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114 ご飯とあるもの


「でかした本体! SIM頂戴!」


 殆ど反射的にSIMを引き抜いて、扉から真っすぐ私めがけて手を差し伸べる()に手渡した。


「死んだらゴメン!」


 そう言いながら受け取ってすぐにSIMを耳の後ろに差し込んでいる。

 物凄くいい笑顔だった。




***




 話は少しだけ遡る。

 それは昨晩の話。

 揺り起こされて目を覚ました私は、良く分からなかった。

 七色に変色し続けるなんだかおめでたい空間が押し入れである事は分かる。

 ただ、昨晩は普通に寝たと思ったんだけれど、いつの間にか分裂体に押し入れに引きずり込まれて押し倒されているらしい。

 なんだってまた。

 押しのけて、押し入れの戸を開けて這い出ると、私が眠っている。

 ああ、私も分裂体なのか。

 特に迷いもなくそう思う。

 あれ? 分裂体は、一体目はすぐに消して、二体目を作っただけで、いつの間に私を作ったんだろう?

 振り返ったらあまり良くない体勢で分裂体が眠っているので、頑張ってきちんと寝袋に入れて寝かせ直す。

 その間にもチラチラと”読め”とメモが貼られたノートパソコンは視界に入っていた。


 二号が言うには、額に付箋を貼り付けた日に髪を一本抜いており、私なんだからきっと起こすまで寝ているだろうと、押し入れの空いているところに投げたきり放置していたらしい。

 なるほど、私は三号なのね、と、ノートパソコン上のメモ帳と、畳んだノートパソコンに挟まっていたノートを読んで、少しずつ理解していく。

 本日寝る前までを出来るだけ詳細に書いたのだろう、私のやりそうな事と、私の考えそうな事が書かれているので、すんなりと理解は出来た。


 考えてみればこの世界はアバウトに規則的だ。

 分裂体一つでも人によって全然違うし、人から話を聞いて納得してしまえば簡単に法則が変わってしまう。

 神様と人間では根本的に在り方が違うから理解が及ばないせいかもしれない。

 人間てこうだよね、と神様が思った範囲の制約がかかるのか、逆に、人間にこんなことが出来るわけがない、と人間が思った範囲に制約がかかるのか、どちらかは分からないけれど、多分思っているよりも自由なのだ。

 それは生きている時もだったのかな。

 神様の介入がない分気持ちは大変だったのかもしれないけど。

 人の数だけの真実があっても、全部を正解としないみたいな話で。

 けれどそれを数の暴力にしない様に考えないといけないとも思うし。

 とても難しかった。



『どうして犬飼少年はわざわざ分裂体をストックしているのだろう?

 よく分からないけど私もストックして、これは本体にも内緒にした。』



 普段の私なら思考はここまでだったんだろう。

 二号は暇だった。

 でもせっかくだから起きていた。

 あまり物音を立てて茉里奈を心配させてもいけない。

 だから二号は考え事をする。



『犬飼少年が意味のない事をするだろうか?

 本体から佐藤さんの記憶が消え、その後顔を合わせた二号の記憶からも佐藤さんは消えた、と思う。

 顔を合わせるまでは覚えていた。

 顔を合わせていない三号は普通に覚えているかもしれない。

 どこまで影響があるんだろうか。

 私も三号と顔は合わせない方がいいかもしれない。

 忘れているのではなくて、完全に記憶が消えているから、記憶が消えたことに対してのショックは全くなく、なんで消えたんだろう、という思いの方が強い。

 消して欲しいと願って消えるなら、消えないで欲しいと言う願いは届くのだろうか。

 先に願われたのか、願いの重さか、それともその事象が影響する範囲なのか。』



 ああ、忘れるってこういう事か、と私は思う。

 佐藤さんの事は覚えている。

 そして佐藤さんについて、私は明確に忘れたくないと思っていたし、本人に宣言もした。

 神様が確定しているなら影響範囲かな。あんまり願いの重さとか理解してくれているようには思えない。

 とは言え、どうせ神様的には微々たる影響だろう。

 佐藤さんの記憶がない二号は、きっと面倒くさいなぁとか思ったに違いない。

 細かな考え事は書かれていなかった。



『佐藤さん側から記憶を消すというオーダーをキャンセルすれば顔を合わせても記憶は消えない可能性がある。

 これなら犬飼少年の分裂体ストックにも合点がいく。

 SIMカードを分裂体に入れた場合、分裂体が本体になるなら、佐藤さんと話し合えるかもしれないけど、どうする?

