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第5話 破壊者の住む町 5 異空間の悲しき主

 そして女の全身を包む無数の鏡片たちが、魔力を帯びて妖しく光りだした。


「こいつは……」


 大量の鏡片一つ一つに光が宿っている。この状況でただ意味もなく光るはずもない、間違いなくこれは攻撃だ。


「千景頼む!」

「はいよ」


 輝く鏡女がうずくまり硬直する、その一呼吸後。鏡の中の光が一斉に放出された。数え切れぬ光の大群は女の周囲すべてに高速の魔弾として叩きつけられる。


「盾よ!」


 陽の眼前に滑りこむ千景。自身の魔力により透明な壁を生み出し魔弾の放射への盾とする。

 魔弾、いや魔力爆発とも言うべきその攻撃は周りの床や天井まで無差別に襲い、地下構造物として強固なはずのそれを深々とえぐり取る。


「こっわ……ありがとな千景」


 千景の盾はそれを完全に防いだが、仮初めの盾は限界を超えて砕け散ってしまった。


「ヨウ、チカゲはもうあまり魔力使えないよ」

「わかってる。あとはなんとかするさ」


 この魔鏡が支配する空間では生成魔力量に制限がかかる。千景に頼り切りではいられない。暁月を構え、陽は目標を睨み据える。


 鏡女が腕を振りかぶり陽に叩きつける。軽く後ろに退き回避し、陽は反撃の暁月を上段から叩き込む。

 腕を持ち上げ鏡女はそれを直接受け止めた。切断されることはなく、腕を払い暁月を無理矢理除ける。

 彼女の全身を包む鏡の破片は当然魔鏡の力を帯びている。容易くは破壊されないが、しかし無敵ではない。


「そいやぁ!」


 陽が同様に打ち込むと先程と同じく腕で防がれるが、その部分の破片がさらに細かく砕けていく。

 繰り返し打ち込めば腕を覆う破片は取り払われ、本来の腕が姿を見せる。

 自らの鏡片に切り刻まれ、かろうじて布が残る黒スーツを纏うヒトの腕。


「──悪いな」


 暁月の縦一閃。鏡女の腕を切断、斬り落とす。血が溢れることはない、ただ磨き抜かれた鏡のような断面が一つ増えるだけだ。

 体の一部を失えば鏡女も流石に大きく仰け反り、そしてその腕一本の喪失により胸部のガードがガラ空きとなる。


 陽は暁月の柄を両手で握り込み、切っ先を前方へ向け腰を深く落とし床を蹴りとばす。よろけた敵の胸部へ、体重を乗せた刺突撃を押し付ける。

 鋭き暁月は、胸部の防御鏡を完全に打ち砕く。貫通こそはしなかったが鏡女は強く突き飛ばされ、硬い床の上にゴロリと仰向けに転がった。


 追撃の機会を逃しはしない。陽は倒れたままの鏡女に飛び乗り、迷いなくその剥き出しのヒトの胸に暁月を突き立てた。

 肉を包丁で切る感触とは違う。魔力に満ちた鏡像体は、どうにも斬り心地が不快だ。

 刺された鏡女と目が合う。感情を映さない、無機質な瞳。


「……これで終わりだ、お姉さん」


 暁月の持つ魔力が、その刀身の紅き力が女の内部へ直接注ぎ込まれる。その鏡像を侵食、内部から破砕し、そして炸裂させる。

 女が、ひとりの女性の鏡像体が砕け散った。全身がチリほどの微細な粒となり、光を乱反射して輝きながら空間へ撒き散らされ……しかしまた集う。


 集う先は、千景だ。千景の体が強い吸引力を持ち、鏡の屑たちを自らへと導いていく。服を、胸をすり抜け、屑は彼女に取り込まれていく。

 屑の回収も、仕事の一部だ。


「……終わったな」


 戦闘前からそこに浮かんでいた魔鏡、その鏡面が勝手に盛大にひび割れる。魔鏡から直接現れる鏡獣、それは魔鏡とリンクした護衛的存在であり、その生命も一蓮托生だ。


 魔鏡が、装飾ごと完全に砕け散る。それからひとつの深呼吸ほどの間を置いて、今度はこの空間全体にヒビが走った。魔弾にえぐられた床や天井も、懸命に働き続けた照明もひっくり返った展示物も、そこにあるすべてのモノがひとりでにヒビ割れ亀裂に覆われる……コアである魔鏡を失ったこの空間が、ひび割れていく。


