第9話 『事故』?
本日は休日。
されど、今日その自由な時間を気の向くままに過ごすことなく、鬱々とした気分で遊園地へ行くために歩いているのは仕方のないことなのだろう。
原因は昨夜の翔からの電話。
…
『…和久。』
『何だ?』
『お前はのんびりと学校生活が送れれば良いんだよな。』
『ああ、そうだが。』
『頼む!』
『断る。』
『……まだ何も言ってないんだけど。』
『昼の時の如く緩衝材だろう。』
『…御明察。』
『ならば断る。』
『俺がどうにかなってもいいのか?』
『三人とも今日条約の話をしたばかりだ。惨事は起きんだろう。』
『それが非常事態が発生しちゃって…』
『…非常事態?』
『そう。結局みんなでシープランドに行こうって事になったんだけど、どこから嗅ぎ付けてきたのか上北先輩も行くって言い出しちゃって。』
『上北……生徒会長か。』
『先輩を止めれるのは和久だけだから、お願い!』
『…俺一人では手に負えん。何人か人員を追加しろ。』
『そうか…今の時間からだと健人と高野崎さんくらいしか連絡が付かないけどそれでいいか?』
『二人とも説得しろ。それなら俺も行く。』
『分かった。』
…
どうやら二人を道連れにする事には成功したらしく、俺は待ち合わせの駅前までトボトボと進んで行く。
到着。時刻は待ち合わせの8分前、中途半端とは言うな、現実はそんなものだ。
誰かいるか……あ、佐井だ。他はまだいない。
「よう、佐井。」
声をかけると佐井はこちらを向き、驚いたような顔をする。
「倉石君?どうしてここに?」
「…翔から聞いてないのか。あいつに呼ばれて来たのだが。」
「…そうですか。」
佐井はそう言って顔を伏せる。
「翔以外は邪魔だってか?」
「じゃ、邪魔なんてっ……ただ二人っきりで行けたらな、とは思いますけど…」
健気だな。
「一応言っておくと健人と高野崎も追加で来るぞ。」
「高野崎さんもですか!?」
ここで女子の名前に反応するのも、やはりと言うべきか。
「安心しろ。翔が俺たちを追加で呼んだのは上北先輩対策だ。」
「それは高野崎さんもですか?」
実質は二人とも俺の逃避方法なのだが。
「そうだ。」
「おはよう。何の話をしてるの?」
噂をすれば何とやら。待ち合わせ時間まで残り5分、高野崎がやって来た。
「佐井が翔を想うが故の話だ。」
「っ!!!?…コホン…それで高野崎さんはどうして行くことにしたんですか?」
まだ警戒を解かない佐井。
「昨日の夜、三沢君から電話がかかってきて、上北先輩がどうとか言って生き延びるために来てくれって頼まれたからだけど。」
「そうですか。」
明らかにホッとした様子の佐井。
そのまま女子二人は会話を続ける。
さて、今回の上北先輩対策。色々と考えなくてはいけない。
まず待ち合わせでの各員の行動。
翔の家を知っているのは俺、佐井、健人、高野崎、上北先輩。
川内は集合時間ちょっと前、浪岡はちょうどくらいに、健人は前後2分あたりで着くだろう。
因みに高野崎の到着予想は5分前、佐井は10〜15前だった。
それらはどうでもいい。問題なのは上北先輩の動きだ。
前記の通り会長は翔の家を知っている。よって翔と一緒にここに来る可能性もある。
というよりこちらの方が可能性は高い。翔と二人でいる時間が長くなるからだ。
それはそれで対応がしやすい。事が起こるのが翔の到着時に限られる。
対して翔と一緒に来ない場合。恐らく既にこの辺りに潜んでいるだろう。そして翔に飛び付くタイミングを狙っている筈だ。
考えている内に健人、川内が到着。あとは浪岡と問題の二人。
すると、問題の翔がやって来た。
その左腕には小柄な先輩が抱き付いている。
予想の前者、翔と一緒に行く選択をしたようだ。
気付いた佐井と川内が駆け出す。
戦闘開始。
人混みに紛れて目立たないように付いていく。
川内は勢いをそのままに二人の間に割り込もうとする。
上北先輩は翔に体重をかけ移動、川内を回避する。
第二波、佐井が二人の肩に手をかけ離そうとする。
上北先輩は身を捻り、勢いを利用して小さく蹴りをっ…!
危なかった、もう少しで『事故』が起きるところだった。なんとか足首に足首を当て、止めることに成功。
上北先輩は俺を一蔑、そして再度仕掛けてきた川内に肘を出す。
俺はその肘を掌でいなし、上北先輩は川内に捕まる。
そこへ佐井も参戦。二人の間に手を伸ばす。
上北先輩は翔を引きつつ川内の足へスタンピングを。
会長のふくらはぎを軽く蹴ってスタンピングを外させるが、翔は佐井の手の射線上に移動させられ、翔を挟んで反対側には上北先輩。しかもふくらはぎを蹴ったせいで不安定になっている。
俺に佐井や翔を止めることは不可能。
上北先輩はニヤリと笑う。
狙ってやったことなのだろう。
ドンと翔の背中が押される。
翔はそのまま上北先輩の方へ倒…
「っ!三沢翔!」
ちょうど到着した浪岡に引っ張られ、体勢を立て直す。
三人は全員で翔を連れ上北先輩から距離をとり、微笑ましいじゃれ合いを始める。
バランスを崩していた上北先輩は高野崎に支えられるも、翔を見た後舌打ちをする。
「上北先輩、ここにそっちの攻撃を見きれる人間がいることを忘れるな。それと、もしも怪我でもしたのなら無理して参加しなくてもいいぞ。」
釘を刺す俺に忌々しげな視線を向ける上北先輩は、遅れながらも翔の元へ進む。
「和久、俺があんな激しい戦いを見たのは久し振りだ。」
感心している健人。
「激しい戦い?いつそんなことが?」
こちらは気付かなかった様子の高野崎。
「佐井さんに蹴りと川内さんにスタンピングはあったな。」
「そんなにも!?」
健人は二つしか見切れなかったか。ここはもう一つも伝えておこう。
「川内には肘打ちもあったぞ。」
「何!?くそ、見えなかった。」
高野崎は隠惨な裏の攻防に驚き、健人は見きれなかったことを悔む。
これは翔をめぐる女性陣の意地をかけた戦いの始まりだった。
 




