魔王、この国の貴族制度を学ぶ
車窓から飽きもせず景色を眺めていると、エルゼルがやってきた。
おそらく監視魔法で私達を見ていた結果野放しには出来ないと判断したのだろう、顔が引きつっている。
全く何故そんな顔をしているのか、理解しがたい。
ただ、この列車にギルバートが乗っている事に気付いた貴族達がこぞって挨拶にくるたびに喧嘩が勃発しかけただけである。
うさぎが涙目で相手を宥めすかすが、私達は基本一歩も引かない。
結果何人もの貴族を怒らせ…もとい論破したし、今もそうだった。
「殿下、イルハンまで赴くその姿勢誠に結構!なあ、娘よ、誠そう思うであろう。」
「はい!!なんて勇敢なお方なのでしょう。」
うるうると大きな瞳でギルバートを熱い視線で見つめてくる何処ぞの令嬢。
しかし、どうもそのドレスがひらひらしていてダサい。
まるで田舎育ちのおぼこい子供のお嬢様ごっこのようだ。
「どうですかな、3日間の旅は暇でございましょう、娘とお茶などしてみては?」
「いや、不要だ」
「いえいえ、うちの娘はこうみえて話し上手の聞き上手。
殿下を退屈などさせませんとも、ええ。」
「不要と言ってるのがわからないか?」
「そうそう我が娘は先日賞をとりましてな。
殿下の周囲には美姫が多いとは存じておりますが、うちの娘も中々のものですよ。
袖にするにはもったいないかと思いませんか?」
「殿下、ぜひ一緒にお茶でもしましょう!」
絡みつく令嬢をギルバートは勢いよく振り切った。
その反動で令嬢がたたらを踏む。
「殿下!私の娘に何を!?」
「何を?貴様、いらぬという物を押し付けくるのは不敬であろう!」
睨み合う二人。
「ねえ?」
そこにふと気になった私は声をかける。
「護衛ごときが貴族に断りもなく声をかけてくるとは!
躾がなっていませんぞ、殿下!」
「素朴な疑問なんだけど、そこのお嬢さんなんの賞をとったの?」
貴族の言葉を無視して問いかけたらしーーんと場が静まり返った。
「……ごほん、ここは臣下の礼として私が引きましょう。
殿下、娘との時間を取りたくなりましたらいつでもお声をかけてくださいな…」
逃げるようにその場から去る貴族と令嬢、入れ替わるようにしてエルゼルがラウンジにやってきた。
「ああ、残念、聞きそびれた。」
「ちょ…何があってそうなったの?」
「いや、賞を取ったと自慢する割になんの賞か明確にしなかったから疑問に思って聞いただけだよ?」
あの貴族の性格だったら小さな賞も誇大広告並みに大きく吹聴すると思ったのだけど…
嘘だったのかね?
「はあ、殿下。今回はあの貴族の態度が失礼極まりなかったとは思います。
ですが、もっと穏便に…」
「はっ!何故私が下手に出なければならない?
あんな十把一絡げな貴族などいてもいなくても影響なかろう?
と、いうか私はアレの名前も顔も知らんぞ?」
「昨年度より爵位を賜った新興貴族ですよ。
殿下、一応披露目会に参加されてますよね?
挨拶しましたよね?」
「覚えていないな」
「ねえねえ」
私が殿下の服の裾を引っ張る。
途端、エルゼルがばっと横を向いて口を押さえてプルプルし始めた。
「新興貴族って何?」
「ん?我が国では貴族は大きく分けて2種類ある。
ひとつがその血筋こそ尊くあるが故に、その家に生まれただけで貴族と名乗れる『純貴族』。
十家しかおらず、領地を持ち領地を経営する事により金銭を得ている。
国政にも絡む事が多く、王家と言えどもその存在は無視出来ない。」
へえ?
私が思い浮かべる貴族に近いかな?
まあ、貴族なんて縁遠すぎてどんな生き物かなんて考えた事もないが。
「そして、国になんらかの事柄を持って貢献した者に褒賞として与えられた爵位を持つ者を義貴族という。
その貢献の種類は様々であり、必ずしも国政に関わる事である必要はない。
年に一度春に授与式が行われるが、彼らには領地を与えられる事もないし、子供に爵位が譲られる事もない。
しかし、爵位授与と共に与えられた家名は代々受け継ぐ事が認められている。」
「と、なると歓迎会に出席していた貴族の大半が領地持たずの一代限りのお貴族様だった訳ね。」
「その通り。といっても国政に関わらない訳ではないぞ。
寧ろ、彼らはその功績に関しては他の追随を許さぬ実力者揃い。
決して蔑んではいけない存在だ。」
「たった今!!思いっきり馬鹿にしましたからね!?殿下分かってます!?」
ギルバートの言葉に思わずと言ったふうに突っ込むエルゼル。
「…で、新興って名がつくのは?」
「爵位授与して三年未満の者を指す。
その間はまあ、貴族としての勉強だな。」
「勉強?」
「礼儀作法から始まり国の歴史に地理、純貴族や王族の名前と顔を覚える…後は人によっては読み書きすら怪しい者もいるから、そういうことを学ぶ期間だ。」
「おー…」
貴族ってのは大変なんだな。
遊んで暮らせるイメージがあったがそんなことないらしい。
「と、いうかこの国って案外実力主義よね」
「ふむ?そうか?私にとってこれが当たり前だったが、勇者の国は違うのか?」
「んー?」
私は考える。
実力主義と言えば実力主義だが、年功序列も無視できない主力派だろう。
「出る杭は打たれるっていう格言がある国だからね。
必ずしも実力で上に登れるわけじゃないかな」
「そうなのか…」
「老害が蔓延る国なのよ」
私は肩をすくめる。
「で、あの新興貴族は何をして貴族になったの?」
「……春画の普及です」
「いらなくね?」
エルゼルの言葉に突っ込む。
そういえばあのパイナップルは何をして貴族になったのだろうか?
