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ニートには兄がいる。

今日も予約投稿です。

もう少し日常回(?)が続きます。

 さて、私は今久しぶりに本気を出している。



 ――本気は言い過ぎたな、それなりに頑張っているということで。







「アル兄さん、どうしたんです?帰ってくるなり妹の腰に抱き着いてぐすぐす言っている姿は控えめにいってドン引きですが」

「僕の可愛いエルがひどい!でも愛してるよ!」

「私もですわ、アル兄さん」

 私の言葉がうれしかったのか最初に言った言葉がさすがに辛すぎたのか、うわーんとまた泣き出す兄。離れてほしかったのに逆効果であった。

 そんな兄に抱き着かれながらなぜこんな状態になったのか、と少し意識を飛ばす。

 いつものようにぼんやりとして、久々に少し刺繍をして、庭師が前に植えた花が見ごろだと教えてくれたので庭でお茶をして。

 いつも通りだった。本当に。今の今まで。

 いつも通りの時間に帰ってきた兄を出迎えに玄関へ向かったら、抱き着かれて今に至る。しかも結構長時間だった。

 このドレス、わりと新しいのになあ。涙だけならいいけど鼻水つけたら怒るよさすがに。ああ、服にしわが寄る。これでも騎士団所属の兄の握力は強すぎると思う。かなり厚手の生地なのに皺が取れないぞ。

 そんな兄の放すものかというように腰に回った腕には力も入っているし、大の大人に抱き着かれているこちらの気持ちにもなってほしい。

 控えめに言って、グロッキーだ。圧迫され過ぎて辛い。

「アルヴァーロ様、そろそろ移動されませんと。料理が冷めてしまいます」

「わかった」

 さすがにと執事が止めに入るとしぶしぶではあるが兄が離れてくれる。

 やれやれとドレスの損害を確認して――濡れてすらいなかったので嘘泣きだったらしい――ドレスを変えなくてもいいかと判断してそのまま私も食堂へ向かった。





「で、どうしましたのアル兄さん」

 食事もひと段落し、デザートをつつきながら兄に先ほどのことを尋ねる。

 兄も食事中は大人しかったから落ち着きはしたようだ。

「聞いてくれるかい、エル」

 それでも泣きそうな目をしながら兄は今日あったことを話してくれる。いや、お前さっきまで涼しい顔で食事してたやん。とか突込みを入れないのが貴族のたしなみです。

 ところどころ泣き言や私への愛や聞き流しそうになる黒い話を入れながらの兄の話。

 まとめると、どうやらまた宰相殿に無茶ぶりをされたらしい。

 彼は兄を目の敵にしていて(兄談)、今までも無理難題を押し付けてきた人物である。

 兄が第一王子の幼馴染であり侯爵家の当主なのが問題かもしれない。それに私というチートを囲っているからね。

 魔法使いというのはそれだけで一目置かれる存在である。魔石の力を借りたり魔道具を使う程度なら魔法使いでなくてもできることが多いけれど、何もない状態で火をおこし、水を生み出すのは魔法使いくらいだからだろう。

 たとえば、謁見の間で突然部屋を焼き尽くす炎を産むとする。

 たとえば、敵対している相手の顔を水で覆うとする。

 魔法とはそれが使えるだけで、相手がどんなに優秀な兵士であっても、世界一の剣豪であっても、こちらの体力に関係なく倒すことができる。そういうものなのだ。

 まあ、呪文を唱えている間に倒してしまうこともできるから、普通の魔法使いはまだ対応できるけれど。

 私の魔法はそれ以上である。すれ違いざまに相手を黒焦げにできるわけだから、危険度が違う。

 そんな私を外にほとんど出さずに(なぜか兄が出していないことになっている)、囲っている騎士団所属の侯爵家当主。さらに第一王子という後ろ盾を持つわけだから、そりゃあなんとかしたい気持ちはわからなくもない。失敗してくれたら発言力を抑えられるって思ってるんだよね。

