後片付けはニートには重労働です。
「――で、選んだのが眠り魔法ですか」
「一番楽に終わるもの。捕まってる人たちにもばれずに全部終わらせられますものね」
無言でこのアジトを包むように≪眠り魔法≫を展開した。私が行なったのはそれだけだ。
この魔法は名前の通り眠らせるだけの魔法である。ただし効果の強さは選べるので良い睡眠導入効果程度のものから切り裂かれても目覚められない程度のものまで、なんでもござれです。
今回は深い眠り程度のものを選んだ。何度も言うが死んでもらうわけにはいかないからね。数人それを防ごうとした魔法使いがいたけれど能力の差が大きすぎて抵抗にもなっていなかった。効果が薄まることもない。
ただ、そうやって抵抗したもの達は騎士たちが魔法使いをとらえる際に使う魔法を封じる縄で縛っておく。口元にも魔法使い用の布を巻いて声を出せなくする。魔法使いは呪文が必要だからそれを封じる用の道具は声を封じる者がほとんどだ。これを巻いておくと魔法使いだってわかりやすいから回収も楽だろう。
いくら底辺とはいえ魔法使いは遠距離攻撃ができる存在で、騎士との相性は良くない。それに兄さんたちが来るまでに目が覚めるかもしれないからね、危ないね。
その作業が終わると他の奴らも縛って、武器になるものは一か所にまとめておく。もちろん盗賊団からは離したところに、だ。武器も手入れをちゃんとしていないらしく切れ味の悪そうなものが多い。わりとゴツイのが多かったから金属性の時々切れる鈍器としてや腕力まかせでぶった切るような使い方だったのだろうか。
「お嬢、こっちはおれがやりますから向こうを見てきてくださいよ」
作業をしている途中でハルに頼まれたので捕まっていた人たちのいる方に向かった。こちらでもやることは山積みだ。
彼女たちは檻の中に閉じ込められていた。私の魔法を受けて全員眠っているが体もボロボロで、心もボロボロなのだろう。男は見当たらなかったから殺された後かもしれない。寝首を掻かれる可能性もあるからね。そうでなくても人質として世話をし続けるのも面倒という理由があるかもしれない。
本当に嫌な事件だった、そう思いながら捕まっていた人たちに服を着せて縛られてる人たちはその紐を切った。大きめの傷は魔法で、小さい傷はハルが持ってきた薬などで手当てをするのも忘れない。
人間相手の仕事が終わったら家探しだ。隠しているものや罪の証拠なんかも探して分かり安い場所に置く。
あとは細々とした作業をハルと一緒に頑張って、ようやく全工程が終わった。
「終わったわねえ」
はあ疲れた。そう思って伸びをしているとチェックをしていたハルが不思議そうに尋ねてきた。
「他にこいつらの仲間はいないんですか?」
「ここらへんにいるのはそれで終わりよ」
ハルの疑問も当たり前のものだが私が感知できる範囲にはいないので現在ここで活動していた奴らはこれで全員だ。探索範囲外はわからないけれど、そこまで遠くなら私たちへの奇襲はできないだろう。
「人数は他の地域に散らばってるのまではわからないけどねえ」
「まあ、わかったところでそいつらをわざわざ捕まえて、ここまで連れてきて、縛り上げているなんておかしいですしね」
それに、私は自分が行ったことのある場所しか移動できないから見つけたところで何にもできない。できる範囲で最善を尽くすことが大事というわけだ。
「しかし、あれはそのままでいいんですか?」
ハルが困ったように示すのは捕まってる人たちがいる檻。彼女たちを解放して街まで連れて行った方がいいのではないか、と思っているらしい。
確かに開放してあげることはすぐにでもできるけれど、ここを出てからの彼女たちのケアや被害の確認、今後の世話ができるのは国から派遣された騎士だけである。国家予算があるからね。
彼女たちを檻から出して、彼女たちが自分の力で逃げても彼女たちを助ける方法は存在しない。ここに捕まっていたという証拠がなければ国からのケアも受けられず、恋人が一緒ではない理由が信じてもらえなくなる。
「いいのよ、このままが最良だわ」
「そう、ですか。わかりました」
簡単にそのことを説明すればハルも引き下がる。ハルも自分たちではどうにもできないことが分かったのだろう。
その話の決着がついたので最後の確認をする。仕事などの取りこぼしがないことを確認し、私たちが持ってきたものを忘れていないかを確認する。
それが終わる頃にはすでに日が暮れ始めていた。盗賊団との戦闘は戦闘とは呼べないほど一瞬だったが、なによりも後片付けが大変だった。大変過ぎた。ついついこいつらの戦利品なんかを整理整頓したりしちゃったせいだろう。気になるから仕方ない。置き方が乱雑すぎるんだ、壊れるだろうそれでは。
「さて、帰りましょうか」
「そうね。はあ、疲れたわ」
ハルの言葉に頷いて背伸びをして体をほぐす。目を閉じて、帰るべき場所を頭の中に浮かび上がらせる。
そこまでできたのでハルの手をとり、踵で床を鳴らす。
出発した時と同じ魔法陣が足元に浮かび上がる。その魔法陣の光の中に入り込むようにして、私たちはその場を後にした。
向かう先はもちろん私の自室だ。