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第5話 可哀想に

ピピピピピピ…


安眠を妨害された事に3秒間だけ恨みを覚えて布団から体を出す。


予定通りに鳴った時計を止め、部屋を出た。



少し喉が渇いていたので冷蔵庫へお茶を取りに…


「…沙月、何してるんだ?」


何故か台所でしゃがんでいた沙月と目が合う。


「え、あの…朝御飯の準備をしようと思って…」


台所には調理器具や食材が並んでいる。


「それなら人に頼んであるから問題無い。」


「でもその人に悪いし…」


「病人がそんなこと気にするな。というか熱は下がったのか?1℃以上下がってなければ布団まで強制連行することになる。」


「37.5℃。1.2℃下がったよ。」


「なら部屋に戻ってさっさと寝てろ。」


「何で!?1℃以上下がったじゃん。」


「連行はしないだけだ。元よりお前は免疫力が低いんだから少しでも熱があれば休んでろ。」


「…はい。」


沙月を見送ってお茶を飲み時計を見る。6:45、後15分か、あれをやろう。






隣接している閑散とした道場の中央で一人ポツンと(たたず)む。


それは空気を感じるための修行、周囲の空気を自らの体の一部として感覚的に捉えるためのもの。


無音を聞き取り、無言を返し、虚空を見つめて、無臭を嗅ぎ、そよ風を撫でる。


和久は一種の覚醒状態になってそこに『ある』。


じいちゃんに朝にも修練するように言われ、起きてすぐに汗をかくのも難儀だと思い選んだ修行。意識レベルを低くしたまま感覚の暗転・浮上を繰り返す。


波に揺られているように一切動かず、空を飛ぶかのように深く沈んでいく。


陽の光が差し込む暗々とした道場のなかで、それは(ただ)そこにあった。












ピンポーン


修行を終え、着替えたところへチャイムの音が響く。


「おはよう由恵。」


ガラリと玄関の扉を開けて顔を確認して言う。


「おはよっ。はい、これ沙月ちゃんへのお見舞いだよ。」


「すまんな、沙月も今日一日休めば何とかなるだろうから今日だけ頼む。」


「らじゃ。何すればいい?」


「炊事と掃除を頼む。じいちゃんの嗜好のため料理は和食を。」


「オッケー。それじゃ、お邪魔しまーす。」


いつも通りフランクに挨拶を済ませ家に上がる。


食卓には既にじいちゃんが新聞を広げて座っており、由恵を見るなり「別嬪さんよのう。和久の彼女か?」と聞いてきたので射殺すように睨む。


ついでに「和久くんとは懇意にさせて頂いております、お義父さん。」とか言いだした由恵を小突く。


「こいつは岩木由恵。今日一日手伝いを頼んどいたから何言ってもいいぞ。」


じいちゃんにそんな説明をしているとキシキシと床の軋む音がして沙月が顔を出す。


「お兄ちゃん、その人が家事をしてくれる人?」


「そうだ。岩木由恵、今日一日ボランティアで家事をしてくれる心優しい人だ。」


由恵の頬がヒクつく。


「ありがとうございます。それと、よろしくお願いします。」


裏を知らない沙月はペコリと頭を下げた。












キーンコーンカーンコーン


四時間目の授業が終わり、昼飯だーと野郎共が飢えた目をギラつかせる。


この学校には学食と購買があるがどちらも競争が激しく、四時間目が終わるとすぐに学食・購買を利用する奴らがダッシュをするのはいつもの光景だ。


そういう俺はいつも弁当なので食前の運動ランチバトルとは無縁の昼時を過ごしている。


弁当を開けると思わずほうと声が出た。


そう言えば今日は由恵に弁当を作ってもらったつくらせたのだ。沙月のとは違う洋風な感のある弁当に僅かに好奇心がうずく。


コロッケに箸を伸ばす。


弁当のおかずだ。飛び上がる程旨い訳では無いのだが新鮮な感じでいい。


次いでハンバーグを口に運ぶ。


流石は冷凍食品。沙月の時と変わらぬ味を残している。


平和な昼食を享受していると疲れた顔が教室に現れた。


素晴らしく青春を謳歌しているであろう三沢翔氏だ。


彼は手にパンを二個持って俺の隣の席に座る。


「どうしたんだ?いつもは学食だろうに。」


「戦いに負けたんだよ。購買に行ってもこれしか残ってなくて。」


味気無さそうなクロワッサン二つを掲げて見せる翔。


「それは可哀想に。」


確か学食で翔と会うことを楽しみにしている下級生がいた筈だ。可哀想に。


「お前はいいよな。沙月ちゃんが弁当作ってくれてるからチャイムと同時に走るなんてしずに済んでるし。」


「今日の弁当は沙月が作ったのではないのだが。クロワッサンだけでは味気無いだろう、おかず食べるか?」


「いいのか!?ありがと!」


玉子焼きを食べる翔。


「そういやこれって沙月ちゃんが作ったんじゃないって言ったよな。」


「ああ、言ったが。」


「和久が作ったのか?」


「いや、違う。」


「あのさ、沙月ちゃんかその人に明日俺の分も作ってもらえるよう頼めないか?」


「学食より弁当がいいのか?」


「たまにはダッシュしなくても食べれる昼飯ってのもいいなーとか思って。」


「そうか、だがその願いは俺が誰かに頼まなくても叶うと思うぞ。」


「なんで?」


最後に小さな声で言った俺の返事に翔は頭に疑問符を浮かべる。


二人のクラスメイトの少女がこちらに聞耳をたてている気配を感じながら、俺はコロッケで口を塞いだ。












放課後・教室・女子と二人っきり


大方の男子ならこの三つから一つのイベントを連想し高揚することであろう。


そして俺は今、前述の通りの状況にある。


目の前には美少女の部類に入る優しげな雰囲気の少女が躊躇うかのようにモジモジしている。


そして何かを決意したように顔を上げ真っ直ぐこちらを見る。


「倉石君。」


「なんだ?」


彼女は息を大きく吸い込み、和久の予想通りの言葉を言った。




「明日の翔君へのお弁当を私に作らせて下さい。」




彼女はクラスメイトの佐井明里さい あかり


既に美少女の部類に入ると言っているため分かっているかも知れないが、翔に恋心を抱いている頑張り屋な少女だ。


言わずもがな、昼の俺と翔の会話に聞き耳をたてていた二人の内の一人であり、もう一人の美少女クラスメイトである浪岡綾華なみおかあやかにジャンケンで勝ったのも見ているために彼女が言いに来るのは知っていた。


「分かった。」


当然、予測通りの台詞であるために予定通りの返事をスラスラと言い終える。即答に少し驚く佐井さん。


「用事は済んだだろうし、もう帰ってもいいか?」


「あと…もう一つ。」


おや?何だろう。


「ええっと…倉石君と翔君の付き合いは長いんですよね。」


「ああ。多分一番長い。」


「なら翔君の好きな食べ物とか知ってます?」


好きな食べ物を作って好感度アップを狙う訳か。


「あいつの好きな食べ物は玉子焼きだよ。」


俺の弁当からも迷わず玉子焼きを取っていく位だしな。


「玉子焼き…ですか。」


「味は薄めの方が好みだった筈だ。」


「薄味の玉子焼き…分かりました。ありがとうごさいます。」


翔、俺の予想通り頼まなくても明日の弁当は確保されたぞ。

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