第35話 白きハネに愛を込めて 9 ふたりの愛の結晶
槍は、容易く陽の肉を貫き、心臓を穿ち、その肉体を絶命させる。
そのはずだった。
「コレは……」
陽に触れるその前に。槍は、空中で押し留められていた。
「羽根……?」
一枚の羽根が、切っ先の前に浮かんでいる。白く柔らかな光を放ち、槍を防ぐ盾となっていた。
槍は元々かなり脆かったのか、羽根が触れる切っ先から全体へと亀裂が走り、軽い音を立てて砕け散った。羽根は光をまとったまま、陽の前に静かに佇む。
ニセ千景の指に灯る光とは違う、けれどその羽根の光もまた陽の苦痛を和らげてくれた。
「なあに、その羽根は」
不思議そうにニセ千景が問い、しかし返事は求めずにこちらと大きく距離を取る。なにって、見ればわかる、これは千景の羽根だ。陽のジャージのポケットにあったはずの。
導かれるように、陽はその羽根を掴んだ。膨大な魔力が、魔人ひとり分すべてほどの魔力が羽根に詰まっている、そのことが光を通して陽に伝わる。
あり得ないことだ。元は千景の一部だから魔力を帯びているのは当然としても、それは微少だ。槍を防ぐほどの魔力が、なにもせずに詰まっているということなど──
「……ああ、なんだ」
そういうことか。唐突に全部を理解して、陽の口角がわずかに上がる。
「馬鹿じゃねえか……」
実際に、千景はこの羽根に魔力を込めたのだ。それしかない。
それが出来る最後のタイミングは、鏡に捕らえられるあの瞬間だ。自分が未知の攻撃を受けているというのに、千景は陽を守ろうとしたのだ。その意思が陽の危機に反応し、羽根は自ら飛び出て光の槍を防いだのだろう。
「なにやってんだよ……」
千景は、いつでも陽のことを想ってくれていた。死に瀕した陽を救い、孤独となった陽に生きる力を与え、迷える陽に道を示してきた。
こんな情けない男を、千景はいつも守ってくれていた。その千景は、いまは囚われの身となっている。
で、陽はなにをしている? 子供のように震えて、死に抗おうともしない。
「こんなところでよ……」
怒りが込み上げてくる。無理やり押し付けられた誰かの感情ではない、陽の心の底から湧き上がり燃え滾る、確かに自分自身の怒りだ。
「三十のオジサンがよ……」
爪先が、確かに床を掴む。崩れていた膝が、陽の体を強引に叩き起こす。この目は、今は会えぬ愛しき者の笑顔を映す。
「……おびえてられっかあああああ! うおおおおおおおおおっ!」
咆哮。響かせるは、すべて苦痛を燃やし尽くす雄叫び。皆の悲しみも恐怖も苦しみもすべて陽の業だとしても、だが何者にも千景を救う邪魔はさせない。
陽の怒声に呼応するように、千景の羽根はそれまでよりも遥かに強くまばゆく輝きだした。陽の手の中、白き羽根は陽の色へと染まっていく。
羽根は、漆黒と化す。陽を想う千景の羽根に、陽自身の意志が注ぎ込まれ混じり合ったのだ。
「千景! おまえの力を借りるぞ!」
今ならすべて理解出来る。羽根の導きにより、この魂から力が引き出され溢れ出てくる、そして陽はこの力を更に羽根へ叩き込んだ。
「こういうことだろ! 来いっ、新たな力あああああ!」
白い光、そして黒いエネルギーの奔流は陽の手の中で混ざり合い羽根を取り込み核として一つの形を生み出した。
それは、剣。漆黒の刀身と、白銀の羽飾りがついた一振りの細身の剣。
「……ふぅ、黒い剣か。なかなかいいじゃねえか」
新たな剣を構え、陽は千景の姿を騙る不届き者を睨み据える。
「そうだな……新月だ。それがいい、おまえの名前は新月だ」
「なにかっこつけてるのかなー、まだ終わってないよ」
ニセ千景の周囲に、魔力光球が無数に生み出された。コピー体たちを破壊したモノだろうか、直撃すれば生身の陽には致命傷だろう。
「ほうら、いっけえ!」
構わず光球たちは陽へ殺到する。少し範囲にバラツキを持たせて陽を狙うという、回避を困難にさせる明確な殺意。武器を手にした以外は素のままの能力である陽は──避けきれない。
光は着弾し魔力爆発を起こす。その中に次の光球が飛び込みその爆発を貫き更に光球が襲いかかり、そうして無数の光がそこで爆発を起こした。人間など、ミンチどころか血煙と化すモノだ。
「……新月。いいじゃねえか、おまえ」
爆発の光がすべて消え去ったその場所で、陽は新月を盾のように構え確かに立っていた。
「光を飲み込む黒き刃……最高だぜ」
自分の魂から作り出した剣だ、その特性は何も考えずとも理解出来る。
ニセ千景が放った光は、新月がその闇の刀身にすべて飲み込んだ。陽の身体にはかすり傷の一つもついていない。
「へえー、効かないんだ。なら、直接やるよ!」
陽から距離をとっていたニセ千景が、床からわずかに浮かび上がった。そして、魔力噴射による高速ホバーで弾丸のように滑走し陽へ突撃をかける。
「ほうら、壊れて!」
手の中に魔力塊を握り締め、突進の勢いをそのまま乗せて陽に殴りかかる。当然陽は新月で受け止め、そしてこの身体はわずかにも揺るがない。
「効かねえんだ、たっぷり食ったからな!」
先程飲み込んだ光が、新月自身の力となり渾身の打撃すら軽々と防ぐ。
「へえ、すごいじゃんソレ」
なにが面白いのか、ニセ千景が笑みを浮かべる。どこか邪悪で淫猥な笑顔だ。
「ハッ! 千景はなあ、もっとカワイイ感じで笑うんだよ。消えなニセモノ!」
陽は黒き剣を振るい、眼前のマガイモノに斬りかかった。細身の刀身は陽の魂そのもの、超高密度魔力体のニセ千景をも容易く切断する。
「……終わりだぜ」
袈裟に叩き斬られたニセ千景は、いやらしい笑顔のまま鏡のように砕け、大量の屑と化しその場に溢れ散った。
「俺は、本物の千景を救い出さなきゃいけねえんだ。じゃあな」
屑の霧の中、陽は踵を返し歩きだした。確かな歩みは、上空から降り注ぎだした謎の光に呑まれていく。
空間のすべてが光に満たされ、そして陽はそこから弾き出された。




