いつもの足音
また例の時間がやってきた。
ぎしぎしと階段を上がってくるいつもの足音を聞きながら、部屋の真ん中で組み合わせた両手を枕に暗い天井を見つめる。
ややすり足気味の足音はゆっくりと歩を進め、日課のように二階の各部屋を見回り始めた。
扉を開いて部屋の中を一つ一つ確認していくそれは、隣の部屋を見終えると、やがてこの部屋の前で立ち止まった。
一泊置いて、ノックの音がした。
「雄一や、まだ起きてるのかい」
扉越しのその呼びかけに、一つため息を漏らしてから答えた。
「ああ、母さん」
「もう遅いから寝なよ」
「ああ、わかってる。もう寝るよ」
「二階の戸締りは確認しておいたからね」
「ありがとう。でももういいって言ったろ。戸締りならちゃんとやってるから」
「でも心配でね」
「大丈夫だから。本当にもういいからさ。母さんももう寝なよ」
「テレビが映らなくてね」
「明日見ておくから」
「あとレンジのスイッチも入らなくて」
「それも見ておくよ。母さん、階段を降りる時は気をつけてね。危ないから」
「ああ、わかってるよ。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
毎晩交わす同じ会話を、面倒くささと切なさの中、穏やかに終わらせた。
二年前階段から転げ落ちた時、打ち所が悪かった。
以来、ずっとこの調子だ。
扉越しに心配そうな足音が遠ざかっていく。
それがまたぎしぎしと階段を降り始め、転倒する音を確認してから、もう一度深く長いため息をついた。
母はまだ自分の死に気づいていない。
了
習作です。モチーフはそこいら中に転がっているやつなので、自分でも既視感がハンパないです……




