第39話 魔を討つ二人 4 真・紅魔断剣
「とりあえず爆弾いくよー!」
千景が爆弾を投擲する。小さな筒状爆弾は回転しながら梅干しオバケの顔めがけ飛んでいき、しかし素早く伸びた触手により防がれる。触手自体は爆発を受けその部分が吹き飛ぶが、すぐに再生しまるでダメージを負ったように見えない。
「むう。これは厄介かなー」
「攻撃くるぞ!」
触手は他にも大量に生えている、それらの群れが今度は能動的に陽たちへ向かいその先端を叩きつけようと迫る。
「ふっといなこれっ」
陽はサイドステップを行い、降り注ぐような触手の群れの連撃から逃れる。触手は一本それぞれが陽の腕ほどの太さを持つ、こんなものが命中すれば無事では済まない。
「まあ、当たらねえけどな!」
大剣を手にしても、思ったほど陽の回避行動は悪くならない。だが今までの片手直剣の暁月とはカテゴリ自体が異なる、いきなり不慣れな武器を実戦で持つのは実際少しまずい。
「まあ、対応するしかねえがな!」
襲い来る触手を、陽は大暁月で振り払う。触手はキュウリのようにスッパリと切れ、なかなか気持ちがいい。だが、やはり斬ったそばから再生しすぐに次の触手が陽を串刺しにしようとしてくる。
「くっそ、一度距離を離す!」
「オーケー、背中は任せて!」
化物梅干しに背を向け、陽は全速で駆ける。その背を守るのは、化物と正面向き合う千景。
千景の細く華奢な肉体目掛けて触手が飛ぶが、彼女はそれを魔力弾で撃ち落としていく。化物へ顔を向けたまま、わずかに地面から足を浮かせた超低空バックホバー走行で陽の背中に貼り付きながら前方へ弾を放ち確実に触手を迎え撃つ。
「実に頼もしいな千景!」
「もっと頼っていいよ! ヒマだったから魔力練ってた!」
「そうか、じゃあ頼らせてもらうぜ!」
充分に距離を離した陽は、反転し立ち止まり再び化物の姿を目に収める。百メートルは離れたか? 相手は巨大な化物、離れ過ぎということはない。ヤツはこちらを追ってくる様子はなく、触手をうねらせ……
「ん? なんだ、地面に突き刺した?」
遠くなので少しわかりづらいが、化物は触手を数本地面に刺した。一体何を──数瞬後すぐに意味を理解する。
陽の足元、今は芝生の地面。そこに魔法陣のような光る紋様が発生した。
慌ててソレから離れた直後に、紋様から触手が生えてきた。殺意に満ちた速度で突き上げてきたそれは、間違いなく化物のモノだ。
「触手をワープさせてきたぞ! 絶対逃さねえ気だ」
「逃げる気もないでしょー?」
千景はフワリと空中に浮かび上がり、触手の射程外へと逃れる。翼を持つ者の特権、少しずるい気もするがあえて危険エリアにとどまる理由もない。
紋様から飛び出た触手は、そのまま引っ込むなら良かったのだがその場に残り続けてやはりこちらへ攻撃してくる。しなやか且つ強靭な肉の鞭で陽の肉を粉砕しようと試みるのだ。
「くそ、気持ち悪いな!」
暁月に叩き斬られた触手は地面に引っ込み紋様も消えるのだが、また別の紋様が現れ触手が生えてくる。千景も上空から爆弾や魔力弾でソレを処理するが、延々とこれをやられてはこちらが先に力尽きる。
「………千景。しばらく援護はいい、やつ本体の顔を狙って魔力弾を撃ってくれ」
「んー、多分触手に防がれると思うよ」
「遠隔操作魔弾なら、かいくぐって当てられるだろ」
「でも、それだと多分少ししかダメージいかないよ? 操作するとものすごく減衰するの」
「それでいい、少しでも傷が付けばいい」
「ん、解んないけどわかった!」
千景は陽から離れ、五十メートルほど化物へ向かって飛行する。そして、その位置から魔力弾を放った。弾は空間を突き進み化物の顔面を目指す。
当然叩き落とそうと触手が伸びるが、千景の意思を受けた魔力弾は鋭角な動作で空中方向転換、さらに襲い来る他の触手もすり抜け、次の触手の脇を掠め、最後の触手には真横からと思わせるフェイントをかけて垂直に飛び上がり、上空から化物の頭に着弾した。
「どうだ千景!」
「手応えありっ、でも小さい。どうするの?」
「小さくてもダメージは入っているんだなっ?」
「うん。あと再生の様子もないよっ」
「よし! じゃあイける、一度戻ってくれ!」
求めに従い千景は陽のもとへ。鬱陶しい触手の叩きつけをワンステップで避け叩き斬りながら、陽は更に千景へ要求を行う。
