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廃墟 

作者: サイ

黒歴史の清算です。

 今、この世は世紀末をなんとか越え、数十年が過ぎていた。技術も進み、あちらこちらで機械が活躍する世の中になっていた。ただ、機械の躍進よって働かなくなった人々が無気力になっていき、所謂ひきこもりや生きる希望をなくした自殺者が増えていく一方であった。

 そんな荒廃した中で自分もそのうちの一人に数えられていた。眼下で風が吹き荒れ、まるで自分が飛び降りるのを助長する曲が流れているようであった。ビルの屋上から見下した地上はあまりにも狭くて、暗く見えた。

 客観的に見れば、夜なだけである。

 しかし、自分にはこの世の暗さだと思ってしまった。とても怖かった。ここから飛び降りてしまったら、地面に当たらず、この暗闇に飲まれてしまいそうで。死ぬということより幾億とも怖かった。

 昔、祖父がぼやいていた。

「私が幼い頃には皆、活気が溢れていたんだよ。仕事をして、家庭を持って。そりゃ今みたいにひきこもっている人もいたけど、今ほどひどくなかったのに。夢を持って何かになろうって人がいた。ふらふら流されても奇跡のような出会いをした人もいた。みんな、光を持っていた。でも、技術が進むにつれて、光が陰りだしてしまった。まるで暗くなる新月のように。」

 祖父が何か思い出したように、それでいてなにか名残惜しむように言っていた。

「皆が光を持っていたか。はぁ。」

 重いため息が出た。でも、その鉄のように重い息は暗闇に落ちて、再度、自分の心に鉛をつめていった。

 この詰まっていったおもりは未練だったのかもしれない。自分も昔に産まれていたら、活気溢れる人になっていたかもしれない。人生に輝きを見いだせていたかもしれないのだ。

 今から死ぬつもりでここに来たのだ。でも、今、未練を残していなかったか。

 違う。人生に何もなくなったから死のうとしているんじゃないのか。

 じゃあ、なんでこの足は前に行かないのか。

 そんな自問自答の答えを出したのは風だった。温く、湿っぽい風が肩を押す。ビルの淵に立っていたことで抗うこともできず、落ちていく。

 うるさく風の音が耳をよぎる。風がはやし立ててる気もした。

 不思議なもので死ぬという感覚は無かった。ただ、自分が空中にいるそんな感じだった。


 次に身体にきた感覚はバフッというなんとも柔い感覚だった。自分は生きたのか、それとも死後の世界か。

 周りを覗ける範囲、探してみた。すると、前方数メートルのところに廃墟らしき物が建っていた。

 なんとも寂れていて古い。ヤブカラシもつき放題。ましてや人が住んでいるような外観ではなかった。

 しかし、この建物に何か惹かれる気持ちがあった。どこか懐かしいというかよく知っている空気を醸していた。

 おそるおそる開けると、驚きのあまり尻餅をついてしまった。内にはとても豪華で瀟洒な空間が広がっていた。まるで一泊何十万するホテルのようにロビーの受付はきれいで天井には七色の色を放つシャングリラ、大理石でできた床や透き通る螺旋階段があった。

 文字通り、開いた口がふさがらない。唖然としていた。突然、近くから言葉がかかってきた。

「どうなさいましたか。南様。」

「あんた、誰。」

 いきなり声をかけてきた者は角が頭に生え、身体に白い体毛をまとわせたスーツ姿の山羊顔だった。

「私はここの管理を任されております。名はありません。ここの住人は私を好きな名で呼んでいます。」

 山羊の声は貫禄があって、落ち着いていた。しかし、どう見ても山羊である。しかも、なぜか自分の名前を知っている。怪しかった。

「あんたは・・・」

 そう言おうとした時、山羊から言ってきた。

「質問に答えます。」

 こっちが言う前に言ってきた。この山羊心が読めるのか。つくづく怪しい。

「私は山羊といえば、山羊ですが、山羊ではありません。この姿は仮です。今、あなたに見えている姿が山羊なだけということです。」

「で、なんで自分を知っている。」

 そう問いかけられた山羊はそちらこそなんでとでもいうように首を傾げた。

「知っているも何も、私は全ての人の名を知っています。その方がどのようなところで育ち、どのように考えてきたかすらも知っています。

「なぜ知っている。そんなものコンピュータでなければ無理だ。後、ここは何だ。死後の世界か。」

「なぜと聞かれても知っているものは知っているんです。あなただって歩くことがなぜできるかと聞かれてもすぐに答えられないでしょう。」

 そりゃ、答えづらい。これ以上は埒があかないと思い、黙った。

「ここは何と聞かれますと、答えづらいものです。死の直前世界とでも言いましょうか。あなたみたいに未練を残しながら死んでいった人への更正施設のようなものです。」

「なぜ、更正させようとする。」

「未練を持っているのに、自分で死んだ人の魂はとてもぐちゃぐちゃでこちらも対応しづらいのです。天と地どちらに行かせようにも行った先でうるさく未練をたらし、迷惑になるため、そういう人は一度ここに来て選ぶ必要性があるんですよ。」