 なにもかもが亀裂に満たされ、そして空間のすべてが一斉に砕け散った。視界内のモノは空間ごとすべて破壊され、破片はまるで煙のように分解され世界へ溶けていく。

 すべての破片が消滅し、そして耳に入るは、反響する人々の喧騒。


「……戻ったな」


 空間が割れた先には、別の空間があった。溢れるほどの人間の群れ……それぞれがみな別の目的地を持ち、その場を通り過ぎていく。

 通常世界の地下歩行空間へ、陽たちは戻ってきた。魔鏡は、破壊された。


「ヨウ、お疲れ様」


 陽の傍らには、愛くるしい笑みを見せる一人の少女。ジーンズにTシャツというラフな服装だ。


「ああ。千景もお疲れ様」


 陽も同様の服装であり、手荷物はない。銃刀法違反になるようなものなど持ち合わせていない。


「よし、帰るか」

「えー? せっかく街に来たのにー?」

「なんだ、なにかやりたいことあるか?」

「パパー、おもちゃ買ってくれるって約束ー」

「ママに買ってもらいなさい」

「あ、ママって認めるんだオチバのこと。喜ぶねー、オチバに教えよう」

「それはマジでやめろ。分かった、なんかテキトーに見ていこう」


 陽は頭を掻き、駅ビルの方へと足を進める。

 千景はオモチャを熱烈に欲しがる子供ではないのだが……まあ、ノリで言っているのだろう。


 一仕事終えた陽たちは駅ビルのカフェに入って休息し、次にはその場の勢いでファンシーショップに向かって小さなぬいぐるみを買ったり(ぬいぐるみはオモチャか?)太鼓を叩いたりするゲームなどを楽しんだり……ほぼ、千景の遊びに陽が突き合わされる形であった。


 カフェでの休息中、陽は魔鏡に取り込まれていた行方不明者の女性の情報をスマホで確認した。

 就職したばかりの新社会人だという。オフィスへ向かう途中で、魔鏡に狙われたわけだ。


 魔鏡は、この世界の霊力や魔力、行き交う人々の感情エネルギーなど様々なモノを吸収する。その中で一番の栄養となるのは人間の魂であり、また自身を増殖させる場合は必ず人間の魂が基盤として必要となる。


 魔鏡は増殖する。今日ひとつ破壊しても、またいつかどこかに現れ、善悪賢愚老若問わず人間を攫い、喰らう。

 そうして増えた魔鏡たちは、今は世界中に存在する。すべての魔鏡の大元がこの世のどこかに存在し、その捜索を仕事とする者たちもいるらしいのだが、その在り処は誰にも探知出来ずにいる。もし大元を破壊出来れば、他のすべての魔鏡も失われて戦いは終わるのだが。


 犠牲となった新社会人は、新生活を楽しんでいただろうか。勤労に絶望していただろうか。知る術はなく、遺体も存在しない彼女は家族にもその行方を知られることはない。


 仕事前には被害者の詳細は深く調べず千景に任せ、終わったあとには必ず自分で確認する。それは陽なりの、精神の保ち方だった。

 卑怯な男であった。


 そんな男でも、好意を向けてくれる人はいる。柔らかな笑顔を見せる女性の姿が、陽の脳に浮かぶ。


「……なんか土産買って帰るか」


 駅ビルのトイレでひとり、陽はつぶやいた。

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