4 森
頬と首を舐める感触に目が覚める。
ララとリリだろうと思い焦点を合わせる。
すると、見知らぬ二人の少女がちろちろと舌を出していた。
「!?」
慌てて飛びのくと二人は不思議そうに小首を傾げる。
「おはようございます、主様」
「おはようございますっ」
「あ、ああ……」
そういやそうだった。
三毛猫のララとリリは女の子?いや、精霊とかいうやつになったんだった。
って、おいおい。まだ夢が続いているのか?
俺は首をまわし周囲を確認する。
鬱蒼とした雑木林。木々の間から木漏れ日が漏れている。それから湿っぽい土の臭い。足元にある落ち葉を握ってみる。くしゃりと鳴る。
明晰夢にしてはあまりにもリアル。
わけが分からず黙り込んでいると、二人が不安げにこっちの顔を覗き込んできた。
「これは夢じゃないのか?」
「あのメスはアトラリエという世界だと言ってました」
「ララちゃん、ダメだよ。マーム様でしょ。マーム様のおかげでリリたちは主様とお話しができるんだから」
「そこには感謝しています」
仮にマームの言っていた異世界転移というのが真実だとする。
曰く、もう地球には俺が存在した記憶がなくなったらしい。
え?受験勉強の意味は?親しい友人も作らず、あれだけ必死こいて勉強したのに。
だいたいここはどこだよ。
知らんうちに放置しやがって。
他の人間はちゃんといるんだろうな?文化レベルは?言語は?俺らみたいな身元不明者が受け入れられるのか?暮らしていけるのか?
あーイライラする。
ぴとりと両脇に温かな感触。ララとリリだった。
「ララがいます」
「リリもずっと一緒です」
この癒される感じ……。
一人暮らしを支えてくれた二匹がようやく目の前の二人と重なった気がした。
この二人だけは絶対に守ってやらないと。
俺は長く息を吐き出し気持ちを新たにする。
「なってしまったもんは仕方ないか。とりあえず現状の確認だな」
「「はい!」」
改めて二人を見る。
マリンブルー色のワンピースを着ている。こんな森の中で虫に刺されないか心配だ。そんな自分も半袖シャツにチノパンとラフな格好。
普段着のままか。幸い気温の方は寒くも暑くもないが。
「そういやお前たち、羽はどうした?」
「邪魔なので消しました」
「邪魔だよねー」
「いいのか、それで……」
聞くと、あの虹色の光彩を放つ四枚の羽は魔力で形作られた物であり、オリジナルの精霊と違い、コピーである二人はそれで空を飛べたりもしないらしい。
オリジナルとコピーとは何か気になるところだが、まずは現状確認が先だろう。
ふと自分の肩にショルダーバッグがかかっていることに気づく。
マームが確か……。
容量無制限、時間停止機能付きの収納鞄とかなんとか言っていたのを思い出す。
俺は収納鞄の中に手を入れてみる。
底がなく、二の腕までもが入り込んでしまう。
ともかくひっくり返して中身をぶちまける。
物理法則を無視したその量にララとリリと一緒に唖然としていると、最後にひらりと紙が一枚落ちてくる。
見たことのない文字。
だが、なぜか自然と読むことが出来る。言語の心配はいらないかもしれない。
その紙は鞄の中身をまとめたものだった。
水、干し肉、パン、塩、金(白金貨1枚、金貨50枚)、料理道具セット、食器セット、簡易テント、サバイバルナイフ(3本)、解体用ナイフ(3本)、研ぎ石、魔物よけの香(1回半日、3回分)、地図の魔道具……。
「はあ?魔物って何だ。野生動物どころか、そんなやつまでいるのか。勘弁してくれよ。この香は今すぐ焚くべきだろうな」
「主様、近くに敵はいません。その香は夜まで温存した方がよいと思います」
「いないと言い切れるか?」
えらく自信ありげにララは頷く。
猫の感か?元猫のはずだが。
うーん、ここはララを信じるとして、そうか、夜の森をやり過ごさないといけないのか。早いとこ森を脱出したいが、どっちへ行けばいい?
「主様主様!なんか出ました!」
リリが興奮げに声を上げる。
その手には球状の水晶が握られていて、そこからホログラムのような物が宙に投影されていた。
「これは?」
「魔力を流したらこうなりました」
「地図?地図の魔道具ってのは、これか」
簡略化された木々が広範囲に描かれている。
その中にピンが刺さっているのだが、どうもこれが現在地らしい。
地図上で指を動かすと、あたかもスマホの地図アプリみたいに操作できる。拡大縮小も思いのまま。あいにく縮尺までは分からない。
「一番近い街は、この『ラクイーズ』だな。とりあえずは森を抜けここを目指すということで二人ともいいか?」
「「はい!」」
地図とサバイバルナイフ以外を全て収納鞄に戻す。
そして早々に動き出すことにした。
俺とララが周囲を警戒しながら、リリにナビゲートを頼み、森を進んでいく。