表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/37

8






「じゃあ行ってくるよ」


「いってらっしゃい。体に気をつけてね」


 抱き合っていたレーテとディルトの体がゆっくりと離れる。

 だが未だにお互いの腰に手を置いており、すぐにまた抱きしめ合える格好で止まっている。現にこのやり取りもこれで3度目だった。


「あぁ、ダメだ!2人を置いてなんか行けない!」


「ディルト!やっぱり私達3人はもう離れられない運命なのね!」


 そうしてまたしても抱き合う二人を、アルはニーナに抱っこされながら見ていた。ちなみにこれはもちろん今生の別れなどではなく、3か月ぶりに街まで兵士として仕事に行くだけだ。


 あれから3か月経った。初めて父に会い、父の剣技を見て異世界に転生したことを実感し感動していたアルだったが、3か月も仕事に行かずフラフラしていたのだ。いったいいつ仕事に行くんだコイツ…とも思っていた。


 だが両親やニーナの会話を聞いていると、どうやら専業の兵士というわけでなく普段は農民として村で暮らし、持ち回りで警備や訓練のため町まで行き、有事の際は民兵として召集される―――半農半士のような物だというのが分かった。


 ディルトの名誉のために言うがこの3か月間は村で農作業をしたり、村の男達で形成された自警団の様なもので夜回りをしたりと、毎日それなりに忙しく働いていたのだ。


 しかし先日の剣舞を見てからなのだが、アルには父は剣を取って戦う事が仕事だという先入観が出来ていた。

 そして父はあんなに強いんだから、軍でもそれなりの地位に居るんじゃないか―――という勝手な思い込みがあった。実際は今はまだただの一兵士であるのだが。


「お二人ともいい加減そのくらいでいいんじゃないですか?乗合馬車が待っているんですから」


 アルを抱っこしているニーナが呆れ半分、諦め半分といった表情で声をかけるが二人は全く取り合おうとしない。


「何言ってるのニーナさん!また3か月間、私の愛しい旦那様に会えなくなるのよ!アルちゃんだってパパと離れ離れになっちゃうのよ!そんな可哀想なこと出来ないわ!」


「何言ってるんだいニーナさん!また3か月間愛しいレーテと可愛いアルちゃんと離れることになるんだよ!こんな残酷なことってないんじゃないかな!」


 そう言ってこちらを向いたレーテとディルトだがその瞬間に顔が硬直する。大魔王ニーナがにっこりと笑いながら自分達を見ていることに気づいたからである。


「ディルトラント様の乗る馬車と交代の人が町に着かないと、『私の』愛しい旦那様が兵役から帰って来れないんですけどね。エイルもしばらくお父さんに会っていなくて寂しいでしょう?」


 もちろん目は笑っていない。抱っこされているのでその表情を下から見上げているのだが、一言で言えば怖いです。二言で言うととても怖いです。


「…別に寂しくない」


「エイル?」


「はい、とっても寂しいです」


 この状態のニーナには誰も逆らえないのか、エイルも素直に従う。


「ニ、ニーナさん!すぐ出発します!今行きます!レーテ、アル!行ってくるよ!」


 ディルトはレーテと再び抱き合い、そしてアルの頭をくしゃっと撫でると村までの道を必死の形相で走って行った。


「いってらっしゃーい!お土産よろしくー!」


 ぶんぶんと力いっぱい手を振っていたレーテだが、ディルトの姿が見えなくなるとがっくりと肩を落とし、


「うぅ、3か月は長いよ~」


 とうなだれていた。が、顔はちらちらとこちらを窺っている。


「さぁ今日はお洗濯日和ですね、2度目の洗濯をしましょうか。エイル、手伝ってくれる?」


「…うん」


 そんなレーテをあっさり無視して満面の笑みでニーナとエイルは家へと入っていく。もちろん抱っこされたアルも連れて。


「ちょ、ニーナさん酷い!慰めて!構って!置いていかないでー!」










「今日は何のお話ししよっか?私の知ってるおとぎ話は?」


「うー、うー!」

(もう大体聞いたよ、他のお話しにして!)


「もう飽きちゃったかな?うーん他に何かあったかな…?」


 昼も過ぎ、レーテに抱っこされながらお話をせがむこの光景は、最近になってよく見られるものだった。

 生後約半年の赤ちゃんとしては有りえない事だったが、そもそもレーテとエイルは気にしていないし、ニーナも考えるのを止めていた。


「…そういえばエイル。仕える神様は決めたの?もう5歳のお祭りは来月よ」


「あー、うーん。まだ…」


 神様!?そういえばこの世界の神話のこと聞いたことがない!っとアルの目が光った。ファンタジー世界と言えば神様の存在が身近で、実際に会ったり話したりする事が出来るのかもしれない。

 特にアルは記憶を持ったまま転生したという特殊な背景があるのだ。

 そういった小説などの知識を持っているアルは、もし神様に会えるのなら是非お礼を言いたかった。今ここで生きていられるのはきっと神様のお陰だろうから。


 また、この世界では5歳になると仕える神様を決める。という祭りがあるようだ。ということは何人も神様がいてその中から一人を選ぶのだろう。


 5歳という節目の年でもあるし、子供の成長を祝う意味もあるのかもしれない。現代の七五三のような感覚だろうか?


「あー、うー!うー!」

(神様の事聞いてみたい!聞かせて!)


