【改稿前】
翌日。
翔は戦闘で散々傷付けられたとはいえその殆どが打ち身であったこともあり、表面上何一つ変わりなくハーレムと戯れている。
周囲の男子も相変わらず殺意と勘違いしてしまいそうな程強烈な嫉妬の視線を向けていて、更にその一歩外側から和久が普段通りの日常をのんびり弛んだ表情で眺める。
「分かったぞ!照れてたんだな!」
突如声を上げたのは健人。椅子を蹴り倒しそうな勢いで立ち上がり、腕を組んで不遜な眼差しでこちらを真っ直ぐ見る。
突発事態に際し、クラスの半数はいつもの事かと気にかけず、残りの半分は今回は何をするんだろうといった具合で観衆と化した。
「まず落ち着け。そして主語が分かるように言い直せ。何を言いたいのかさっぱり分からん。」
取り合えず気持ちを鎮めるのが先決だと判断を下し冷静に言葉をつむぐ。
しかし健人は指示に従わず机の前に来て、バンと机に両手を付ける。
「ウチの姉貴と付き合っていないという言葉。あれは照れ隠しであり、本当は付き合っているのではないかね。」
はぁ…由恵はまだ話してなかったのか、
「付き合ってないぞ。」
「嘘だな。」
健人は腕をくんで胸を張り、自信満々に言い放つ。
「総帥。私は与えられた情報を鵜呑みにする単純な人間ではないのです。そして導き出した答えがこれでした。………非常に残念です、あなたが裏切っていたなんて。我々、独り身の男軍団はこの事態を見逃す訳にはいかないのです。モテない男の僻み、自分も彼女が欲しいという欲望、これらを糧に日々団結力を磨いてきた軍団として、あなたに鉄槌を下さねばならないのです。さあ、立つんだ団員よ!」
健人の扇動に応じ立ち上がる男子十八人(和久、翔、健人以外の男子全員)。どこか催眠術にでも掛ったように睨付ける―――和久だけでなく翔も。
驚く翔と睨み返す翔の取り巻き。小声で何かを囁き合っている女子。一通り教室全体を見渡した和久は愉しげに嗤い口を開く。
「……………ほう……………」
次の瞬間、健人を除く全男子が慌てふためき我先にと自らの席に着席した。
今度は翔だけでなく教室中の女子もポカンとする。
「な、何故だ!俺たちの結束は固かったはずでは!」
「それはお前の思い違いだったってことじゃないか?」
後退り、崩れ落ちる健人。その両脇に男子が一人ずつ立ち、抱えるようにして腕を持ち、立ち上げる。
「健人。付き合っていると思ったのはキャンプ最終日のことが理由だろ。」
「ああ、あの時のキ……ってえ?気付いてたの?」
目をパチクリとさせてこちらを見る。
「勿論だ。俺だけでなく由恵もあの時お前が覗き見ていることに気付いていたぞ。…というよりお前が見ているのに気付いたからキスするフリをしたんだったな。」
「………フリ?」
呆然と、俺の独白を反唱する健人。
「お前の見ていた場所からだと俺と由恵の顔が重なって見えてその間の距離は分からなかっただろう。由恵はそうやってキスしていたかのようにみせたんだよ。大方、もうそのことで遊ばれたんじゃないか?」
「いや遊ばれてなん…か……な………」
否定していたが、何か思い出したのか語尾がだんだんと弱々しくなっていく。かと思うと顔を真っ赤にし、両腕を抑えられたまま悶えだす。
「ああっ!もしかして、忙しいからって役場まで婚姻届けの書類取りに行かされたのがそうだったのか?!急かされて制服のまま取りに行ったし、マジで恥ずかしかったのを頑張って堪えたのに!!!……ってことはあの後のアレも姉貴の差し金かあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………」
健人が人として何か終わってしまったかのようなうめき声を発する。
…それにしても高校生に制服のまま婚姻届けを取りに行かせるなんて、役場の方々もさそかし驚いたことだろう。由恵も凄いことさせるな。
「総帥。この者はいかが致しましょう。」
健人の右腕を捕まえている方が敬礼しながら訊いてくる。
裁き、か。健人には残念な事に俺は既に由恵からある程度事の顛末を聞いている。制服のままだった事は知らなかったが。
俺は掌を広げて見せて健人の両脇にいる男子を止める。
「健人、大丈夫だ。」
「…和…久…」
健人の肩に手を置いて微笑みながら優しそうな声音で語りかける。健人もすがり付き顔を上げ救いを求めるように見ているし、このシーンだけを切り取れば素晴らしき友情の結晶とでも題を付けれよう。
だが、現実はそう優しくないぞ?
