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11 人の作ったお弁当


『ピン・ピンポン・ピンポーン』


 短時間にも関わらず疲れてしまったので、何も考えずに見れそうな子供向けアニメを見ていたら思いのほか笑えた上に泣けた。

 凄いな、子供むけアニメ、と思って二本目を見ていたら佐藤さんが来たらしい。


「はーい、お疲れ様でーす」


 ドアを開けて出迎えると、如何にも重箱が包まれていますという風呂敷を抱えている。

 ヤスヒロさんと同じように体でドアを抑えながら玄関に入って来たので、慌てて風呂敷包みを受け取った。


「取り合えず持ちますよ」


「お夕飯用にお弁当を作ってきたんですよー。後で食べましょうー。しかし、このドアってつくづく不便ですよねー。昔の引き戸は楽でしたー」

「おお、嬉しい! 引き戸ねー、抑えてなくても閉まらないもんね。最近は防犯部分を考えた引き戸のお家も結構あったよ。おしゃれだって」

「おしゃれ! 普通に木の扉ですよねー?」

「木だと簡単に切られちゃいそうだけど」

「鉄とか? 重そうですよねー」

「アルミと強化ガラスとか、見た目だけ木に見えるとか、なんか色々あるんじゃないかな、知らんけど」

「雑ですねー」


 佐藤さんは笑いながら靴を脱いで、慣れた様子で入って座った。

 慣れるほど来てないよね?

 預かった風呂敷はそのままテーブルに置いて、今日はお茶を入れる。


「これってSFなんですかねー? ロボットアニメ? それともファンタジー? カテゴリがよく分からなかったんですよねー、梅干しここに置いておきますねー」


 流したままだったアニメをみながら佐藤さんがカバンから小さな保存容器を取り出してテーブルに置いてくれた。


「梅干し! 聞いただけで疲れが取れそう! ……主人公どっちなんだろう……ロボット的にはタイムリープもので、眼鏡の子的にはタイムトラベルじゃない? っても劇場版はって話だから、放送版だとSFでいいような」

「え? ロボットが主人公だと思っていましたー。タイトルになっているのでー。やっぱり疲れましたー?」

「そこなんだよね! 桃太郎とか金太郎を思うとロボットが主人公だと思うんだけど、眼鏡の子が主人公っぽすぎて分からない。W主人公なのかなとも思ったんだけど、さっき見てた作品だと別の子が主人公っぽかったし、誰もが主人公的な含蓄でもあるんだろうか。

 ……疲れた、あの対応。鈴木氏も見てないで取り合えず上がらせるとかなんかあるだろと思った……」

「すみませんー、干渉できないものでー」

「まあいいや、これ以上話すと愚痴っぽいからその線は黙っとく。けど、あれで良かったの?」


 佐藤さんは少しだけ考えるように首を傾げると、


「わかりませんー」


と笑った。


「一人分謝罪が出来たことでスッキリはしていたようですよー。本当に歯磨き感覚だそうでー、ずっと気持ちが悪かったんですってー。どちらかと言うと鈴木が衝撃を受けていましたー」


 衝撃って。鈴木さんはこの仕事向いてないんではなかろうか。

 口にするとまた愚痴っぽくなりそうだったので、梅干しを見ると柔らかそうな大きな梅干しだ。


「私の担当じゃなくて良かったよ、付き合いたくないタイプ。梅干しヤバい、テンションが上がる」


 佐藤さんが嬉しそうに目を輝かせている。

 自家製の梅干しとか?