「うん?アルちゃん神様の事聞きたいの?でもちょーっとムズカシイかなー?分かるかなー、分かんないと思うなー?」


「レーテも自分の仕えてる神様以外、よく知らないものね」


「ちょ、ニーナさん!そんな事ないよ!私だって日々成長してるのよ!主に胸とか!主に胸とか!!」


 大事なことだから2回言いました。とばかりに胸を張る。ちなみにレーテ >>> ニーナだった。何がとは言わないが。


「へーぇ、じゃあエイルに聞かせてやって貰えます?よかったわねエイル。レーテお姉さんが神様の事教えてくれるって。さぁお礼言って」


「…ありがとうレーテお姉さん」


 本日2度目の目が笑っていないニーナさんが現れました。ニーナさんに胸のことは禁句、とアルは心のメモ帳にしっかりと記入した。


「へっ!?あの、ちょっと…!」


 お礼を先に言われたことで逃げ道を塞がれたレーテはあたふたしだし、やがて抵抗しても無駄だと観念したのか、ふぅっと息を吐くとたどたどしく語りだした。


「えーと、えーとね?この世界にはね、は、八大神様って呼ばれる神様達がいて、いらっしゃってね?この8人の神様が7日間で世界を創られた―――のよね?」


 ここで言葉を区切ってちらりとニーナを見るが、問題無かったのかニーナは続きを促すように頷いた。


「うんと、まず第一日目はね、創造神様。土と水をこねてこの星を創られたの。この時余った土で太陽と月も創られたらしいわ。職人さんとか芸術家さんとか、そういった人達が信仰するみたい」


 この世界の人々に、自分たちの住んでいる大地が星なんだという考えが有るのかと驚いた。

 前世の記憶があるアルには常識のことだったが、ここは異世界なのだ。

 お盆のような大地で端から海が滝のように落ちているだとか、亀の甲羅の上に大地が乗っているだとか突拍子もない事が信じられているんじゃないかと思っていた。

 いや、むしろ異世界なのだからそんな有り得ない事の方が事実なのかもしれなかったが。


「二日目は、大地母神様。この方が大地を整えて植物や動物を地に降ろしたの。三日目は天空神様ね。大海神、天候神なんかとも呼ばれるらしいわ。この方が雨を降らせ大地を潤して、川と海を創られて魚を放されたの。このお二人の神様は双子の姉妹で、双子神とか姉妹神とかって纏められるの。農家さんや猟師さん、船乗りさんなんかに人気ね」


 調子が出てきたのか次第に淀みなく話し始めるレーテ。

 ニーナも満足そうに頷いているので、ここまでに間違いは無さそうだ。

 ただ肝心のエイルは興味なさそうに聞き流していたが。


「そしてそして4日目がついに博愛神様!愛の女神ラ・ミュゼル様よ!この方が地上に人々を降ろし、愛を伝えてみんな仲良く平和に暮らしましょうねって導いて下さったの!とっても人気の神様で大きな町なら必ず神殿があるわね!中でも聖王都にある大神殿は恋人達の聖地って呼ばれていてね!二人でそこを訪れると永遠に幸せになれるんですって!私もいつかディルトと―――!」


「レーテ、うるさい」


 レーテの熱弁を身も蓋もなく切って捨てるニーナ。そしてエイルは途中から耳を塞いでいた。


「う~、だって!」


「だってじゃありません。いくら自分が仕えている神様だからって、熱入れすぎよ」


 レーテは博愛神、別名愛の女神様に仕えているらしい。まったく違和感が無くてびっくりだ。

 そして当のレーテは、エイルちゃんも女の子なんだから愛の女神様に興味有るわよね!と嫌そうな顔をしたエイルに絡んでいたが、


「…お母さんは、創造神様だったっけ?」


 と、ニーナに話を振る事で上手く逃げたようだ。


「そうよ、創造神ミダス様。正確にはその子神様の、服飾神ニメア様ね」


 子神様…神様の子供という事なのだろうか、何だかとても面倒くさそうな予感がしてきた。覚えきれる自信が全く無いのだが。


「八大神様の下にはね、司るものが細分化された子神様や孫神様がたくさんいらっしゃるの。創造神様で言えば服飾神様、調理神様、鍛冶神様とかね」


「…覚えきれない」


 どうやらエイルもアルと同じ気持ちだったらしく、とっても嫌そうな顔してた。


「あ、ここまで覚える必要はないわよ。今は八大神様さえ覚えていればそれでいいから。お母さんだってあんまり知らないもの」


「そうよ!私もまったく知らずに今まで生きてきたけど、それで困ったことは一度も無いわ!」


「…」


「……」


「………あーう」

(自信満々にダメ発言しちゃった!)


 3人揃ってレーテを残念な物を見るような目で見ているが、本人は全く気にしていない。というか気づいてもいない。


「…私、ちゃんと勉強する」


「レーテ、ありがとう。あなたのおかげでエイルがやる気になったわ」


「あうあうー、あう」

(反面教師ってやつだね)


「うん?どういたしまして?」


「さあさあレーテ、続きをお願い。あと半分よ」


 疑問符を浮かべて頭を傾けているレーテに対して、ニーナが話を切り替えるように続きを促す。


「え?あー、後の神様はいいんじゃないかな~。だってほら、私達の生活にはあんまり関係ない方達だし?」


 と、顔を明後日の方向に向かせて続きを渋るレーテ。抱っこされているアルには泳いでいる目がはっきり見えた。

 ニーナもそのことに気づいた様子で、


「レーテ、あなたまさか…。そういえば神様の御名も愛の女神(ラ・ミュゼル)様しか言ってないわね…」


「違うの!忘れてるわけじゃないの!最初から覚えて無いだけで!」


「余計悪いじゃない!」


 季節は秋も半ば、いつも通りの日常の風景がそこにはあった。

 ニーナの雷が落ちることも含めて。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