閑話――ある学生の話。
魔法が使えることは大きな付属価値だ。
英雄伝説に出てくる勇者は光の魔法を操りながら剣を持ち戦っていた。
魔法に対して発動が遅いなどとケチをつけてくるものもいるが、その分威力はケタ違いだ。生身の人間がちまちま剣で与える攻撃など凌駕する。
それだけではない。魔法が使えるということは人生において勝ち組でもあるのだ。
貴族は親が決める婚姻に対してある程度の自由が認められることもある。
子爵の子供でも、伯爵家や侯爵家にぜひと求められることだってある。
それが魔法が使えるという才能に対する世間一般の考えなのだ。
学園の中でだって魔法使いは特別である。
魔法使い専用の学び舎があり、能力にあった魔法を学ぶ。
貴族ともなれば最初から文字の読み書きができるのだから、入学してから慌てて勉強するような市民とは最初から持っている能力が違う。
自分は選ばれた人間の中でもさらに選ばれた人間なのだ。
そう、ジークムント・エルマンは考えていた。
そんな自分より目立った同級生がいた。
あろうことか、ただの市民である。
シュラーク・ドンナーは学園に入学する前から雷の魔法が使えていた。
貴族の、それも伯爵家の跡取りや侯爵家以上の子供の中には親の見栄もあり、才能があるとわかると入学までに一つ二つの魔法を叩き込まれることはあった。
しかし市民にそんな余裕も学もない。
つまり、シュラーク・ドンナーはただ無自覚に、魔法を扱っていたというのだ。
許せなかった。
自分のような選ばれた人間よりも優れていると、そう錯覚しているシュラーク・ドンナーを、ジークムント・エルマンは許すことができなかった。
ことあるごとにからかい、突っかかり、貶めた。
子爵の息子であるエルマンに迎合するものは多く、また、身の程をわきまえて伯爵家以上の人間にケンカを売ることのないエルマンを伯爵家以上の子供たちは止めることもなく、ドンナーは追い込まれていった。
それと同時に成績は下がる一方。元々文字が読めないのだから成績が悪いのは当たり前だった。
しかし、彼のその才能を評価しすぎていた教師たちはドンナーが呪文に詰まるごとに、魔法を失敗するごとに無意識にため息を落とし、それがさらに彼を追い詰めていっていた。
いい気味だと、心から思った。
エルマンよりも優れていると勘違いするからだと、当たり前のように考えた。
そんな落ちこぼれに転がり落ちたドンナーの様子が変わったのはあの長期休暇の日だ。長期休暇中のいつからなのかはわからないが、あの日であったドンナーは普段よりも強気だった。
さらに、あいつに罰を与えようとしたエルマンの前にあのエルヴィーラ・フォルツァーノが立ちふさがったのだ。
侯爵家の娘。現当主の妹だというその女は自分たちとそれほど変わらぬ歳であったが、天性の才能があり学園に通わない魔法使いだった。
そんな彼女があろうことかドンナーに肩入れをしている。
さらに驚くことに彼に対して魔法の指導をしているというのだ。
それを知ったのは試験の数日前。ある人物からそれを聞いたとき、頭の中が沸騰しそうになった。
どうして、ただの平民がこれほど恵まれるのだろう。
許されるはずがない。
怒りに震えるエルマンに、その人物はある呪文書を見せてくれた。
本来ならば許されないが、シュラーク・ドンナーだって本来ならばありえないものを学んでいる。
扱う自信があれば、使えばいいと。
最初は取り合わないつもりだった。そんなことをしなくても、ドンナーは失敗すると、そう思っていた。
だというのに、あいつは、シュラーク・ドンナーはエルマンの目の前で無詠唱魔法というこれまでの常識を覆すものを見事披露して見せた。
エルマンは焦っていた。
ドンナーよりも下であってはいけない。自分は選ばれた人間なのだ。
しかし、今回用に組み立てた魔法はどれもがドンナーよりも劣って見えた。失敗を恐れるあまり普段から失敗することがないものしか選ばないようにしていたからだ。
焦るエルマンの手に、あの呪文書が触れた。
その中の一つを見て、エルマンは哂った。
自分は選ばれた人間だ。だからこそ、この魔法を見せてやろうと。
「ジークムント・エルマン、始めなさい」
名前を呼ばれ、舞台に立つ。
貴族席の中でも特等席。
そこにいるはずのあの女に、見せつけてやろう。
エルマンを選ばなかった判断が間違いだと。エルマンこそ、選ばれた人間なのだと。
その人形のような顔が驚愕を浮かべ、自分に頭を下げて謝罪する姿を思い描きながら、エルマンは呪文書にあった呪文を諳んじて見せた。
これくらいのことは、エルマンには簡単なことだった。




