2 マーム
気づくとそこは白い空間だった。
境目もなく、影もない。
狭いのか広いのかさえ分からず、遠近感を狂わせる。
一つ言えることは、今ここには俺しかいないということだ。
夢か?
夢だよな?
そう結論しかけた時、女の声が聞こえてきた。
「はじめまして、サトウ・タスクさん。私はマームと申します。アトラリエという世界の管理をしています」
鈴の鳴るような聞き心地がいい声。
だが、今置かれている状況では叫ばずにはいられなかった。
「誰だっ!」
「ですから、私はマームと申します。アトラリエという世界の管理をしています」
「どこにいる!姿を現せ!」
「姿と言われましても困りましたね。私は個という次元では存在しておらず、それ故に姿などはなく、強いて言えばそこにもいますしここにもいます。もちろん、サトウ・タスクさん、あなたの隣にも」
「……」
とりあえず、右斜め上を睨みつける。
「睨んじゃって可愛い」
「ふざけんな」
「ふざけてなんていませんよ。候補者であるサトウ・タスクさんのことはずっと見ていました。何だかんだ優しいところも、ひたむきに努力するところも。今は受験勉強を頑張っていますね。もし来年受験を受けていれば、必ず合格したことを私の名にかけて断言しましょう」
「ほ、ほんとか」
都合のいい夢だとは分かっていても嬉しさがこみ上がる。
「もし来年受験を受けていれば、ですけどね」
「どういう意味だ?」
「サトウ・タスクさん、あなたは数多の候補者の中から選ばれました。これから私が管理するアトラリエに行ってもらいます」
「は?」
「異世界転移というやつです。そちらの世界では大衆娯楽として結構メジャーですよね。ああ、でも、サトウ・タスクさんはそういった物を嗜まれていないようなので、どうしましょうか?」
「ごちゃごちゃ言ってないで何が言いたいんだ」
「つまり、あなたには私の世界に行ってもらいます。その結果として地球におけるサトウ・タスクさんの存在という記憶は綺麗さっぱり消え去ります。まあ、両親は他界、一人暮らし、おまけに浪人生と三拍子揃っているので問題ありませんよね」
「ありまくりだろうが。勝手に言いたい放題言いやがって」
「勝手と言いますが、あなたご自身がしっかり同意しましたよね?」
「してない」と反論しかけて思い出す。
「アトラリエ」というバイトの求人欄のことを。
確かに「アトラリエに行ってくれますか?」に対して結果的にだが「YES」を押した。
あーくそ、一体どこからが夢なんだ。
朝起きたところからか?
ともかく、だ。勉強漬けの毎日から現実逃避したかったんだろうな。深層心理をヘタに抑圧すると余計ストレスになるかもしれないし、ここは流れに身を任せるか。
「分かった。そのアトラリエ?って世界に行ってやるよ」
「本当ですか!ありがとうございます!助かりました。……この一石が何をもたらすのか……血で血を洗う大戦が回避できればいいのですが」
「なんか不穏な言葉が聞こえたが」
「いえいえ、サトウ・タスクさん、あなたはあなたの思うがまま自由に活動してください。あ、ちゃんと時給も支払いますよ。二千円でしたね。こちらの世界では銀貨二枚にあたります。活動次第では時給もアップするのでやり甲斐がありますよ」
「そうは言っても評価基準が分からんし」
「まあまあ。あと、サトウ・タスクさんの銀行口座にあった約千五百万円も換金しておきますね。少し足りないですが端数はサービスして、白金貨1枚と金貨50枚になります」
銀貨100枚で金貨1枚、金貨100枚で白金貨1枚という計算か。
「それから、水や携帯食料、旅に必要なその他諸々の道具等を、容量無制限、いつまで経っても腐らない時間停止機能つきの収納鞄にまとめて入れておきますね」
「至れり尽くせりだな」
「ふふふ、それだけサトウ・タスクさんに期待しているのですよ」
「有り難いことで」
「あと、こういった場合、転移者にはチートスキルをお渡しするのがお約束となっていますが、アトラリエでは全スキルの習得条件が体系化していますので、サトウ・タスクさんがお望みならば努力次第でどうにでもなるでしょう。スタートダッシュを決めたいなら吝かではありませんが……」
「お、おう。そうだな」
よく分からんが一応頷いておく。
「ですから全くの偶然ではありますがこれも運命ということであなたには可愛いお供を用意しました」
お供?と首を傾げていると、背後で声がした。
「「主様」」
振り返って思わず目を見開く。
さっきまで誰もいなかったそこに二人の少女がいた。