 仮説だから普通に消滅しちゃう可能性もあるんだけど。

 この賭けは佐藤さんを覚えているかもしれない三号にしか決められない。

 本体は任せるって言った。

 ()もどっちでもいいんだけど。

 多分ここでなにもないと、何もないままずっとこのままな気はしてる。』



 忘れてるならではの感想だ。

 私は結構怒っている。

 どっちかなら佐藤さんが忘れるんじゃなかったのかな。

 なんであの人私に忘れさせたんだろ。

 記憶がない事に気が付いたらすぐ死ぬからって、言ったのにな。


 だから特に悩まなかった。

 だってこれで死んだらそれは佐藤さんが選んだことだもの。


 我ながら最悪な思考だと思った。

 本当の意味で、生まれて初めて他者に委ねて生きる事の駄目さも認識出来た気がする。

 ああ、これじゃ駄目だ。

 駄目だけれど、最後に賭けよう。

 それで生き残れたらちゃんと変わろう。




***




 抵抗なくSIMカードは耳の後ろに消え、私たちは消えなかった。

 三号、というかむしろあれが本体なんだろうか。

 三号は佐藤さんらしき人との距離をぐっと詰めてデコピンをした。

 お互い痛くない事は分かっているのだろうが、三号の渾身のデコピンに佐藤さんらしき人の頭が揺れる。

 勿論視界はダブっちゃってるので、私も慎重に三号に近づいて、視界のダブりを極力減らしてから目を瞑ろうとしたら、パッと真っ白な紙が差し出された。

 視界が一瞬三重にダブったので後ろに二号が居るのだろう、見るとややこしいので紙を見れば、三号の視界が薄ぼんやりと見えた。


「え?」

「どうやら暗い視界だとどんだけダブっても暗いままだけど、視界が白いと目を開けてて白い物を見てない人の視界だけぼんやり見えるのよ」

「なるほど」


 透過レイヤーって感じなのかな。動きさえしなければこれで問題なさそうだ。

 

「結局あれが佐藤さんであってるの?」

「そうなんじゃない? 私も寝ててさっき起きたところだから分かんないや」

「え? じゃあ私、裁判終わりって三号と話してたの?」

「いや、それは私。音声ミュートにしてから三号と交代して寝てた」

「なんで?」

「いや、顔合わせたとたんに記憶が消えたから、佐藤さんから言質取るまでは本体とも私とも接触しない方が良いと思って」

「へぇ」


 などと言っている間にも三号は笑顔を貼り付けた佐藤さんと言い合いを続けている。


「……事実死んだ上に忘れちゃってんですけどねぇ」

「ショックで前後の記憶が曖昧になるとか言いますよねー」

「前後の範囲が一日二日ですまないとか、流石お年寄りは時間の単位が違うわよね」

「そうですよー。一年どころか十年なんてあっと言う間ですからねー。というかなんなんですかー? ひょっとして分裂体いるかなー? って警戒していたら二体もー。私と言う女がありながらー、酷い話ですよー。離婚案件ですー」

「別に隠してたわけじゃないわよ、聞かなかったじゃない。離婚云々言うんならまず私に慰謝料払ってからにして」


 全然終わりの見えない攻防である。

 我ながら何を言っているのかな、とも思う。

 これどう収集するんだろう、と思っていたら、実にあっさりと収集はついた。

 突然現れた男が佐藤さんの首に腕を回してこうゴキッと。


「「「ええええええ!!!」」」


 視界が同じせいか三人とも同じ反応になった。

 のち、二号だけが続けて言う。


「アケル氏なにやってんの?!」


 二号にアケル氏と言われた男はニヤリと不気味に笑って、ぐったりと意識を失った佐藤さんを適当に放り投げて言うのだ。


「別にぃ?」


 怖っ。


「っか、消えねーな。本体か?」


 そして蹴った。

 ちょっと想定していたアケル氏像と違う。

 え? これと付き合ってたの? 無理じゃない?


