【改稿前】
『――な、やっぱ近くで色々起きると現実味が違うよな。』
「ああ、そうだな。」
時刻は既に午後八時を過ぎ太陽はとうに山の端の更に向こうへとその姿を潜め、冷冽な氷輪が白い光で暗闇を染め上げる。
夜の風景となった街中を歩く和久と電話越しに話しているのは健人。内容は取り留めもない雑談で、それが何らかの頼み事を和久に対してする時の健人の癖であることは分かっている。
『――なんか中国で大規模なテロがあったみたいだけど、それよりも最近この辺りで起きた強盗や立て篭りの方が恐いもんな。』
「そうか。それで今回は何を頼みたいんだ?」
一切の装飾なく本題に踏み込む和久。その遠慮のない物言いに、うぐ…と健人は声を詰まらせる。
ややあってやっと心を決めたらしくおもむろに口を開く。
『その……な。…女ってどんなコトに対して恋愛感情を動かすんだ?』
「……は?」
健人が真面目そうな声音で話す時はもっと別な話題だったような、と経験則との齟誤に思わず問い返してしまう。
「何だ?誰かを本気で好きになったのか?」
『い、いや。そうじゃなくてだな………そ、そう蓮音ちゃんをだな、何とか出来ないものかと………その…どうやら姉貴の教育を受けたらしくて精神的にメチャクチャ逞しくなってるんだよ。』
明らかに慌てて取り繕ったような言い方だったが、それでも今は言いたくないのならと思い敢えて流す。
「蓮音ちゃん?……………ああ、お前のことが好きな小学生か。想いを受け取れないってか?」
『そうだよ。やっぱり年齢差ありすぎるし………』
本題ほどではないもののこちらもそれなりに悩んでいる案件らしく、真剣そうな雰囲気が伝わってくる。
「そうだな……一つ言うとすれば相手はそれを理解した上でお前を好きだということを覚えておくんだな。」
『え?!でも年上に対する尊敬とかを勘違―――』
「ないな。由恵はそういう心の機微には鋭い。あいつが噛んでいる以上、小坂蓮音の感情は勘違いではないだろう。」
『そ、そうか…』
「それに年齢差と言っても七歳だろう。二十と二十七になったら気になるようなものではなくなるしな。」
電話の向こうは沈黙。悩む案件を増やしてしまったか。
「結局決めるのはお前だ。受け入れる、先伸ばしにする、断る。どれでも好きに選ぶといい。ただ誠実さを求めるというのなら、自分の考えを素直に打ち明けてあげるべきだろう。」
『先伸ばしにするって……いいのか?』
「惰性ならともかく、その考えを伝えるのならそれも一つの道だろうさ。」
答えが出たのかは分からないが、健人は礼を言ってきたので良しとし、別れを告げて電話を切る。
と、すぐにケータイが着信音を奏でる。
千客万来というやつかと思いつつ再度画面をみればまだ見慣れぬ目新しい外国人の登録名が表示されている。
「何の用だ?」
電話に出てすぐ、相手に口を開ける暇すら与えず訊く。
『いやぁ、もう知ってるだろうけど依頼の終了報告だよ。デパートの強盗ともう一個人質立て篭りは予定通り“勇気ある市民”の活躍で終わったんだよ。……それで、アフターケアはそっち任せでいいんだよね。』
「ああ。マスコミも裁判までは食い付くが執行はそこまで気にせんしな。いくらでも誤魔化せる。」
『それじゃあ頼んだよ、瞬間破壊。』
通話が終わり、接続が切れた電話口に呟く。
「どちらかといえば瞬間破壊の顔ではなくて囲い込み師の顔を使うのだが。」
掛ける相手のない言葉は、当然の帰結として虚空へと呑み込まれる。
流石に三人目はなく、和久は黙々と当初の目的を遂行すべく歩き続ける。
そのまま五分ほど歩くと行く道を遮るように何人か人影が現れた。
その道の先に見える建物は、目的地の対超能力者機関。正体を隠すため組織の黒服を着ているからか、やはりそう易々と入れてもらえないようで、全員が緊張感を漂わせながら睨みつけ構えている。内一人が詰問するためか一歩踏み出し…
…た瞬間、ほとんど一つとなった重低音が辺りを埋めつくし、構えていた全員を地に伏せさせる。
無論、それは瞬間破壊の発現。カメラ等録画媒体があったところで何が起きたか分からぬよう極僅かな間しか力を使わなかったために全員が気絶している訳ではないが、それでも立ち塞がり得ない程度までふらついているため無視して脇を通り抜ける。
視認出来ている目的地に到着するまでにかかったのは一分少々。だというのに既に入口にはバリケードが敷かれ、その陰から偵察する様子も見られる。
『止まれ!それ以上近付いた場合こちらは発砲も辞さない!』
拡声器を使った声がバリケードの更に奥から響く。和久は当然これを無視。
『これより敵対行動者として鎮圧する!』
長い前口上。しかし警告から二歩しか進んでない時点でその判断を下したのは英断といえよう。
前口上が終わった途端バリケードから身を晒し突っ込んでくる一団。それを見てすぐ、和久も駆け出した。
横へ。
走る和久の後ろで着弾し雑多な音をあげる幾多のもの。それらを意に介さず真っ向から駆けてくる一団を不規則にジグザク走行しながら迎える。やがて同士打ちを避けるため遠距離攻撃が止み、
僅かな交錯。
その数秒で投げ、当て、打ち、掛け、捻り、押し、ずらす。交錯の後には各々が邪魔しあうように絡みあった姿。
無視。
バリケードを抜けようとした瞬間、その場を閃光と轟音が焼く。
炸裂する暴徒鎮圧用のスタングレネード。それでも足りないといわんばかりに撃ち込まれる無数の催涙弾。更に駄目押しで放たれる散弾。弾はゴム弾だがやはり数が多く、その上四方八方―――それこそ超能力まで使って上からも―――一斉に総射され、一般人はおろか多少強い超能力者でも対処出来ないような攻撃が出来上がる。
ただ残念なことに、この攻撃を向けられた相手は『ちょっと』で済むような強さではなかった。
散弾を撃ち終わり、能力者が風をおこして催涙ガスのカーテンを晴らした後には………何も残ってなかった。
その後の捜索で彼らが見付けたのは、建物内部にいた筈の数人が行方不明になっているという事実だけだった。