「最大エンチャントだ、そして一気に潜り込み一撃でカタをつける。最後は跳ね上げてくれ、頭を叩く」
「潜り込むって、触手がウヨウヨしてるけど」
「信じてるぜ、千景」
「なんかテンション高いね……まあいいよ、任せて。ヨウは、絶対に守るから」
千景は、両手を重ね合わせた。そしてその隙間に魔力を注ぎ込む。送り、注ぎ、濃縮させ、大量の魔力を光球として押し固め、暁月へと撃ち放つ。
千景の魔力を浴び、暁月の刀身はこれまでにないほどに鮮やかに輝く。光は陽の闘争心を刺激し、チリほどのわずかな恐怖の存在も許さない。
「それじゃあ行くぜ、千景!」
「うん、行くよヨウ!」
大剣を手に、陽は化物へと駆けだした。
その後方、後頭部を膝蹴りできそうな高さで千景が随伴飛行する。共に駆け、共に敵へと向かう。
獲物の再接近を感知し、化物から直接触手が伸び迎撃に走る。陽がそのまま真っ直ぐ走れば間違いなくその肉の槍に貫かれるだろう。
だが陽は止まらない。一切脚を緩めることなく躊躇うことなく突き進む。
触手の先端が陽の頭に突き刺さる寸前、それは前触れなく弾け飛んだ。更に別の触手が役目を継ごうと陽に襲いかかるがまた弾け飛ぶ。
千景の放つ魔力弾が、陽の死を許さない。陽に寄り添い、陽を襲うすべての触手を撃ち払う。漏らしなどしない、確実に陽を守る。
安全を確信し走る陽は、無傷のまま化物の足元へ至った。
「ヨウっ!」
千景の魔力が陽の足元に撃ち込まれた。それは破壊の力ではない、真上に乗る陽の身体を弾き飛ばし上昇させる射出台。
身の丈ほどの大剣を携えながら陽は宙へ舞い上がり、化物の頭上にまで飛び出した。
化物のすべての複眼が陽を捕捉する。だが、触手は破壊され再生と迎撃はもう間に合わない。
「終わりにするぜ──真・紅魔断剣! せいやああああああっ!」
小細工はない。千景から受け取った力と陽の魂から溢れる力をすべて光に変え暁月へ纏わせ、超エネルギーでただ純粋に叩き斬る。故に最強の一撃となる!
脳天から大暁月を叩き付けられ、梅干しは外皮も肉もすべて無抵抗に斬り裂かれる。縦一文字の梅肉切り、ここに完成だ。
「……さよならだ」
暁月の大剣を握り、陽は確かに芝生に降り立った。胸を張り、姿勢はわずかにも揺るがない。
頭部を叩き斬られた化物は、その生命を維持出来ずに膝から崩れ落ち、重い音を立て公園の芝生に転がった。
そして、その巨大な身の全体に亀裂が走る。殴られたガラスや鏡のようにヒビ割れ、全身が隙間なく亀裂に埋め尽くされると、内部から爆破されたように自ら勝手に砕け散った。
巨体のすべてが、光を弾く鏡の屑となる。屑は吸い込まれるように千景の元へ集い、しかし千景は手を突き出しそれを取り込むことを拒否。代わりに亜空間から小瓶を取り出し、その中へとわずかに回収し亜空間へと放り込んだ。回収されなかった屑は、行き場をなくし霧散していく。
化物はこの空間の魔鏡を取り込んでいたのだろうか。公園の景色すべてが、突然亀裂に包まれる。逆さ噴水も、埋まったベンチも、遠くに見える百貨店の看板も、空間ごとなにもかもが割れていき、そして見えぬ力に破砕された。
公園のすべてが一瞬にして砕け散った。その後に、そこに残るのは公園。大勢の人間が行き交い、噴水が空へ向かって力強く水を吹き上げ、青々とした芝生が強烈な陽射しを存分に浴びる……実に平和な現実の公園だった。
陽の手の中に暁月はなく、服装はジャージのズボンとTシャツのみ。
隣に目を向けると、一人の少女が真顔で陽の顔を見つめていた。ポップなデザインのTシャツと、スポーティなミニスカートを履いている。
「あ〜、えっと…………」
なにか、言うべきだろう。声をかけるべきだろう。しかし、技名は思いついても気の利いた言葉は浮かばないのが陽だった。どうしよう、抱き締めるのもなにか違うだろうし……
陽がそうして情けなく思考を彷徨わせていると、目の前の千景はこちらへ向け拳を突き出した。
「んっ!」
銀糸のような髪を熱い日差しに輝かせ、千景は花弾ける笑顔を陽へ見せる。
「……ああ!」
家族であり相棒である、かけがえのない存在の、小さな拳。陽は、自分の拳を軽く突き合わせた。
二人の勝利への祝福さ。




