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魔王、ダンジョン討伐へ赴く

sidラビーニャ

私は今、クソ勇者の荷造りをしている。

足蹴にされながらの荷造りは実に屈辱的であるが、今はどうしてもこの勇者への疑問が頭をよぎってしまい、本気で苛つく事が出来ない。

それは本当にささやかであり、それでいて当然の疑問。

即ち。

私は視線を下に落として荷物を見た。

そこには血のように赤い『トランク』というものと、豪華絢爛ともいうべき衣装の数々。

更にはポーションに見たことのないアイテム達。

………これ、どこから出てきた?

昼少し前に勇者が戻ってきたと思ったら荷造りせよと命令され投げつけられた品々なのだが、何故こんなものがあるのかが理解できない。

何故なら勇者達は身一つで召喚されたはずであり、あちら側の品など持ち込めるはずがなかったからだ。

だが、目の前の物は明らかにこちらの世界の品ではない。

まず『トランク』なる物。

こちらの世界で旅をするなら荷物は布製、ちょっとお金をかけるなら革製のナップザックに物を詰め込むのが主流だ。

見た目木の箱に滑車ととってがついた物に荷物を入れるなんてあり得ない。

しかし、このトランクなる品は見た目とは裏腹に軽くて丈夫、更にはナップザック以上に物が入り壊れ物も安心して詰め込めるようになっていた。

詰め方次第ではどこに何があるか一目瞭然となり整理整頓もしやすくて便利である。

取っ手と滑車のおかげで移動もスムーズだし正直自分も欲しいとか思ってしまう。

せめて素材だけでも教えて貰おうと恥を忍んできいてみれば首を傾げて『すてんれす?』と疑問系に言われた。

どうやら勇者も具体的な素材自体は知らないらしい。

そして衣装。

デザインは現在勇者が着ているものに似通っているがより華やかさを感じる品となってる。

細々とした刺繍や胸元についた黄金や真鍮製のメダルの数々はこの勇者の武功を讃えているとしか思えない。

惜しげも無く詰め込まれたポーションはぱっと見でハイランクの品とわかる。

そんな高級品をこんなにたくさん無造作に渡されて詰めておいてと言われたら誰だって疑問に思うものだ。

思い切って聞こうかと思ったが聞いても散々焦らされた挙句答えてくれなさそうなので黙っていることにする。

自分のスキルを使って調べた方がどんなにか気が楽かというものだ。

荷物だけでなく他にもこの勇者にはわからないところが多い。

魔法も剣も王国最強の一角以上の実力を既に保持し、それでいてスキルは不明。

わかっていることといえば、性格がドSであること、差別主義者であること、あともう一つは……

荷造りを終えてトランクを閉めた直後、部屋にノックの音が響く。

勇者に言われてドアを開ければそこには想像していなかった人物がいたのだった。



***


「どうしてこうなった?」

エルゼルが一人ぶつぶつと呟いていた。

目の前でこうもぶつぶつ言われるとさすがにうざい。

「別にいいじゃない、何が問題なのよ?」

「問題が無いわけないでしょ!

なんで殿下が御者やってんのよ!!」

「なんでって…」

もう何度説明すればいいのだろうか。

昼食を食べつつうさぎを足蹴にしながら荷造りをしていたら殿下が汽車の切符を持って部屋にやってきたのだ。

切符を受け取りさっさと部屋から追い出そうとしたら、駅までは馬車で送るとの申し出があった。

その時、はじめて聞いたら王城から駅まで馬車で一時間はかかるとの事。

荷物もあるし、そりゃ馬車は必要だから乗り心地の良い最高級馬車を用意させた。

……ら、四頭建の王族専用馬車だった。

それはいい、よくやったとギルバートを褒めてやった。

だが問題が一つ。

四頭建馬車の御者をうさぎもエルフもできなかったということだ。

仕方がないのでその場でギルバートを御者に任命し今に至るのだ。

うん、実にわかりやすい流れ。

何故疑問点が浮かぶのか理解に苦しむ。

「あのね!王族専用馬車なんだから専属の御者がいるのよ!

ちょっと待てば御者が来たのよ!

なんで待たずに恐れ多くもギルバート殿下に御者などという雑務を押し付けるのかな!?」

「貴女最初の儚げ美人の仮面が完全に剥がれたよね。」

「うっさい!」

「で、なんでってそんなの待つのが嫌だったからに決まってるじゃない。」

「なーにが決まってる、よ!少しよ少し!

軽いお茶程度の時間くらい待ちなさいよ!」

「いや。待てない」

「だーー!あんたわがままって言われない!?」

「は?はじめて言われた」

子供の頃から今までこの調子で生きてきたけど誰も何も言わなかったし。

「……あんた、どんな世界から来たのよ…」

「さあてね。それにね、なんだかんだでギルバートもノリノリだし問題ないでしょ。」

「それも頭痛のタネなのよ…」

そうは言っても御者できる?って聞いた時に私に出来ぬ事はない!と胸を張ったのはギルバートだし、最初こそ何故この私が!!と抵抗していたのに、気づけばノリノリで馬車の操作をしているのもギルバートだ。

