魔王、ダンジョン討伐を請け負う
私は慌てて駆けよろうとして…
ピクリとエルゼルが動いたので足を止める。
あ、よかった生きてた。
「……我に最上の癒しを」
彼女は光り…黒焦げだった部分が綺麗に戻る。
今のは回復魔法か。
ハイポーションを使ったのと同じ効果を感じた。
これは振り出しに戻ったかもしれない。
「……よくもやってくれましたね?」
「いやいやお互い様でしょ?」
「明らかにダメージ量は私の方が多かったと思うのですが?」
「なら次のターンでお釣りを返せば?」
「言われなくても…」
エルゼルの目がマジになっている。
私もそんな彼女を見て気分が高揚するのを止められない。
さて、何がくる??
しかし。
「そこまで!!」
聞き覚えのあるような無いような声が響いた。
そちらをエルゼルと共に振り向けば…
金色の瞳に銀の髪を持つ凛とした美形ともう二人目立つ男がいた。
「……ギルバート殿下!」
思わずと言った感じでエルゼルが声をあげる。
そう、銀髪の男こそ昨日のトラブルの種であったギルバートだ。
そして隣にいるのが……
「お忙しいところ失礼します」
優雅に一礼し、存在感を出すドラゴノイド。
クロフォード侯爵、並びにその息子だ!
何故こんなところにいる?
「訓練中申し訳ない!」
ギルバートが声をあげながら無造作にこちらに歩み寄ってくる。
こうなれば一時中断、お互い矛をおさめる。
決着は後日に持ち越しだ。
次は完膚無きまでに叩き潰す。
仮にも魔王と呼ばれたこのキャラの名誉にかけて!
そんな事を思いつつギルバートの方を見る。
「殿下、どのようなご用件でこのような場所に?
…それにクロフォード侯爵にご子息まで」
「いや、昨日の件で勇者殿に礼を言おうと思ってな」
「…礼?」
「ああ、昨日はつい頭に血が上り言わなくていい事まで言ってしまった。
あのままでは収まりが聞かずまずいことになっていただろう。
それをうまく纏めてくれた勇者殿に感謝をと思ってな。」
「そう思いまして私どもも一言礼をと登城しましたら殿下と偶然出会いまして。
同じ目的ということでしたので、ご一緒させて頂いた次第ですが……」
「しかし父上!凄い戦いでしたね!
血湧き肉躍るとはまさにこのこと!
是非私にも勇者様の胸を借りたいです!」
「こらソドム。最高峰と名高きエルゼル殿すらあの有様だ。
お前など瞬殺されるだけだ。
…私と二人一組で戦っても瞬きすらする間もなく地に伏せるしかなかろう?」
「わかってはいるのですが、体が疼いてしまって…!」
「はあ、やれやれ。そのように血の気が多いから殿下とも諍いを起こすのだ。」
「いや、クロフォード侯爵!
あれは私が悪かったのだ。」
「殿下…」
「あー、あのですね。」
私が口を挟む。
「特に何をしたという訳でもありませんし?
わざわざ礼など結構ですよ?」
「…ん?王族たる私の感謝を拒否するか?」
金色の瞳がすっと細くなり私を睨む。
「いや?そういう意味ではない。
大したことをしていないのに礼など貰っても困るというだけだ。」
「この私が大事と判断した事を些事と申すか?」
一歩ギルバートが前に出て私と近距離で対峙する。
身長差があるので私が彼を見下ろす形になっているのだが、それすら気に食わなさげな強気の視線を投げつけてくる。
んー?
困った。
特に喧嘩を売るつもりはないのだがどうも私のボギャブラリーが貧弱で彼に私の意図が伝わらない。
或いはこれが本当の意味での文化の違いか?
「そういえば其方は我が父上の前でも平伏しなかったそうだな?
それは我が国を愚弄する意図があるということか?
返答次第ではたとえ異界より来訪されし勇者殿でもタダでは済まぬぞ?」
…ただでは済まないとな?
私の琴線に触れる言葉をギルバートは吐いた。
「!!」
「殿下!」
私の纏う空気が変わった事に気付いたかギルバートが息を飲み、クロフォード侯爵が諌める。
しかし
「其方、名前を未だに名乗っていないとも聞いている!