「婦女子を足蹴にするのはいかがなものかと」

「あー、なんかそういうのあったよね」

「寛一お宮?」

「寛一に謝れよ。あれは蹴るだろ、普通に」

「お宮が悪いのは分かるけど暴力反対」

「手で引きはがせば良かったよね」

「いや、それはそれで駄目じゃない?」

「和香嬢って三人いるとうぜぇな。それ、今どうゆう状態?」

「私が本体だったもので佐藤さんの事は覚えてない」

「私は二号機で同じく佐藤さんの事は覚えてない」

「三号機、ただ今SIMカード保有中。早く本体に佐藤さんの記憶を移してただの三号に戻りたい」

「……」

「えー、なんか私が零号機とかで、もう三号が本体で良くない? 面倒」

「どうでもいい」

「いやいや、あくまで本体は本体でしょ?」

「……まぁいいや。取りあえず和香嬢ん家行くか。白雄さん呼びてぇし」


 アケル氏はそんな事を言って、佐藤さんをお姫様抱っこで持ち上げた。




***




 帰宅した私たちは、三号とアケル氏と佐藤さん、合流した大先輩の四人で話し合いをすることになった。

 私と二号はこの後の情報共有が面倒なので、土間に紙を敷き詰めて背中合わせに座っていることにして、口は出すまいと貝になる。

 呼び出された大先輩は困ったような呆れたような、何とも言えない顔で家に来て、佐藤さんを起こしてからちょっと叱って、それからアケル氏の頭を撫でた。ちょっと不思議な関係性だ。

 どうしたものか、会話に参加しずらかった三号がお茶を入れていると、アケル氏は不貞腐れたようにカウンターから三号に言う。


「なんか食わして」

「この状況で?」


 そら驚くってものですよ、お兄さん。


「空」


 白雄さんが短く窘めるのを手で制して、三号は炊飯器を覗き込む。


「ご飯と、なんかある物適当で良ければ出すけど。佐藤さんは? なんか食べる?」

「あー、いただきますー」


 お前も食べるのか、と思うのは私と二号だけだろうか。

 三号ははいはい、と普通に冷蔵庫を開けて、すぐに食べられそうな物をポンポンと小皿に出し始める。


「大先輩は食べないんでしょ? おにぎりにして持って帰る?」


 三号、そこで勧めちゃうの? さっきまでなんか殺伐としてたよねぇ?


「否、結構。お声がけありがとう」


 大先輩もなんならちょっと動揺してない? 大丈夫? この三人なんか人としてダメじゃない? その内の一人私だけど、客観的に見ると私も相当おかしくない?


 そうこうするうちに小皿はどんどん準備されていく。

 梅干に沢庵、たらこに鮭、鶏ハムにポテトサラダとかぼちゃサラダ、ツナとパプリカピクルス、きんぴらごぼうとにんじんしりしりは冷たいまま、谷中生姜酢漬と茗荷甘酢漬は大先輩の前にもお茶請けに。


「生卵いる?」

「無限に食っちゃいそうなんでこれでいいっす」

「これで十分ですー」


 アケル氏はさっきまで怖い感じだったのに、急に後輩口調でなんだか馬鹿っぽくなったな。

 三号は炊飯器ごとカウンターに置いて、佐藤さんとアケル氏の間に座る。

 大先輩は壁際のテーブルの方に移動して、三人を見守る体勢。


「「「いただきます」」」


 特に合図を出すわけでもなく、自然に三人の声がそろった。


「梅干だけでもご飯食べられますよねー」

「小皿一つでメシ一杯じゃねぇの?」

「ポテトサラダにご飯て胸焼けしない?」


 話し合いをするつもりは無いのだろうか? ちょっと心配になる。

 後ろから大先輩が声をかけて来た。


「はぁ。まずは佐藤からか。お前さんこれからどうする?」


 佐藤さんは首を傾げてから言う。


「高坂さんと縁を切ってこのままと思っていたんですよねー。それさえなければそろそろ潮時と思える程度にはこちらにいますしー」

「だってよ? 和香嬢?」

「んー、忘れさせたら死にますという脅しが効かなかったのが残念ではある。ので、死にましょうか? と言いたいところだけど、それは止めようと思って」


 三号のその発言は、ちょっと私には分からなかった。

 背中合わせになった二号に頭をこつんと当てると、二号にも分からないのだろう、フルフルと頭を振ったのが分かる。

 私にも二号にもない結論を、三号は持っている。

 それは佐藤さんにも意外な事だったのだろう。

 佐藤さんは箸を置いて三号を見た。

 三号は余裕でたらこご飯。大根おろしがあれば完璧だったな。


「結局こっちで生きてかなきゃいけないのはなんか分かったから。やりたい事が見つかればいいなー、とは思ってるけど。それと佐藤さんは関係なくていいのかもね」

「そう、ですかー」


 それはどこかほっとしたような呟きだった。

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