ニートは魔法使いである。
昨日は更新せずに申し訳ないです……。
前回の話の誤字脱字を手直ししました。
「さて、準備はいいかしら?ハンカチ持った?武器は?縄は?」
「ちゃんと必要なものは準備しました。ですからその母親みたいなことをどや顔で言うのはやめてください。似合いませんよ」
ハルに持ち物を確認をしてみたのに何故かじろりとした視線を向けられることになった。解せない。
ハルは袋を背負い、その中に細々とした必需品――縛り上げるための縄とか、けが人がいた場合用の手当て道具とか、そういったもの――を全部入れているらしい。だから大丈夫だと言われ、分かったと返す。
私は手ぶらである。魔法使いなので武器を持つ必要がない。ハルは武器だけは腰に下げていた。武器は見せることによる抑止力や職業を知らせる役割もあると昔ハルが言っていたような気もするからその役割もあるのだろう。
「さて、ちょっと『同期』するわね」
ハルにそう告げてゆっくりと目を閉じる。
≪瞬間移動≫は行ったことのある場所でなければ移動できないので国の門を思い浮かべる。外側に出た方が時間は短縮できるから門兵たちの詰所の外側を強くイメージだ。ふわっとした記憶で門を思い浮かべると国側の方に入ってしまったり、門の上に出てしまったりすることもあって非常に面倒なのでこの作業は手を抜けない。
イメージが固まったところでハルの手を取る。複数の人間を移動させる場合などはどこかを接している方が数人置き忘れるなどの事故を防ぐことができる。移動先と同行者、両方に頭の中を割り振らなくちゃいけなくなるからね、触れない程度の距離を取られると。
または私たちの見送りをしてくれるために部屋に残っているエリーザみたいに移動とは関係のない人間を連れて行ってしまうこともある。過信は事故の元、私は安全運転でお送りしている。
「では、行ってくるわ」
トンとかかとで音を鳴らすとそこに魔法陣が現れる。線の部分が光でできているものだ。その魔法陣は私とハルを陣の内側に、エリーザを外側にと分けていく。
なお、私の魔法で現れる魔法陣はただの演出である。参考までに。
「いってらっしゃいませ」
光に包まれる私たちが見えなくなるまで、エリーザは頭を下げて見送ってくれた。
「本当にすごいですね、お嬢の≪瞬間移動≫は」
「あら、当然でしょ?もっと褒めていいのよ」
褒められることは好きだ。私が凄いことは私自身よく理解しているが他の人間たちももっとそれを理解して私をほめたたえるべきだと思う。
「胸を張って褒められてみたけれど、ハルならこれくらいできるでしょう」
「俺は自分しか移動させられませんから」
ハルは≪能力≫持ちである。
これは本当に、人によって違うとしか言えないためあまり研究すらされていない分野だがハルは≪能力≫によって≪瞬間移動≫モドキを行うことができるのだ。移動できる場所は自分で決めた一人の人物の元だけで、移動できるのは自分自身のみという魔法よりも規模が小さなものではあるが、普通の人間よりはすごいものである。
これが私の護衛をハルがしている理由でもある。私が≪瞬間移動≫してもハルなら追いかけられるという点を兄に売り込んで許可をもらったのだ。
「フォルツァーノ様!?」
門兵が突如現れた私たちに驚いた顔をする。そりゃあ自分たちの仕事場の真ん前に突然人間が現れたら驚くのも無理はないか。
「久しぶりですわ、ハインツ。仕事中に失礼するわね」
「名前を憶えていただけて光栄です。今日はどうされたのですか?」
一応、国から出てきたことに変わりはないので形式上の質問をされる。本当はちゃんと列に並んだり、貴族用の入り口から出た方がいいけれどそれは面倒だ。いつ終わるかわからないし、兄にばれるし。
ハインツは≪瞬間移動≫の練習中によくここを出現場所にしていた時からの付き合いである。
最初は驚いていたし慌てていた普通の門兵くんも今では門兵長まで出世しているようだ。私への対応も素早くなってきている。
「ちょっと、急用なんですの。護衛のハルもいるわ」
「かしこまりました。フォルツァーノ様には無用の心配かもしれませんが、最近物騒になっていますのでご注意を。この門も夜には閉まります。まあ、フォルツァーノ様は門は必要ないかもしれませんが」
「覚えておくわ。それに、それほど時間をかけるつもりもないですもの」
私の答えを聞いてハインツは頭を下げてくる。
「お気をつけてください」
「ありがとう。いくわよ、ハル」
「はっ」
ハインツに見送られて門から少し離れる。出入りする人たちにものすごく見られているからね、一応ね。
「しかし、どうするんですか?森まで馬車を使うなら国の中で調達するべきでしたけど」
「そんなものいらないわ」
なんの準備もせずにここまで来た私にハルが訊ねてくる。歩きが嫌なら街で馬車でも見繕った方がいいのだろうけど、それは一般人の考え方だ。
私は魔法使いである。何度でも何度でも繰り返そう。
私は何もない場所に右手を向ける。そのまま頭の中で召喚と唱えると、白い鹿が二頭、そこに現れた。
これは生き物ではなく魔力を個体化させた物質のようなものだ。そのため疲れ知らずでどこまでも走ってくれるし簡単な命令なら間違いなく実行してくれる。重量制限もない。二頭が離れることもないし、別行動をしても集合したければ私が命じればすぐに落ち合うことができる。
「なるほど、召喚獣ですか」
「少し違うわね。これは生き物ではないから。ほら、乗りなさいハル」
「失礼します」
一応訂正して、私はハルに片方の鹿を渡す。私はもう片方に乗り、鹿と視界を≪共有≫させる。こうすることで迷うことなくまっすぐ走ってくれるはずだ。
向かうは≪第三の目≫で見たやつらのアジト。兄を困らせ、私を不愉快にした奴らは必ず根絶やしにしてくれる。
その強い思いを受けた牡鹿はいつも以上のスピードで森の中まで駆け抜けてくれた。