名乗るに値しないと宣ったと報告を受けたがまさか一国の次期国王たる私に名乗れぬ筈はなかろうな!?」
「ふん、貴様に名乗る名はないな。」
「「な!?」」
私の高飛車な物言いにギルバートとクロフォードが絶句する。
まさか本当に名乗らないとは思わなかったようだ。
「私がいつどこで誰に名乗るかは私が決める事だ。」
私は軽く顔を近づけて彼に視線を合わせる。
超近距離で私とギルバートは睨み合った。
メンチを切り合う。
「最も、貴様のような些事に拘る小物が次期国王になる国では名乗る前に魔王を討伐し元の世界に帰還を果たすことになるだろうがな」
ここで小馬鹿にしたように私は鼻で笑う。
「貴様ぁぁぁ!」
「ギルバート!」
私は頭に血が上ったギルバートの名を呼ぶ。
「その手をすぐにどけろ。今なら目を瞑る」
「……!」
ギルバートの右手は腰に挿している剣に伸びていた。
全く学習しないボンボンである。
「殿下!」
「おやめください!」
悲鳴のようなクロフォード侯爵と子息の声。
「言っておくが、私は自身に剣を突きつけてくるものには容赦しない。
それこそ魔王もヒトの王子も等しく罰すると思え?」
体を元に戻して尊大に言い切ってやった。
「…!!この…!」
王子の手が緩むどころか逆に柄を強く握り締め刀身を僅かに見せてくる。
これでこいつが攻撃してきたら鉄壁コンボが強制発動する。
死にたいのかな?
死にたいなら殺していいよね?
ゲームでもそういう命知らずの馬鹿プレイヤーをどれだけ仕留めてきたことか。
「殿下!アルフレッドの二の舞になるような行為はおやめください!」
ユーリが涙目で止めに入る。
「いいですか!?この勇者手加減を知りません!マジで殺されますよ!?」
レイフォルが必死にフォローする。
「な、何があったんだ、アル….?」
あまりに彼らが必死にフォローするので頭に上った血が下がったらしい。
そしてアルと略されたアルフレッドはそっと視線を外した。
「見てなかったの?」
「我々が来た時は丁度エルゼル殿に勇者殿が魔法を叩き込んで倒した時でしたから。」
クロフォード侯爵が言う。
「ああ…じゃあ、騎士団長様が負けて死んで悔し泣きしたのを知らないのか。」
「な!?」
ギルバートがアルフレッドをぎょっとした目で見る。
「己の剣に絶対の自信を持つアルを泣かすとは……」
「瞬殺だったからね。」
「……」
「で?死にたいの?」
「……チッ」
生き返るのは簡単とはいえ自分の命が惜しいようで剣を鞘に納めた。
クロフォード侯爵を始めとした面々があからさまにほっとする。
私はちょっと残念だなぁと思う。
こんな小生意気なクソガキ別に殺しても問題ないじゃない?
「ギルバートが遊んでくれないのなら…貴方達二人は?」
「「結構です」」
情けないくらいの即答が見事にハモった。
「そう?つまらないなぁ。エルフもう一度遊ぶ?」
くるっと振り向いて彼女を見れば何故かキラキラした目で私とギルバートを見ていた。
「??エルフ?」
二度声をかければはっとした表情で私を見る。
「…こ、これは遊びではないのでして…」
どもりつつエルゼルが言う。
何故どもるのかはわからないが、しかしエルゼルは不思議なことを言う。
バトルはゲーム、ゲームは遊びでしょ?
キョトンとした表情で思わずエルゼルを見てしまう。
ギルバートが止めに入らなければもっと遊んでくれたと思うのだが…。
残念、闘争心が最早彼女からは全く見えない。
と、いうか彼女は何かブツブツ言ってる。
聞こうと思えば聞こえるのだが、何故か本能が聞いてはいけないと囁いてくるのでスルーすることにした。
「なんだ遊びたりないのか」
またもギルバートが口を挟んでくる。
「そりゃ、騎士団長様は瞬殺だったし、そこのエルフもバトルタイムは五分となかったしねぇ」
「ほー、ならば貴様に丁度いい遊び場があるぞ?」
「ん?遊び場?」
「ダンジョンだ!!」
「「「ダンジョン!?」」」
私達勇者は揃って声をあげた。
「ダンジョンってあれか!?
