなぁ。

 いや、そもそもラーメンもパスタも麺の材料がそろってるだけで、作る道具はそろってないな。

 そして汁やソースを作る材料もない。いくら暇つぶしを兼ねるって言っても、明日は五日目、到着したら出かけれられるって言ってたし、どういう生活になるのかも分からないのだ。

 これも明日佐藤さんに聞かなければ。とメモに追加する。到着後の生活習慣、と。

 なんだか考えがまとまらなくなってきたので、諦める。

 飲み物・食べ物・使う物、これで行こう。

 焼酎は割るのが面倒だからワインで、麺類もラーメン、袋麺のアソートパック、これなら色々食べられるし、面倒なら具無しでも行けそうだ。

 使う物はキッチンスケールかな。麺棒も欲しくなったけど、材料が量れなければその作業までたどり着けないわけだしね。

 よし、決まり。神様仏様的な方々、明日もよろしくお願いします。

 何となく柏手を打って願ってみた。

 ワインも袋麺も美味しい物が届くといいな、と思いながら、ドラマの続きをかける。

 相変わらず主人公がよく食べている。

 そういえば佐藤さんに、好きな料理の国籍は聞いたけれど、好きな食べ物は聞いていなかったな。

 そもそも食べたことのない味は代替え状態というのだから驚いた。

 まぁ、驚いては見たものの、それって実は当たり前の事では? とも思う。

 甘い物なんかでそういう事はよくあった。

 一つの同じ菓子に対して、甘さ控えめ、という人がいたり、少し甘すぎる、という人がいたり、ちょうどいい、という人がいて、誰かがお酒の味がきついかな? と言えば、酒なんか入ってる? という人もいる。

 誰が、どんな気持ちで、どんな風に食べるのか、でも味は違うんだろう。

 海の家のラーメンを、家で食べたらあまりおいしく感じないとか。

 スキー場で食べたおでんを、一人テレビを見ながら食べたら美味しくないとか。

 そんなことだ。

 感じ方が近しい人と家族だと楽だろうけど、家族内でもどこに食べに行くかでもめたりするし、同じ風に思っているような気がするだけで、本当はどうなのかなんて、本人にも分からないんじゃないかなぁ。

 父は嫌いなものは無かったが、好きなものも特になかったので、美味しかったねーと共感する事も少なかったな。食事量も少なかったけど。

 などと思い出したり、洗濯物を片付けて風呂に入ったりしていたら、あっという間に日付が変わろうとする時間になった。

 そういえば増える瞬間を見たことが無かったな。

 生前は日付変更線はよくまたいでいたんだけど、ここに来てから寝るのが早かったか、それどころではなかったかしてたし。

 時計と小麦粉の容器が両方視界に収まる位置に顔を向けて、時間をまつ。

 こういう時の時間はすごく長い。

 三・二・一と心の中でカウントダウンをしたら、停電になった様に一瞬だけ視界が暗転した。

 見逃すまいと瞬きを我慢していたから気づいたが、意識してした瞬き位の速さだ。

 これは起きてても気が付かないかも。

 小麦粉はめでたく増えていた。

 面白いなーと思って冷蔵庫も覗いて、それぞれ増えているのを確認して、ふいに玄関に目が行く。

 無いはずの物があったので、違和感として気づいたのだろう。

 玄関に並べられたそれらは、私がさっき神様仏様とお願いした品々だった。




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死亡 四日目

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入手品:強力粉/インスタントドライイースト/無塩バター


朝食:クリームシチューと海苔トースト

昼食:チーズリゾット風と玉ねぎドレッシングのグリーンサラダ

味見:クロワッサン

夕食:カレーとミニトマトのマリネサラダ

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