9 教会
美人さんの名前はクリスと言った。
ついでに赤目のチビは、ティファ。
二人は「教会」という組織の信徒であり、さらに言えばクリスはこの街ラクイーズの司祭だった。つまり、教会ラクイーズ支部の一番偉い人。
「お姉ちゃん」を連呼する姿はとてもそうには見えないが。
それにしても教会か……。
日本人的には宗教関係と聞いて身構えてしまうのは無理もないだろう。
俺だって気が進まないが、だがまあ、何となくだがクリスは信用してもいいと思う。
決して今も腕に押しつけられている胸の柔らかさに屈したわけではない。
くそ、ティファがこっちに蔑んだ目を送ってきやがる。
ララとリリはと言うと、俺が背負うデカイ荷物を少しでも軽くしようと後ろで支えてくれている。
その健気さに癒される。
だが、「ひっひっふー」という掛け声だけはやめてくれ。
あーほら、ティファがさらに蔑んだ目に。
そんな道すがら俺たちの方も名前を述べたわけだが、「サトウ・タスク」という日本名には大して驚かれなかった。
それとなくクリスに聞いてみたところ、くだんの古代人の名前に日本名が多かったらしく、それにあやかって姓名順序の名前をつける地域が今も割とあるのだとか。
都合がいいので俺もその一つの出身だとぼかすことにした。
ただ、ね?気にならないはずがない。
遺伝子操作や人造精霊を造ったとされる古代人に日本名が多いことが。
時間軸は無茶苦茶だが、俺が異世界転移されるくらいだし、もしかしたら、と……。
「とーちゃーく。ようこそ『教会』へ!お姉ちゃんはタスク君とララちゃんとリリちゃんを歓迎します!」
クリスは俺の腕を離し三歩前に歩み出ると、くるりと振り返って両腕を広げる。
揺れる揺れる男のロマン。
ティファに足の脛を蹴っ飛ばされる。
俺は気を取り直して周りを見渡す。
屋台があった大通りからかなり歩いたここは閑静な雰囲気で、大きな屋敷がぽつんぽつんと建っている言わばセレブ街といった区画だった。
教会の敷地は木に隠れていて、門を入って右手には礼拝堂がある。
十字架はないがキリスト教のそれに近い。
左手奥には、ロッジ風の木組みの家が見える範囲で三軒。どうやらさらに奥にも数軒があるようである。
そして、それらの前には花壇に囲まれた広めの空き地があり、クリスやティファと同じ格好の者たちが十数人いた。
賛美歌を歌っていればそれっぽいが、なんでか剣を振るっていた。
何人かはガチ戦闘をしている。時々、魔法も飛び交う。
「メスの巣窟……」
「ですねー」
ララさん、リリさん、もっと他の感想があるでしょうに。
そう思った直後、「鍛錬やめ!」「「「ありがとうございました!」」」と高い声が響く。
一人のシスターがこっちへ近づいてくる。
背が女性にしては高く、俺の背丈程ある。精悍な顔つきと腰の剣は服装が服装なのに女騎士みたいな感じがする。
「クリス様、ティファ様、お帰りなさい」
「ただいま、カエラ。悪いんだけど、お姉ちゃんはここにいるタスク君達と大事なお話があるので他の子達をあなたに任せてもいいかしら」
「了解した」
「ありがとう。あっ、タスク君、カエラに荷物を預けてください」
俺は背負っていた荷物を置く。
カエラと呼ばれた彼女は俺の顔を一瞥すると荷物を片手で持って行ったしまった。
あれ男の俺でも背負うのがやっとなんだが……。
「それでは皆さん、お姉ちゃんについてきてくださいね。ティファ様はどうしますか?」
「行くに決まってるじゃない!……あんた、なんで嫌そうな顔してるのよ。まさか密室でクリスに何かしようって魂胆じゃないでしょうね」
「はあ……」
「何のため息よ!」
「「はあ……」」
「あなたたちまで!」
俺たちは地団駄を踏むティファを放ってクリスの後に続く。
クリスは礼拝堂に入っていく。
観音開きの扉を開けた俺たちを待ち受けていたのは三つの彫像だった。
神々しく均整の取れたプロポーションを誇る一つ。それを前に跪く二つ。二つの方はそれぞれ二対四枚の羽が生えている。
俺の目に気づいたクリスが説明する。
「あれはこの世界アトラリエの創造主であられる女神マーム様です。そしてマーム様にお仕えする二人の大精霊様です。教会ではマーム様を第一に大精霊様を第二に信仰しています」
「マーム……様ってあれがか?あの姿であってるのか?」
「はい。マーム様と言えばあの美しいお姿です。お姉ちゃん的にはあれ以外にどんなお姿があるのか知りたいですね」
「どんなって……」
不定形だろ?一応、会ってきたし。
「そこにもいるし、ここにもいるし、あなたの隣にも」とかホラーなことを言い出すやつだったぞ。
……言わないがな。宗教論議をする気にはなれんし。
まあ、偶像崇拝なんてそんな物だろう。
俺たちは螺旋階段を上がり、二階のひと部屋に入った。