「選ぶってなにを。」

「ここでしばらく住んで暮らした後、このまま死ぬか生き残るか、はたまた住むなんていうことも選べます。」

「もちろん、自分は死を選ぶ。人生で産まれていた未練は叶わない未練なんだ。ここに住んでいったって生きていた時と同じだ。怠惰で暇になるだけだ。」

 強く言い切った。死んだ方がましだと思うから。暇して親に怒鳴られ、友達には都合のいい奴と思われて裏切られて。そんな光の一辺もない人生なんて。

「まぁそうあせらずとも。ここでゆっくりと過ごしていって考えるといいでしょう。そのための施設ですし。案外生きたくなることもありますよ。」

 そう言ってなにか言いたげな顔で奥へと消えていった。そこにはただ単に沈黙と自分の呆然とした顔があった。

 ゆっくりか。自分の部屋すら知らなかった。ただ、懐かしい空気が招き寄せるままに、というより本能に近いように歩いて行くと自分の名前が書かれたネームプレートの前に来た。

 その部屋の扉には鍵がない。

 そのかわり扉の前にある案内によると、ここの扉は未練を使うと開くらしい。なんともファンタジーだった。

「まぁ、死の直前世界なんていう方がよっぽどファンタジーだ。それにしてもここの生活は未練を使うことが多いな。」

 案内を見ながら、どうでもいい独り言をつぶやいて、紙の最後を見る。

『ここで生活をしてなにか生活に支障がうまれた時、あなたは死か生か住むか、決めていただきます。万が一、ずっと支障がでない場合、一年で選ぶことになりますので、ご注意ください』

 これを見るなりつらい表情になる。一年も生きなければいけないのか。せっかくすぐに終わるとおもっていたのに。とんだ誤算だ。まるで、お預けを食らった犬のようだ。

 でも、「うじうじしていたらつまらない。せめてあと一年の誤算で産まれた余生だ。楽しもう。」と考える自分があった。どうすればいいか分からない不安定な自分もあった。

 人と関わりたくない。信じなければ裏切られないから。それは学生時代から自分と他人の距離だった。あの時の友人が見せた蔑みは今も心を蝕んでいた。

 重いため息をつく。この息はビルでしたものとは全然違うものだ。ビルでは心につまって苦しかった。でも、今のは心に落ちてきた直接的な痛さを感じた。

「なに辛気くさい顔してるの。幸せが逃げちゃうよ。」

 自分のつらいことを考える自虐的な考えを吹き飛ばしたのは、まだ小学生ぐらいの男の子だった。

「ねぇお兄さん誰。新しく入ってくる人?名前なんて言うの。」

「えっと、み、南だ。入る人。」

 子供相手なのに、言葉が揺れてしまっていた。話すという行動を必要最低限にとどめていたからだ。さっきの山羊との会話のような。でも、談笑なんて久しぶりにしようとしているのだ。話すことにブランクのある人間なんてそうはいないだろう。

 そうだ。この一年で話すことを目標にしよう。目標を作って一年をさっさと終わらせよう。だから、

「あのそのキミハなンテいうの。」

 かっちこちに言ってみた。小学校に上がりたてだってもっとましに喋れるだろう。

「何って何が。」

「だから、名前トカ。」

「ぼくの名前のこと。ぼくの名は・・・」

 しばらくの沈黙の後、

「忘れちゃった。」

 幼いからか高く済んだ声がその場に響いた。

「ぼくはぼくだからぼくでいいよ。」

 意味の分からない言葉が返ってきた。「ぼくはぼくだからぼくでいいよ。」とはどういう意味なんだ。誰か教えてもらいたい。

「ぼくはぼくなんだからぼくでいいんだよ。」

「だから、どういう意味なんだ。」

「だから、君はぼくをぼくと呼べばいいんだ。」

 というかここの住民はみんなそうなのか。名前というものがなく、好きな呼び方をし、暮らしている。

 なんて暮らしやすそうなんだろう。自分の名前すら忘れても楽しくいられる。どんなことがあっても曖昧になって次から笑っている。自分が望んでいた人間関係の良いところしかとっていないような関係。

 そんなことを考えている自分の顔をみて、「ぼく」は言った。

「やっと、笑った。」

 その声で気づく。自分の顔が綻んでいることに。

「お兄さんさっきから暗い顔をして怖かったんだもん。喋り方も変だったし。」

 いつの間にか普通に喋っていた。相手gは純粋だからだろうか。たぶんそうだろう。

 だが、一つ気になることがある。なぜ年端もいかないこんな子がいるのだろう。山羊はこう言っていた。「未練のある者の更正施設」のようなものだと。しかも、自殺のみとなっていたはずだ。とても訳を知りたくなった。

