6 精霊
今俺は河原で石に座って絶賛待機中である。
リリのナビで森を貫き流れるここへたどり着き野営の準備を始めた。
俺に課せられた任務はテントを張るだけ。
ララはあの狼型の魔物をさばいている。そしてそれによって得られた肉と道中で取った野草とキノコをリリが料理している。
曰く、料理スキルで食材が食用であるかも分かるらしい。
そんなリリの方を見ると、切った食材を鍋に入れ、生活魔法で火と水を器用に操っている。
俺の出番はなさそうだ。頼られなさすぎて涙が出そう。
それにしても魔法か……。
ララのあれもすごかったもんなあ……。
こういう感じでさ……。
俺は川の方へ手のひらを向けララの風魔法をイメージする。
まるで鋭い刃のようなそれを。
次の瞬間、手から何かが放たれた感覚と同時に水しぶきが上がった。
「うえ!?」
見間違いかと思い、もう一度。またも水しぶき。
それに吹きつける風。ララの時よりもだいぶん弱々しいが。
「主様?」
急に呼びかけられびくんとなる。
「ララか……ちょうど良かった。俺も風魔法が使えるみたいなんだが、スキルを持ってるってことでいいのか?」
「違うと思います。主様が使ったのはララのスキルです」
「ララの?」
「主様は精霊であるララと契約してます。だからララのスキルをララを介して使うことが出来ます」
「ん?どういう仕組みなんだ、それ」
「それは……」
「主様〜、ララちゃん〜、出来上がりましたよ〜」
リリに呼ばれたので話をいったん切り上げて先に飯にすることにする。
スープを器に装っていたリリは手を止め、俺たちを見比べる。
「食べる前にまずは綺麗にしましょー」
全身がミストに包まれる感じがし、直後、暖かな風が水気を乾かした。
汚れが落ちさっぱりした気分だ。
へーこれは便利だな。ひょっとして俺も使えたり?
今されたことをそのままイメージしてリリに使ってみる。
「あぅ……えへへ、ありがとうございます。気持ちいいです。でも、主様の身の回りのお世話をするのはリリの役目です。なので、主様は生活魔法を使うの原則禁止です」
「は?いや、だがこんな便利なもん……」
「き、ん、し、で、す」
「……おう」
なんでか笑顔なのに薄ら寒いものを感じて頷くしかなかった。
そんなこんなで食べ始める。
具沢山のスープは調味料が塩だけなので薄味なのは否めないが、十分うまい。
リリが不安げに聞いてくる。
「あ、あの!お味はどうですかっ」
「うまいよ。ありがとな、リリ」
リリはぱあっと笑顔を咲かせると、膝の上にやって来てぴとりと体を寄せる。
頭を差し出してくるので撫でつつ、スープも食う。
ザクザクザク。
不審な音がする方を見れば、ララが地面にナイフを突き立てていた。
ザクザクザクザクザクザクザクザク。
き、気を引きたいだけですよね?
「ララもこっちに来い」
ララはナイフを放り相変わらずの無表情のままこっちへ来ると膝の上に収まる。
俺の胸元に頬をこすりつけてくる。
こんなナリになっても二人とも猫っぽいよな、などと考えながら食事を終える。
それから一息入れて聞く。
「教えてくれないか。俺がララやリリのスキルを使えるわけを。そもそも、お前たち、精霊というのはどういった存在なんだ?」
そして語られたことは以下の通りだ。
太古の昔、この世界アトラリエには精霊という種族がいた。
オリジナルと呼ばれる者たちである。
彼らは卓越した武技、超越した魔法、優れた生活の術を持っていた。
古代の人間、単純に古代人と言われるが、古代人は精霊が持つそれらを渇望した。
だが、人間と精霊が交わって産まれた子は精霊になるらしい。
そこで古代人は精霊の遺伝子情報を自らの遺伝子に組み込むことを考え、成功させた。それがスキルの成り立ちである。
遺伝子操作なんて地球では近年確立した技術なのに。
それだけ古代人による古代文明のレベルが高かったと思われる。
スキルを得た古代人は武技や魔法などの修練方法を体系化し、理論上、精霊と同様のことが可能となった。
だが、そのためには相応の努力がいる。そして何事においても楽をしたいと考えるのは人間どの世界でも共通らしい。
解決策として古代人は人間専用の精霊を造った。それがコピーだ。
ララとリリが身振り手振りで説明してくれたのだが、俺の感覚ではインターネットのサーバーとクライアントの関係に近かった。
コピー精霊はその種族特性により短期間でスキル習得が可能だった。
そして契約者である人間はスキルのノウハウを精霊からいつでも好きな時に引き出して使うことが出来る。まるでワンクリックでネットのあらゆる情報を手に入れられるみたいに。
精霊のコピーとはそんなデバイス的な存在だった。
「……つまりです」
ララはいたって真面目な顔で神妙に言う。
「つまり、ララたちは主様専用であり、主様の欲求の全てを受け入れる存在です」