耳を澄ませば心地よい歌声まで聞こえてくる始末。

「思うにあのボンボン、なんだかんだで頼られるのが好きなのよ。」

と、言うより頼られて雑務なんてした事がないから新鮮で楽しめるんだろうな。

私なら五分で飽きる。

「頼る?恐れ多くも王太子殿下を下々のものが?」

「そうやって一線引いてるから軌道修正が出来ないレベルで性格がひん曲がったのよ。」

「え?貴方がいいます?」

「私は一周回ってまっすぐだから問題ない」

「……」

「しかし、この馬車乗り心地いいね」

ラノベに出てくる馬車はいつだってお尻が痛くなるという表現とセットであり私はちょっとおっかなびっくりだったのだ。

しかし、蓋を開けてみれば全然そんな事がない。

寧ろ自家用車より乗り心地がいいくらいだ。

「当然ですよ。王族専用馬車なんですから」

別にエルゼルが偉いわけでもないのに胸を張ってくる。

そう、王族専用馬車の名は伊達じゃなかった。

見た目は純白に黄金で王家の紋章が描かれており、よく調教された馬車が粛々と引いている。

中も椅子部分は総革張りでしっかりと綿の入ったソファであり、広さも荷物を端に寄せても充分な空間があった。

揺れもせず、実に快適である。

更には窓から見える景色。

中世ヨーロッパ系と言うよりあれだ、お伽話の街並み。

美女となんちゃらの舞台になったかの有名な町が頭をよぎる。

カラフルでメルヘン、花や緑も多く人々も魔族と戦争中と思えないほど活気に溢れていた。

服装も女性はくるぶし丈のスカートとブラウス、男性はカットソーとチノパンを基本としているが、色染めの技術は相当進んでいるようで見た目も華やかである。

女性の髪型も一人一人創意工夫が見て取れるし男性だって帽子やベルトなどかなり凝ったものを身につけている人が多い。

更に彼らは日本人からみて髪や目が色鮮やかであり、そこに追加要素で獣人やエルフが当たり前のように加わってくる。

ゲームよりも色味があって個性豊かなこの世界は見ていて全く飽きなかった。

道を通れば王族の馬車と言うこともあり皆当たり前のように道を開ける。

モーゼの十戒を彷彿させる様子に内心テンションが上がる。

外からはギルバート殿下!?と驚きの声を上げる人々がいて、ギルバートがにこやかに手を振ったりして愛想を振りまくってるのもまた面白かった。

私にとって馬車の旅は遊園地のアトラクションのようなもので実に楽しかった。

しかし楽しい時間はたったの一時間程度。

馬車は特にトラブルも無く駅に到着する。

「ようこそいらっしゃいました、ギルバート殿下…?」

御者台に乗りご機嫌な様子で手綱を握るギルバートは普段のギルバートのイメージからかけ離れたようで駅長と思しきおっさんが疑問系で挨拶をする。

ギルバートはひらりと御者台から降りると、普段通りの不遜な態度でうむっと頷いた。

うさぎが馬車の扉を開け、私とエルゼルを外へと誘う。

「これはこれはエルゼル様と……?」

私を見てお前誰だ的な顔をする駅長。

私はエルゼルに顎で紹介しろと顎で指図する。

「ノーマン駅長、お久しぶりです。

こちらは異世界より我々ヒト族の窮地を救いにいらしてくださった勇者様です。」

エルゼルの言葉にノーマンという駅長は小さな目を一生懸命見開き私をじろじろと見る。

「なんと!この方が勇者様でしたか!

いやはや、市井では既にエルゼル様が勇者召喚を成功させたと噂になっておりますよ!

その勇者様を市井に生きる平民たる私がこのような間近で見れるとは光栄至極!」

笑顔でノーマンは私に手を差し出してくるが、勿論スルーだ。

「勇者様、こちらはワーク・ノーマン殿です。

この魔導鉄道王都駅長の任につくお方です。」

やっぱりね、といった表情で私にノーマンを紹介するエルゼル。

駅長は握手のスルーに眉を顰めるも、すぐに平静を取り戻し手を引っ込めた。

「それに…殿下までいらしてくださるとは。

連絡を直接頂いた時には驚きましたが、まさかご尊顔を拝見することまで叶うとは!」

「……うむ…」

まあ、くる予定なかったもんね。

私が拉致ったようなものだし?

「それでは間もなく列車が駅構内へと参ります。」

「そうか、これが切符だ。」

「はい、たしかに確認致しました。」

言いながらノーマンは切符に挟みをいれた。

枚数は3枚。

全員分きちんとある。

「では…」

達者でなとギルバートが言おうとするより早くノーマンが口を挟んだ。

「いや、それにしても殿下自らダンジョン討伐とはさすがは次期国王ですな!」

「「「は?」」」

私も含めて全員の声が見事に重なる。

「いやいや、何も申さずともわかります!

まさか殿下が私の顔をみる為だけに王城から足を運ばれるはずがございません!

そして行き先がイルハンで異世界の勇者を連れての旅となればもう答えは一つしかありません!!」

高らかに言い切ったノーマン。

いや違う、こいつはただの御者だ、御者。

そう言うより早く

「クックックッ…」

押し殺すような笑い声をギルバートがあげた。

そして悪どい笑顔を向ける。

妙な迫力がそこにはあった。

「そうか、わかるか、ノーマン」

「やはりそうでしたか!剣に愛されしギルバート殿下が陣頭指揮を取られれば、既にダンジョンは討伐終えたも同然ですな!」

「わーはっはっは!その通りだ、ノーマン!

この次期国王たるギルバート、民の助けを求める声を無碍には出来ぬ!

自らの手で滅ぼし魔族に目に物を見せてくれるわ!」

腰に手を当て高笑いをかますギルバート。

真っ青な顔をしているエルゼルとうさぎ。

私はというと切符の枚数は3枚なのにどうやってついてくる気なんだろうと現実的な事が気になっていたのだった。



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