 しかし、知り合って一時間もしない子に聞くには踏み込みすぎだと思う。知りたい衝動に駆られつつ、耐えた。

「じゃあね、お兄さん。ぼく部屋にもどるね。」

「あぁ、それじゃ。」

 あの子はとても純粋でとても喋りやすかった。ここで過ごす人たちはみんなあんな風に喋りやすいひとなのか。

 いや、違うはずだ。みんな未練をもって死んでいるのだ。自分と同じように悩んで死を選んで、自分を殺そうとした。まだ、この世でしたいこともあったのに。

 そう考えていると、最初に宣言したことが揺らいできた。「自分は死を選ぶ。」そんな感じのことを言った。しかし、今はどうだろう。自分と同じ立場の人を見ていると自分を殺してしまったことに罪悪感を覚えた。自分が自分を殺すと言うことは殺人である。他人を殺すのは悪い。それは当たり前だ。でも、自分だったらいいのか。よく自分のことなんだからという理由で他人を突き放す奴がいる。とても自己中だと思う。よく漫画や映画で「おまえの命はおまえだけのものじゃない。おまえと関わった人、全部の命だ。」みたいなことを言って自殺をとめている。

 これには同意する。自分を築いてきてくれた人に「恩を仇で返す」なんてことはしたくない。

 では、自分はなんで自分を殺したのだろうか。

 答えは、簡単である。人から受けた恩より人から受けた痛みの方が辛かったのだ。自分でも自己中だと思う。でも、自分がいなくなっても周りは笑っていると思ってしまった。自分が消えて周りの人に悲しんでほしい。構ってほしいという感情の裏返しだった。

 そこでようやく気がついた。

 ロビーで山羊の言いたそうな顔。それは自分の未練が百八十度違うものであると言いたかったのだ。

 それでも、山羊を否定した。もう意地だった。もう考えるのをやめた。

 それからの暮らしは案外楽しいものだった。みんな毎日笑って話し合う。管理人も来て色々な話をしてくれた。最初に話した少年とは一番の友達になった。


 選ぶまで一ヶ月と迫っていた。

 自分の中の選択肢は揺れていた。もう未練はないに等しかった。だから、死んでも良かった。

 でも、ここで知ったことを生きてすることができれば、明るい光を持てるのではないかとも思ってしまった。

 ぼんやりしていると、見たこともない鏡を目の前にして立っていた。人の背ぐらいある物だった。そこに管理人が現れた。

「これを見つけましたか。」

「なんだこの鏡。何のかわり映えもしない鏡がなぜ、こんなところにある。」

「これには過去を見ることができる機能があります。手を触れてみてください。」

 言われたとおりにする。自分を写していたものが歪み、小さい子供たちがはしゃいでいるところになった。子供たちは笑っていた。それより先は目がかすんで見えなかった。鼻の奥がつんと痛くなった。

「では、選んでください。生か死か留まるか。」

 言っている意味が分からなかった。だってそれを選ぶ一ヶ月という期間はまだあったはずだから。

「選ぶまであと一ヶ月あったはずじゃないか。」

 現状を整理しながら言った。

「それは未練を持っている人のみです。」

 落ち着いた声が暗い部屋に響く。

 最近、自分は死ぬ前の未練を忘れていっていた。未練なんかなくて生きて笑いたかった。ここの生活は楽しかった。でも、留まってしまえば、いつか暇がくることに心から怯えていた。

 永い沈黙だった。沈黙を破ったのは山羊だった。低い声が紡いだ。

「人にはみんな罪があるのです。生きていても欲にまみれてしまう人もいれば、退屈に生きて怠惰に過ごす人もいる。人には七つの罪がある。キリスト教みたいな考え方です。でも、罪があったとしても罰をうける人なんて一握りです。罪に溺れないよう、等しく罪を犯しなさい。そうすれば、罰は訪れない。」

 再び、訪れる沈黙。もう選んでいた。

「生きたい。」

 小さく弱い声だと思う。でも、心からだった。

 悔しかった。ここで得た不確かな心をここで終わらせるのは、とても辛かった。この気持ちは俗に言う好きとか嬉しいなんていう久しく忘れていた心だろう。

「さようでございますか。ですが、生きる覚悟はお有りで。」

 もちろんあった。辛いことだって分かっているつもりだった。このまま生き返ってもどうせ陰口はおさまらないことだって分かっていた。でも、変わることを決心した。なにより光がほしかった。

 だから、小さく頷いた。すこしの不安を見せながら。

「では、どうぞ。更正できてなによりです。」

「世話になった。」

 一言で言った。それが最後だった。

 目の前が暗転し、倒れた。だけど、その暗い空間はずっと前とは違い、生を感じさせた。目を開くと周りは静かな空気をしていた。

 消毒液のにおい。白い壁。白衣の人。

 それだけで理解した。近くに居た看護師らしき人がかけていく。すると、医師らしい男性と両親がやってきた。

「大丈夫ですか。どこか痛みは。」

「大丈夫です。どこも平気そうです。」

「では、すこし外しますね。」

 そういうとドアの向かうに姿を消した。両親は泣いていた。久しぶりに見た顔だ。自分に絶望して泣いた顔しか見たことがない両親だった。安心した顔は小学生で最後だと思う。

 両親は無言のまま、手を握りしめていた。それは生きていることの確認のように。

「今は何月何日。」

「今日は十二月二十日だ。二ヶ月も目を覚まさなかったんだぞ。」

 父が涙を堪えて言った。「そう」と一言言って窓を見田。

 水滴の線が顔にできた。

 空は明るく澄んでいた。


おわり


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