「あんなことも、こんなことだって、せーんぶリリたちにぶつけてください」
「コピーでも子供を作れるそうですが、心配いりません。自らの意志でコントロール出来るように造られてます。主様の重荷にならないよう避妊対策は万全です」
「でも、リリはね、ゆくゆくは主様の赤ちゃんが三人ほしいです。ララちゃんは?」
「リリと同じく」
ララとリリが不意に静かになる。
夜の森。川の流れと焚き火がパチパチと弾ける中。
二人はさらに体を密着させてきた。目をつむり唇を近づけてくる。
俺はそんな二人に対して……。
「いっ」
「たっ」
冷ややかにチョップをお見舞いしてやった。
「どこからそんな話になった……第一、お前たちは俺の大切な家族だ。んなことするわけないだろ。常識的に考えろ」
「主様こそ常識的に考えてください」
「ここはリリとララちゃんをめちゃめちゃにするところでしょ」
「……さて、魔よけの香は効いてるみたいだな。探知スキルに何も引っかからんし。早めに寝て明日に備えるか」
俺は立ち上がって腕と背を伸ばす。
背後でララとリリがこそこそと何か言っている。
「……して……したところを……すればいいと思います」
「すごい、リリは天才……」
「それほどでも、えへへへ……」
すると、いきなりララとリリに両腕を引っ張られテントの中へ連れ込まれた。
二人と向かい合う形で座らされる。
「主様にまだ話してなかったことがあります。レベルアップについてです」
「レベルアップ?そんなのがあるのか」
「はい。この世界にはレベルという概念があります。人間は魔物を倒せば倒すほどレベルアップして肉体と精神が強くなれます」
「でも、リリたち精霊のコピーは魔物を倒してもレベルアップができないんです」
「それは困る……のか?」
魔物が跋扈する森ならまだしも、街で暮らす分には必ずしも強さはいらないのでは?
「困ります!ララは強くなる必要があります!主様を危険な敵から守るために!」
「リリも!リリも強くなって主様の生活を守りたいです!たくさんお世話したいです!」
「ララ……リリ……」
不意打ちは卑怯すぎるだろ。ジンときてしまった。
俺が二人を守りたいと思うのと同様、二人も俺を守りたいと思ってくれていることに。
決して叔父家族によくされなかったわけではないのだが、こうも無条件な相互関係というのは両親の他界以来で初だった。
「何かないのか!他にレベルアップ出来る方法は!俺に出来ることがあったら何でも言ってくれ!」
心を通わせた俺たちは頷き合う。
そしてララとリリは……。
ワンピースの裾をめくり上げたのだった。
「へ?」
「ララたち、精霊のコピーは契約者の魔力を糧にレベルアップします」
「リリたちのここに主様の魔力をそそいでください」
「……冗談でなく?」
「「お願いします、主様!」」
純然たる真剣な瞳を前にして断るなんてできようか。いや、できまい。
俺はヘソ下にあるそれぞれの契約紋に両手を当てた。
魔力を流していく。前回と同じ轍を繰り返さないようにゆっくりと優しく。
「あん」「んっ」「いやぁ」と艶っぽい声が聞こえるも、惑わされることなく、ララとリリのレベルアップのことだけを考える。
「もっとぉ」と熱っぽくねだられるままに魔力をそそぐ。
「あ、れ……」
突然俺の体が重くなり糸が切れた人形のように突っ伏してしまった。
体内の魔力がほぼ空になっているのに気づく。
だが、二人の役に立てたことに心からの満足感を感じていた。
その時、すさまじい力でごろんとひっくり返される。
荒い息遣い。ララとリリが捕食する猫のようににじり寄ってくる。目はとろんとしていて、どう見ても正気ではない様子。
って、お前ら、何をする気だ……。
リリに頭を固定され迫ってくる唇をなすすべなく見つめながら、そこで意識を失った。
今朝も頬と首を舐められる感触で目覚める。
目の前にいる二人の少女と挨拶を交わす。
いい加減、毎朝のこれやめさせないとな、とぼんやり考える。
そして覚醒と同時に、サーッと血の気が引いた。
かけられていた毛布を恐る恐るめくり上げる。
両脇に引っついているララとリリはしっかりワンピースを着ている。どこにも何かをいたしてしまった形跡はなく臭いもない。
心の底から安堵の息を吐く。
俺は起き上がり、まずララがテントから出て行く。
続こうとしたところでリリがぴとりと体を寄せる。
「主様、主様」
「なんだ、リリ」
「生活魔法って便利ですね。汚れだけでなく臭いも綺麗になるんです」
「……どうしていきなりそんなことを言う?」
「えへへへ」
リリはだらしない顔のまま体をくねらせる。視界の端では、ララがこちらを見つめていた。いつもの無表情だが、頬と耳が赤く染まっているのは気のせいか?気のせいだと思いたい。
あーこれは、あれだ……。
深くは考えないことにした。
(変更予定)
・精霊のオリジナル → 精霊
・精霊のコピー → 人造精霊