お宝ザクザク的なアレか!?」
相手が王子だという事も忘れて裕太がギルバートに詰め寄る。
「な、なんだそのお宝ザクザクとは?」
「違うのか…?」
「…お前達の世界ではダンジョンからお宝が出るのか?」
「そりゃ、宝箱がなかったらスルーするだろ。」
普通に裕太は言うが多分裕太の言ってるダンジョンはゲームに出てくるダンジョンだ。
150年前はクラシックゲームしかなかった筈だがダンジョン攻略系ゲームは当時からあったのだろう。
「…残念だが私達の世界のダンジョンには宝箱などない。
あるのはただ魔物のみ。」
「ええ!?そんなところ行きたくねぇ。」
「レベリングには丁度いいんだろうけどねぇ。」
「…れべりんぐ?というのもよくわからないのだが…」
私の言葉にギルバートは眉をひそめる。
「ようは修行ね。ダンジョンは格好の修行場なのよ。」
「修行目的でダンジョンに潜るなど狂気の沙汰だろ…」
「じゃあ、何を目的に潜ればいいのよ。」
宝もなければレベリングも出来ないなんて存在意義が見出せない。
「ダンジョンは魔族が生み出した巨大な魔物だ!
その危険度は最低でもAレート級相当!
中にはSSレート級に相当する天災超えのダンジョンもあるのだ!
お前達の世界のダンジョンがどんなものかは知らんが、こちらの世界のダンジョンは強力な魔物を無限に生み出す気狂いの存在!
当然、生み出された魔物は餌を求めて人里に現れヒトを食い殺していく!!
過去に一つのダンジョンが生んだ魔物が原因で国が滅んだ事もあるのだぞ!」
「へー」
へーとしか言いようがない。
だってレート基準がよくわからないんだもん。
「えっと…魔物?が人里に現れるのは怖いですね……?」
おずおずと美香がギルバートの興奮を鎮めようと声をあげた。
「そう!その危険極まりないダンジョンが王国内に発生したのだよ!」
「「え!?」」
裕太と直美が声をあげた。
「王国でのダンジョン発生は実に5年ぶりだ。」
「5年前はどうされたのですか?」
美香が真剣に問う
「アルが指揮をとりSSランク冒険者パーティと合同で討伐した。」
「騎士団は?」
「当時既に魔族との戦争中だ。
ダンジョン討伐に騎士を派遣する余裕はなかった。」
「あの冒険者ってのは…」
「ヒトの世界にはヒトを食らう魔物がいる。
我々ヒトの天敵とも言うべき存在を世界を巡って討伐してくれる存在だ。」
「SSランクというのは…」
「おおよその実力を指す指標だ。
当時アルとダンジョン討伐した冒険者はこの国一番の腕利きだった。」
「ほえー、アルフレッドさん凄いんですねぇ」
「私に瞬殺されたけどね?」
「……!」
美香が褒めたので私が安定して落としておく。
「ほら、アルはカッコいい剣を持っていただろう?
あれはダンジョンで一番強かった魔物を討伐した際の素材で作ったものなのだ。」
「……カッコいい剣?」
「そうだ、アルの自慢の逸品でな、堕天使討伐の難易度を考えれば自慢するのも当然だろう。」
「………」
ごめん、壊した。
アルフレッドが折れた剣の柄を握りしめ俯く。
ごめん、鉄壁コンボは手加減が出来ないんだ。
何せ『攻撃は最大の防御なり』を実現した防具だからさ。
「その5年ぶりのダンジョン!!
当然5年前同様騎士団は派遣できず冒険者に頼る予定であったが…!
遊び足りないのだろう?ちょっと行ってダンジョン潰してこい」
「おっけー!」
ギルバートの嫌味な挑発に即決回答した。
「……」
あまりの即決ぶりにギルバートが目を剥く。
「貴様人の話を聞いていたのか?
ものによっては国すら滅ぼす魔物を生み出しすダンジョン討伐だぞ?」
「ダンジョンなら元の世界でも軽く100は踏破しているからいけると思うよ」
「お前達異世界人のダンジョンは緩いようだが、こちらのダンジョンは…」
「それに、いい練習にもなるし。」
「……練習?」
「いずれ魔王を討伐するんでしょ?
魔王ならモンスターくらい使役しているだろうし、道中嫌でも襲われて戦わなくちゃいけないわけで。
こちらのモンスターを知り効率よく倒す方法を学ぶ為の練習台にダンジョンは丁度いいでしょ?」
「……それが貴様の世界の常識か?」
「ダンジョンなんて自分が強くなる為の踏み台、それこそが真実」
実際ゲームではキャラのレベリングの為に存在していたのだ。
こちらの世界では在り方は違えどやる事が同じなら結果として同じ真実を掴むだろう。
「で?そのダンジョンは具体的にどこにあるわけ?」
私は大胆不適に言い放ったのだった。