まさか十家にあのパイナップルがいるとは思えないので想像する。
…うん、パイナップルを育てているイメージしかないなぁ。
「まあ、それよりお二人とも、お夕食のお時間です。
3両目食堂車にいらしてください。」
夕飯と聞いて私達は同時に席を立ったのだった。
***
sid新興貴族の娘
お父様がとても怒ってらっしゃる。
私をお召しにならなかった殿下を先ほどからずっと罵っていらっしゃいます。
…なぁんてね、気取った言い回しをしたけど、元は下町のチェキッ娘だ。
親父がエロ本売って一儲けした事をきっかけに貴族になったけど正直柄じゃねぇ。
「ったく、親父、いつまでもグチグチ言ってんなよぉな。」
「こんら、コーラン!!まんだぁそんの口調!
貴族は貴族らすぃー口調を常に心がけんと言ってるっぺー」
「お父様こそ」
ばっと口を押さえる親父。
ついこの間まで平民の田舎者が貴族になったってこんなもんなのだ。
普段はかなり猫を被ってお貴族様をやってるが、身内だけになるとすぐにボロがでる。
「大体、あたいらって貴族って柄じゃないんだよね。」
場末の寂れたバーのマスターみたいな顔した父親を見て言う。
「と、いうか貴族やめたいんだよね。」
このびらびらのドレスまじ動き辛い。
「んなこと言ってー、王子様と結婚したらば玉の輿っぺ?」
「いや、いらないし?」
「ぞんなー」
「大体、賞って何よ、賞って?」
「取ったべ?」
「いや、取ったよ?暴れ牛乗りこなし大会女性部門一位でしたよ?
でも、あれ言う必要あった?」
隣の色男に突っ込まれて風のように逃げちゃったし。
あたいの売りが暴れ牛に乗れることってどうよ?
仮に本気で玉の輿狙うとしてそれは絶対王子にバレちゃダメな奴では?
「んだば、他にも王子と玉の輿ねらっとる小娘ども蹴散らすにはひつよーやってん」
「だから玉の輿とかいらないし…」
「んなこと言っとんとー、おらぁ、自分の絵が王城に飾られるのが夢ってんがー」
「あり得ねぇ」
即答する。
天地がひっくり返ってもあり得ないし、万一飾られでもしたら国の威信に関わるわ。
「大体、娘を人身御供に使うな!」
たしかにあの王子はカッコいい。
下町にはいない雅な男だ。
だけど、私はそういうの興味ないし。
「あの男がダメならコーランはどない男が好みやん?」
「最低でも暴れ牛に私より長く乗れて、筋肉がはち切れるような男でないと」
無論他にも条件はあるがこれは譲れない。
「……娘は行かず後家になるんかいなー」
頭を抱える親父に飛び蹴りをかました。
そしたら勢いが乗りすぎたか、部屋の扉を壊して目の前の部屋に転がってしまった。
「ほげぇ!?」
「な、なんだ!?貴様は!?」
「やっべ、回収しないと!」
あたいは慌てて部屋から飛び出しす。
そして中に入ったら淫らの一言。
筋肉隆々、体は私好みだけど髪型がイマイチな男が兎人族の女性と同じ格好をして四つん這いでブヒブヒ言っていた。
そこに乱入したのが我が父というわけだ。
「な、なんだ貴様は!?」
「こ、これには訳が!」
見られた事に慌てる変態だが、親父は華麗にスルーする。
日々探求と称して凡ゆる変態行為を求める親父にとってうさ耳カチューシャをしてビキニを着た筋肉達磨男が可憐な兎人族のおねーさんにハイヒールで踏まれている事なぞ大した問題ではないのだ。
「訳!?」
「娘に蹴り飛ばされまして!」
「はぁぁ!?」
その娘たるあたいを男が見る。
兎人族の女性は私をじっと睨んでいた。
そりゃ、変態行為を見られればねぇ。
「申し訳ありません、これ、お詫びの品ですが……」
本当は王子に送るつもりだったと思われる春画を懐より取り出して男に渡す。
「なんだ、こんな本など……ムムム!」
これは!と言わんばかりに変な髪型のおっさんが目を見開く。
そして、親父の肩にばしっ!と両手を置いた。
「これは実に、そう実に素晴らしい!!」
「そうでしょうとも、これで私は貴族になりまして!」
「ほう?ではこの絵は貴方が?」
「はい、男女の絡みを書かせれば右に出るものなしのブライアン・エイチと申します。」
「ほうほう!私は商人としての才能を見出されて5年前に貴族になりましたホウリ・パイパイと申します。」
「パイパイ殿ですね?」
「はっはっは!私の事は是非ホウリとお呼びください。
ところで……この絵は現在どの程度流通してますかな?」
ギラリと野心的な目で変な名前のおっさんが言う。
「それが、まだ私が住む町とその近辺でしか売っていないのですよ。
それで今回イルハンの町で営業しようと娘と一緒に参りまして。」
「ほうほう!でしたら……」
親父と変なおっさんは意気投合して商談を始めてしまう。
あたいはこれ以上ここにいても無駄だと悟り部屋を後にした。
「ところでエイチ殿、この葉巻はご存知で?
今、流行ってるんですよ」
「ほうほう?」
「是非一服どうぞ」
「これはまた丁寧に…」
そんな会話を背後に聞きながらあたいは壊れたドアを無理矢理立たせて部屋に戻ったのだった。