第27話 白きハネに愛を込めて 1 再会
連日の曇り空は、二夜に渡った大雨により終焉を迎え、調子づいた太陽が地上を躊躇いなく熱している。
「家、出たくねえな……」
エアコンの力で快適気温に保たれたリビング。スマホで今日一日の天気情報を確認して、陽は昼前からげんなりとした声を漏らす。陽という名前を持っていても、ソレがこの肉体に熱耐性の加護を与えるだとかそういったことは一切ない。
両親は、どのような想いを込めてこの名前を我が子へ贈ったのだろうか。関心がわいた頃には、既に二人とは話すことが出来なくなっていた。
「仕事だよ仕事ー」
ポップなデザインのTシャツとスポーティなミニスカートを身に着けた千景は、トートバッグにサイフとスマホと鍵を入れ、既に外出の準備を整えていた。
「わかっているさ。だが暑いものは暑い」
タンクトップシャツとジャージという、外出よりはトレーニング向きな格好をした陽は、仕方なしに出かける決意を固める。暑いからといって魔鏡を放置する気はないが、暑いのは嫌だ。
「戸締まりはいいかー?」
「いいよー」
陽たちは、二人揃って玄関をくぐる。屋外へ身を晒すと、待ち構えていた太陽が熱線を慈悲なく浴びせてきた。陽は目を細めながら駐車場へと向かう。
「なあ千景。俺、サングラス買ってみようかなと思ってるんだ」
「……不審者? やめてよね」
「純粋に眩しいんだわ。目も紫外線で傷むらしいじゃないか」
「好きにしたらいいんじゃないかなー」
「そうか……」
千景としてはそうとしか言いようがないだろう。やや寂しく思いながらも陽は軽自動車のドアを開き、こもった熱気に顔をしかめた。
すぐにエンジンをかけ、窓を全開にする。走っているうちに換気されるだろう。
千景が助手席におさまりシートベルトを装着するところを確認したら、ギアをDに入れドライブの始まりだ。目的地はあまり遠くはないのだが。
「あそこのゲーセンって最近あまり行ってないね」
車は平日午前の車道を軽快に走っていく。窓から吹き込む風に、千景は煌めく銀髪を遊ばせる。
「まあ、俺ゲーマーではないしな」
「チカゲがやりたいのもないかなー」
陽もゲームをまったくやらないわけではないが趣味と言えるほどではなく、そのあたりは千景のほうが造詣が深い。落葉の家に二人プレイをしに行ったり自宅で落葉とオンラインプレイをしたりと、なかなか熱心なところがある。
「でも、太鼓はけっこう好きー」
「あ〜アレはどこにでもあるな」
車はとくに滞りなく市街地を駆け抜けていき、約十分ほどか。陽たちを今日の仕事場へ連れてきた。
「さて、もうオープンしているみたいだ」
駐車場に車を停め、陽たちはゲームセンターの店舗前に立つ。遊びに来たわけではない、仕事をしに来たのだ。
ごく普通の市街地に建つ、全国チェーンのゲームセンター。中古販売ありの全国チェーンゲームショップが隣接し、駐車場を共有している。
「じゃ、行こうかー」
千景はまったく気軽に言うのだが、その声にはわずかに不安の響きがあった。
それをとくに指摘することなく、陽は先導するように先にゲームセンターの中へ入った。
やや抑えめの照明と、店内全体を覆うアップテンポなBGM。筐体たちから溢れる様々な音と光が華やかに世界を賑やかす。
入ってまず目に入るのは、景品の獲得を目的とするプライズゲームだ。クレーンやら棒やら……陽もこういったもので遊んだことはあるが、大体の場合は金の無駄な浪費に終わる。客のそういう資金が店を支えるのだろう、どこにでも設置されている。
「ねえヨウー、あのぬいぐるみ可愛くない? 可愛いよね」
「確かにかわいいな……後でな」
「はーい。あそこにヒビがあるね」
男児向けだとは思うがよくわからない玩具が景品となっているクレーンゲーム、そのガラス面の手前の空間に亀裂が生じていた。流石にこれを店員の視線の中そのまま殴るのは躊躇われるため、千景に気配遮断の術を施してもらい、そうしたら遠慮なく亀裂に拳を叩き込む。
こちらの空間とあちらの空間を隔てる境界は微塵となり、大人二人が楽に通過出来るほどの暗い穴がそこに空いた。
「……さて、行くか!」
陽が声に込めたやる気は、どこかわざとらしい。千景も陽も、同じことを考えている。
この穴の先に、ヒトの悪意があるのではないかと。
どちらにしろ、行くしかない。いつものように、二人は穴をくぐる。
光の粒子一つ通さぬ暗き穴、そこへ身を投じれば、すぐさま向こう側へと辿り着き、
「いてえ!」
勢い余ってクレーンゲームの筐体に体をぶつけることとなる。
「なにやってるの……」
何事もなく通過した千景から、冷ややかな声が投げられた。
「いってえ……まあいい。鏡獣の反応は……ないな」
「んー、狭い魔鏡空間なんだけども……」
筐体が並びなど一切無視して無秩序に配置されたり、両替機が天井に突き刺さっていたりとひどく荒れ果てたゲームセンター。住人の姿は見当たらず、コインを入れられることはないというのに筐体は変わらず稼働し続けている。
「出来たてなのかな? それにしては……」
小首をかしげ、千景は疑問に眉目を歪め、
「──っ!」
そして瞬時に瞳を尖らせ鋭利な眼光を放つ。
「ヨウッ!」
その声は警告を喚起させる響き。千景の手に赤き光球が生み出され、光は帯となり陽たちの全身を包み込む。帯は魂に呼びかけ力を湧き出させ、光と力は融合し戦闘装束を、武器を生み出す。
余剰光が弾け飛び、そこには戦闘準備の整った二人がいた。黒い戦闘装束に、紅い武器。それらを急ぎで整える、というのはつまりその必要があるということだ。
陽たちの前には、背の低いひとつのプライズゲームがある。
回転する円形の機構に小さな景品が無数に積まれ、それをクレーンですくい上げ前後に動くレーンに乗せて遊ぶモノ。
その真上の空間に、波紋が拡がった。水面へ何かを落下させたようなソレが、なにもない空中に発生した。
その波紋には見覚えがある。陽の両目は、噴出する敵意に強く押し開かれた。