ニッコリ微笑んだまま、突き落とすための言葉を告げる。
「小坂蓮音ちゃんだったか?喜んでたようじゃないか。」
変化は劇的だった。
健人は目を見開いて固まり、『あぁ…』とか『うぅ…』等の意味の無い言葉を繰り返して肩を震わせる。
「……っあああぁぁぁぁぁ……………もうおしまいだぁぁぁ………」
少しして、遂に限界になったのか叫びつつ二人の男子を振り払って逃げ出した。
「健人の件はこれで終了だ。」
「「はっ!」」
近くにいた男子二人はもう一度敬礼をして帰っていった。
「ねえ、その小坂蓮音ちゃんって誰なの?」
質問してきたのは高野崎。その視線は健人が出ていったドアの方を心配そうに見ている。
「俺も会ったことはないが健人の近所に住んでいて健人のことが好きな小学四年生の可愛らしい子だと聞いたよ。」
今回は婚姻届けを取りに行った健人に職員や利用者など多くの人がいる場で抱きついて、衆人環視の下『一緒に幸せな家庭を築こうね♪』なんて爆弾発言を言ったらしい。健人と絡ませれば色々と楽しむことの出来る中々面白そうな小学四年生だ。
ちなみに、その後健人は役場の職員に婚姻可能年齢について30分以上に渡り懇切丁寧な説明を受けたらしい。
高野崎は小坂蓮音の説明を聞くと礼を言って立ち去り、俺は由恵に結果報告しようと鞄より携帯電話を取り出す。
二つ折りのケータイを開き画面を見ると、受信済みのメールが一通。
from:Maxwell's demon
頼まれた分はやったんだよ。だけど忘れてないよね、ウチは相互協力機関なんだよ。
マクスウェルの悪魔…分子の運動を統べる想像上の存在。このアドレスは自由奔放協会の内、俺と繋がっている奴のものだ。
名前を聞いたところ『それは答えられないんだよ、だけど僕の方も能力を明かしておかないと不公平だよね。』などと宣い、一方的に告げられた能力名がマクスウェルの悪魔だったという訳だ。
とりあえず、そのマクスウェルの悪魔に対して分かっている旨を返信し、由恵にもこちらの事の推移について報告してケータイを閉じる。
二・三日は暇ができそうだ。ゆっくりと平穏を楽しみ休むか。
教室は既に健人の扇動など忘却の彼方へと捨てていってしまったように日常に帰っている。大元であった健人も高野崎に説得されたのか背中を押されて入ってくる。
あるいは、この楽しき平穏のために今は休むか。
青々と広がる空。視界をまんべんなく塗り潰すそれに心を委ね――
「私もひとつ質問してもいいか?」
ゆったりとした所作で移した目に映ったのはハーレムの中に含まれていた筈の川内。翔の方を見るがこれといって普段と変わらないようなので問題が起きたのではないだろう。
「何だ?」
「いや、あー………お前はしょーくんとの付き合いは長いんだよな。」
僅かに逡巡した様子を見せながら確認をとってくる。
「そうだが。」
「そうか、それなら………しょーくんは今までに大きな怪我とかしたことはあるか?」
「いや、ないな。」
俺が答えると安心したように、それでもまだ何か気掛かりそうな複雑な表情をして翔たちのもとへ帰っていった。
(…?)
怪訝に思いつつも再び空に視線を戻す。
ソラは、一片だけ黒い雲を浮かばせていた。
 