「女子会っぽいです! こういう感じなんですよね? 女子会!」

「どの辺がっ? ……状況的にはお泊まり会とかパジャマパーティーの方が近いと思うんだけど……まさか付き合いたくないからの恋話?」

「そうですー! 鈴木のどのあたりが付き合いたくないんですかー?」

「なんか圧が凄かったから。口調が丁寧な割に俺についてこい系じゃない? 行きたくない時について行くのも大変だよ。しかも日々どうやって時間を潰そうかと思ってるのに、自分の事に時間を取りたい時期、って別にそんな事ないのにそれが当たり前みたいに言うから、心の扉が閉まったよ、一瞬で」

「社交辞令的な挨拶とはとりませんかー」

「とれないねー。圧が。とにかくあの決めつけてくれる感じの圧が!」

「経験談ですかー?」

「似たようなのは居たんじゃないかな。考えるのが面倒だったから楽だった気もするけど」

「楽? 恋のお話をしていたつもりだったんですがー、いつの間に対人関係のお話にー?」

「え? いや、恋話のつもりだったけど?」

「好きか嫌いかをもっと楽しくお喋りするものだとー、なかなか現実的ですねー!」

「女子は大体現実的でしょう。私は断然一緒に居て楽派。友達に家に居て邪魔になるかならないかで判断する子と、子供に自分の不足分を埋めるような遺伝子をもらえるかで選ぶ子とかもいたよ。前者はやせ型の人と、後者は二重で足の長い人とそれぞれ結婚した」

「自由恋愛なのに夢がないですねー」

「恋に落ちてとか? その場合って顔か生命の危機からの脱却的なつり橋効果でしか成り立たないし、生活感合わなかったらすぐ別れちゃうんじゃない?」

「夢が無さすぎますよー! お見合い結婚だったので憧れていたんですよー! 手をつないでのデートとか! 学校帰りのお散歩とか!」

「子供まで産んでおいて少女のような事をおっしゃる。旦那様はタイプじゃなかった?」

「どちらかというと穏やかな方が好みだったんですがー、騒がしい方でしたねー。まぁ、家族としては好きに落ち着いたので、結婚と考えると成功だったと思いますー」


 少し頬を赤らめて答える佐藤さんは本当に少女のようだった。

 うーん、女性らしいってこういう事なのかな。私には無理そうだ。


「顔ならどんな方がお好きなんですかー? ええと、鈴木と渡会さんだったどちらが好みですかー?」


 感心していたらとんでもない質問がきた。二択か、って、そうか、共通の三次元男子二人だけか。


「どちらも好みではないのだが」

「そこを何とかー。え? 好みじゃないんですかー?」

「びっくりされることに驚きを隠せないよ」

「隠せてますよー。全然びっくりしたようには見えませんー。どちらかと言えば?」

「渡会さんは何度かテレビとかネットで写真を見てたから覚えてるけど、鈴木さんの顔は既に覚えてないんだよねー。うーん」


 悩んでいたら佐藤さんが愕然とした顔をしている。


「そんなに驚く事? 顔を覚えるの苦手なんだよ。自分の顔もあんまり覚えていないくらいだし」

「ありえるんですか? そんなこと?」

「前から自分が歩いてきたとして、似てるな? とは思うかもしれないけど、ドッペルゲンガー! とは思わないと思う。服装が違ったら気が付きもしないと思う。鈴木さんについては待ち合わせ場所で声をかけられれば鈴木さんだと認識できるかどうか、体格は覚えてるからいけるかな、どうかな」


 こっちが真剣に悩んでいるというのに、佐藤さんはしばらく固まっていた。

 お互い無言だったので、なんとなく流したままだったアニメを見る流れになり終わり際に佐藤さんがポツリとつぶやいた。


「女子会、私には無理そうですー」


 今その感想?


「じゃあ食いしん坊の話でもしましょう。私もその方が嬉しいし! 人の作ったお弁当がもう気になって気になって」


 お腹減るわけじゃないんだけど、中身を見たい。見たら絶対食べたくなる。


「そういえばそうでしたねー。でも大したものでは無いですよー。私の年代のお弁当っておむすびとお漬物くらいのものだったのでー、こちらに来てからの知識とかー、イメージで作っただけなのでー」

