5 初戦闘
休憩を挟みつつ数時間程歩いた時。
先頭を歩いていたララが出し抜けに止まるよう手で制した。
「主様、敵が来ます。数は2。残り50メートル」
言われて目線を追うも暗がりしか見えない。
元猫の感に感心していると、ふと違和感を感じる。
自分の頭の中で何かがこっちへすごい速さで近づいてくるのが分かる。
縦に並んで二つ。
何だこれ……。
「主様、どうしました?」
リリにシャツを引かれてハッとする。
見ると、すでに「それ」は目視できる位置にいた。
灰色の獣。動物図鑑で見る狼にそっくりだった。だが、ララたちの背丈程に大きい。
もしかしてこれが魔物ってやつか?
そこまで考え俺は致命的なミスに気づく。
ここはもう平和な日本ではなく、異世界の森であり、少しの判断の遅れが死に直結することに。
俺のくそったれが!
くそ!悪態をつく暇があったらさっさと二人を逃がしやがれ!
「ララ!リリ!ここは俺が……!」
その先を言わせてはもらえなかった。
なぜならララが何の躊躇もなく狼めがけ突っ込んだから。
無駄のない動きでサバイバルナイフを振るい最初の一頭の首を斬り裂く。
吹き出す血。それを回り込むようにもう一頭がララに飛びかかる。
ララはナイフとは逆の手を狼に向ける。次の瞬間、頭と胴が二つに分かれていた。
遅れてぶわっと風が吹く。
あっという間の出来事に、俺は呆然とナイフの血を振るうララを見つめる。
「主様、お怪我は?」
「……」
あーひょっとして嫌味を言われてる?
かっこ悪いよね?中途半端にナイフを構えてるしさ。
……まあそんな裏がないのは彼女の目を見れば分かるが。
「ララ、助かったよ。ありがとう」
「あっ……」
俺はララに近づき頭を撫でる。
ララは気持ちよさげに目を細める。尻尾があればゆらゆら揺れているだろう。
「なあ、最後のが気になったんだが、あれは何だ?」
「あれは風魔法です」
「風、魔法……」
魔力があるのなら魔法があってもおかしくない、か。
「使えるのか?いや、実際使えてるわけだが……なんで使えると分かった?」
「あのメス……マーム様に与えられた知識の中にありました。風魔法はスキルの一つだそうです」
「スキル?あ、じゃあララが敵が分かったりするのも?」
「探知というスキルです」
元猫の感ではなかったというわけか。
って、待てよ。
今のを思い返せば、俺も実際に目で見るより先に狼の気配を感じた。
自分にも探知スキルが?いや、チートとかいうスキルをもらう代わりがお供のララとリリなはずだから何のスキルも持ってないはず……。だよな?
ん?何やら強い視線を感じる。
見ると、リリがふくれっ面でこっちを見ていた。
「……リリ?」
「ララちゃんだけずるいです!リリも主様になでなでされたいです!」
「ふっ。これは主様の役に立った者だけが得られる当然の権利」
「むぅ〜!リリは戦えないけど、ララちゃんには負けないんだからっ!」
「え?リリは戦えないのか?」
「あ……はい……戦えないというか、戦おうと思えば戦えますが多分苦手です……」
「そうか」
俺は家族であるララとリリを守りたい。
ララが戦えたとしても。リリが戦えなかったとしても。
そのためには早いとこ自分自身に何ができるか知る必要があるな。
サバイバルナイフを握る手にぐっと力を込める。
それから視線をあげると、なぜかリリが大きな目に涙をいっぱいにためていた。
「主様、捨てないでください」
「誰も捨てるとか言ってないだろうが。ほら、泣き止め」
「ひゃい……ぐすん……」
ララの頭を手放し、リリを抱いて背中をさすってやる。
「主様〜……」
「よしよし」
横から深いため息が聞こえてくる。
ララがやれやれといった仕草で首を振っていた。
「昔から思ってましたが、主様はリリのことを贔屓しすぎです」
「そ、そうか」
思い当たる節はなくもない。
ララとリリは同じ場所で拾ってきたし双子だろうと思うが、性格は違う。
こちらが構うまで必要以上に向こうから寄って来ないララ。一方、いつの間にか膝にのっていたり体をすり寄せてきたりと甘え上手なリリ。
もちろん二人が猫だった頃の話だ。
「それに私は戦闘系のスキルを持っていますが、リリの方は料理や生活魔法などのサポート系のスキルを持っています。なので深く気にする必要はありません」
「ほんとか、リリ」
リリはこくんと頷く。
「だったら何も問題ないな。そうだな、今日中に森を抜けてラクイーズに着くのは無理そうだし、どこか開けた場所で野営にしようか。リリ、料理は頼めるか?」
「がんばりますっ」
俺は二体の狼を収納鞄に入れる。
花咲く笑顔に戻ったリリを連れ野営場所を探す。