 それは宰相だけではなく宮廷魔術師長や反第一王子派、さらには同じ第一王子派だけど自分の方が優位に立ちたい貴族がこうしてなんとか足を引っ張ろうとするのだ。

 別に政治のことはわからないしいいのだけれど、兄が(嘘泣きでも)泣くことはいただけない。

 しかも今回はどこにいるかわからない凶悪な盗賊をサーチアンドデストロイという難題だ。

 引きつれるのは兄の直属の部下ではなく普通の騎士団。

 見つけるまで帰ってくるなという鬼畜仕様。

 人見知りで私と二日会えないだけで(こっちは割と本気で)泣いてしまう兄には辛い任務である。

 そんな兄が可哀そうだなあと思い、手を貸してしまうのだから、私も過度のブラコンなのだろう。

 そして私が解決してしまうと我が家の発言力があがり発言力をそぎ落としたいやつらが動き出す、という悪循環。醜いな、さすが貴族醜い案件である。

「でも、わざわざ騎士団まで使うなんてそんなに危ない盗賊団なの?冒険者ギルドへの依頼じゃいけなかったのかしら」

 この世界は当然魔法があるのだから魔物もいるし冒険者ギルドもあります。当然じゃないって?私にとっては当然だ。

 素晴らしいね、楽しそうだね。依頼を受けて、たくさん冒険をする。パーティを組んだりドラゴンと戦ったり!前世では憧れたなあ。

 実際にそういったものがあるこの世界に生まれなおした現在は今の生活に満足してるからここから出ていくことはないけど。安定した生活って大事なんだなあ。

 まあ、そういった冒険者の所属する冒険者ギルドはいろいろな依頼を受けてくれる。個人からのものだったり、国からのものであったり。盗賊団の盗伐なんかは冒険者への依頼では割とポピュラーなものだ。

 わざわざ国お抱えの騎士団を出すのは国同士の小競り合いや、貴族がかかわっている問題、町の治安維持などの継続任務くらいか?そう考えるとやっぱりおかしい。

「あー、うん、ちょっと緊急性があってね」

 私の素朴な疑問に兄は目をそらす。

 いつになく歯切れの悪い兄に首をかしげながらも兄が言いたくないならと詳しくは聞かない。

「有名なところですか?」

 話題を少しだけ変えると兄はほっとしたように話題に乗ってくれる。わかりやすい人だなあ。そんなので貴族の裏の読み合いをやっていけてるんだろうか。

「うーん、最近名前を聞くようになったってところかな、悪い意味で。アーザルド盗賊団っていうのでねえ。アジトがこの王都の近くの森だってところまでは調べているんだそうだよ」

「こんな騎士団のお膝元にねえ。ハルは知っていて?」

 後ろに控えていた護衛に尋ねる。寡黙で忘れそうだが私が自室から出る時はこうして付き添っている相手だ。

 冒険者出身であるため私たちの耳には届かないようなことにも詳しい。この件についても何か知っているのではないかと思い聞いてみたが首を横に振られた。

「いえ。私が現役の頃には聞いたこともない名前です」

「じゃあボスのアージェという名前はどうだ?」

 兄の告げた名前に彼は少し考え込み、ああ、と何か思い当たったらしい声を出す。

「ここより東の方にある村の傍にいたギルドで聞いた名前と同じですね。性格に難があったようですがそのころは冒険者だったかと」

「冒険者上がりか……少々てこずりそうだな」

 護衛の言葉に兄が舌打ちをする。

 冒険者出身と生粋の盗賊団の何が違うのかやどう厄介なのかは私には全くわからない。

 でもまあ、元々いた場所から悪い方に転身する奴は碌な奴じゃないな、とは思うよ。

「それで、いつ立たれるんです?」

「明後日には出る予定だ。明日はその準備で大忙しさ。……エルと会えない日々が続くなんて、死んでしまいそうだ」

「大げさな」

「大げさなものか。ああ、エルと顔を合わせられないなんて、生きていける気がしない」

 よよよ、と泣き真似をする兄。さすがに騙されないぞ。

 しかし、それがどれほどの時間がかかるのかわからないというのは私も困ってしまう。兄の代わりに招待状の返事したりしなくちゃいけないってことでしょう?無理。あとで私が書いたものを見た兄に泣かれるのも嫌だし。

 私の平穏のためにも何か手を打たなくちゃいけないかしら、私は少し考えながらデザートの最後のひとかけらを口に放り込んだ。



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