「塩むすびだって私は嬉しいですよ」

「ふふー。それよりは豪華ですねー」


 佐藤さんは今日も椀とお湯を要求してきたのでささっと準備を済ませる。

 風呂敷を解いてコトコトと重箱を並べる音に嬉しさがこみあげてきた。

 お店で売っているお弁当はもちろん食べた事があるけれど、

 人の作った私が食べるためのお弁当なんて中学の時の遠足以来。

 あの頃おかずに文句を付けた私にクロスアーム・スープレックス・ホールドをかけてやりたい。

 わくわくしながら椀とポットを持ってテーブルに着けば、同じ内容の物が二つと、フルーツや細々とラップに包まれたなにかが入った物が一つ並べられていた。


「味噌玉作ってきたんでお湯だけ注いでくださいー」


 ラップから味噌玉を椀に入れてくれたのでお湯を注ぐ。茗荷と大葉の香りがする。

 お弁当は小さ目のおむすびが三個、焼鮭、卵焼、豆腐の田楽、里芋煮、紅白かまぼこ、玉蒟蒻、にんじんとインゲンは茹でただけかな? 色が綺麗だ。


「嬉しそうで良かったですー。ハンバーグとか唐揚げなんかのお弁当はどうも勝手がわからなくてー」


 もう嬉しくてちょっと泣きそうだった。


「こんなに種類沢山でちょっとづつ手が込んでて冷めても美味しそうなお弁当嬉しいに決まってるよ! ありがとう! 佐藤さん! 笑いっぱなしで怖いとか思っててごめんね佐藤さん!」

「見せびらかしたんでやっぱり持って帰りますねー」


 二人でひとしきり笑ってからいただきますと手を合わせて食べ始める。

 おむすびの中身も昆布、おかか、海苔の佃煮と全部違う手の込んだものだった。

 どれもこれも美味しくて、いつも佐藤さんがしてくれるように、美味しいですと連発していたら、五度目にひょっとして私のまねをしていませんか? と重箱を持ち上げられたりする。

 それにしてもと、調理工程を考えていたら台所が気になったので質問したら、三口ガスコンロを入手したので、元々家にあった七輪と釜も使えばかなりの品数をいっぺんに作れる状態らしい。

 そうか、ガスコンロは置き場所がないけど、近隣から苦情が来ないならベランダで七輪使えるな、と、少しやる気が出てきた。

 やる気と一緒に、自分が少し元気が無かった事に気が付いて、佐藤さんへの有難さが増える。

 さらにラップでくるまれたものは食材だった。


「作りついでに少し分けてきたんですよー。困ったら全部煮てしまえば消費出来るかとー」


 豆腐、かまぼこ、玉蒟蒻、昆布、海苔、お弁当には入れなかったけれどと沢庵もくれた。

 リンゴと柿と梨を食べながら、海苔は元々が全型サイズなので、大きめの保存袋に入れた方が良いとか、海苔の佃煮は海苔が増えたら一度作ればそこから増えるなど、教えてもらった。

 恋話は難しかったようだが、食べ物の話は止まることなく楽しい時間が過ごせたので、女子会、無理じゃないよ、佐藤さん、定義が間違っているかもしれないけれども、と心の中で思う。

 帰る前に少しだけ、と居住まいを正して佐藤さんは言った。


「今日はごめんなさいー。色々話したい事もあったのにこちらの都合に付き合わせてしまってー。

 それにー、思ったよりも大丈夫ではなさそうだったのでー、私も上手く一緒に居られなかったように思っていますー。

 明日はなにがあっても高坂さんの時間を死守しますー。また三時頃に伺う予定でいますのでー、早く来て欲しい場合はヤスヒロ運輸に言付けて下さいねー。

 明日こそ色々お話しましょうー。ちゃんとスッキリした方が良いと思いますー」


 奇妙なテンションになっていた自覚と、疲れたという実感があったので、やっぱり大丈夫ではなかったのかと思いながら佐藤さんの手を取って、私はお礼を言う。


「結婚してください」

「そう言うところですよー」


 コロコロと鈴が鳴るように佐藤さんが笑った。

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