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 次に目を覚ますと、目の前に見知らぬ女の子の顔があった。


 年齢は5歳くらいか、子供らしい丸い顔にちょっと吊り気味な栗色の瞳。瞳と同じ色の髪を2本の三つ編みにして耳の後ろに垂らしている。


 アルが彼女を観察しているように彼女もまたアルを観察しているのか、口を真一文字に結びじっと見つめている。


 その間無言。目が合っても無反応で無表情な幼児と乳児。

 2人の姿は端から見ても異様に映っただろう。

 普通は赤ちゃんが突然目を開き、自分を見つめていたら何かしら反応すると思うのだが、この子は全くの無反応だ。


(多分、この子がレーテやニーナさんからエイルちゃんって呼ばれていた女の子なんだろうけど、ちょっと変わった子だな…。)


 なんて考えながらそのまましばらく見つめ合ってると、突然バッと後ろを振り返って部屋のドアに向かって走り出した。

 そしてそのままの勢いでドアを開け、


「おかあさーん!あかちゃんおきたー!」


 と、声を張り上げて叫びパタパタと足音を立てて何処かへ行ってしまった。今母親を呼びに行ったようだが、あの子はやはりアルの姉なのだろうか?


(というか自然に受け入れていたけど俺、目が見えてる!)


 興奮のあまり鼻息が荒くなっているのが自分でも分かった。

 落ち着けー、落ち着けーと深呼吸するように深く息を吸い、呼吸を整える。

 興奮したり感情が高ぶったりすると泣き出してしまうのは、もう何度も経験していることだ。


 赤ちゃんって生後どのくらいで目が開くのだろう?そもそも自分が生後何日目なのかも分からないのだが。

 話し始めるのは、はいはい出来るようになるのは―――などと関係無い事を考えて気をそらす。


 ようやく落ち着いて来たので周りの物に目をこらしていく。

 せっかく目が見えるようになったのだから、自分の周りのことを観察して少しでもこの世界のことを知っておきたい。


 まず目に入ったのは天井と壁。

 木の板を打ち付けて作られたそれらは思ったよりも粗末な作りで、正直雨漏りやすきま風が心配だ。


 窓にはガラスは無く木製の上げ窓。

 今は開けられているが寝そべっている角度のせいで青い空しか見えない。空は前の世界と変わらずに青いことに安心する。


 自分が寝ているのは木で作られた、恐らくはベビーベッド。

 体に掛けられた布団はごく薄い布。布団というよりもタオルに近く、ごわごわしていて触り心地は良くない。敷布団もなんだか硬い。


 タオルを触っていた手を顔の前に掲げようとするが、上手く持ち上げられなくて視界の隅に僅かに見えるだけだ。

 その手は恐ろしく小さく、丸い。これは本当に自分の手なのかと不安になる。


 隣には大きな大人用のベッドにテーブルとイス2脚。どちらも木製で大分年代物だ。

 そこで寝ていたであろう母親の姿は今は無い、先ほどの女の子が呼びに行ってくれているから、きっとすぐに来てくれると思うのだが。






 しばらく周りを見ていると足音が二つ近づいて来るのが聞こえた。

 かなり遠くからでもその小さな音が聞こえているが、これはかなり耳が良いのではないだろうか。


「おかあさん早く、あのねあの子がね」


「引っ張らないでエイル、危ないわ」


 この声は母親じゃない方の女性の声だ。

 名前は確かニーナさんと呼ばれていた。ということはエイルの母親がニーナということなのだろうか?あの子はアルの姉ではなかったようだ。


 部屋に入って来たニーナは、なるほどあの子―――エイルに良く似ている。やはり二人は親子のようだ。


 そのニーナは20代前半くらいの女の人だった。

 若草色のシンプルなワンピースに白いエプロンを付けていて、栗色の髪は肩にかかる程の長さ、毛先に行くほど緩やかにウェーブしている。


 エイルとは違って垂れ気味の、どこか人懐っこい細めの瞳は髪と同じ色だ。

 顔立ちは予想していたが日本人寄りではなく、西洋人に近い。

 思っていたよりずっと若い。美人というよりも可愛らしい、親しみ易そうな人だ。


「アルくん起きたのね。おっぱいが欲しい?今レーテを呼んで―――」


「あのね、ちがうの。あの子ね、目がね」


 母親をアルの近くに来させようしているのか、エイルがその手をぐいぐいと引っ張っている。

 その仕草が微笑ましく、ついつい眺めているうちに2人がそばまでやってきた。


「あら、アルくん目が」


「うんそうなの。でもね、目だけじゃなくてね耳もね、体中がね」


 ニーナがアルの目が開いていることに気が付いたようだ。

 だがエイルはそれだけではなく何か伝えたいことがあるようで、アルのことを指差しながら声を上げている。


 耳とか体中がとか言っているけど、俺どこかおかしいんだろうか?と、少しばかり不安になる。


「ニーナさん、エイルちゃん。どうしたの?」


 そうしている内に新たな声が聞こえてきた。

 この声は聞き間違えようが無い、この世界で一番聞き慣れた声。


「レーテ、ちょうど良かった。今呼ぼうと思ってたの」


「おば…レーテおねえさん。あのね、あかちゃんの目がね」


 母親が来てくれた。ついに顔が見れる!どんな顔をしているんだろう?と期待に胸を膨らませて入口の方を見つめるが、二人がいて見えない。

 それでも必死に頭を動かし、母親の姿を一目見ようともがいていると―――






 そこには、前世でも見たこともないような美しい人が立っていた。 


 年の頃は20代前半だろうか。

 背中まである長い髪はまるで金細工の様に光り輝いていて、部屋の中に入る僅かな風でもさらさらと零れるように揺れている。


 意志の強そうな、それでいて何処かあどけなさを残す大きな瞳は鮮やかな群青色。

 よく宝石の様な瞳などと評されるが、そんな鉱物的で静かな美しさではない。澄みきった深い青空の色だ。


 肌は抜けるように白く、陽の光の下に出た事が無いのではないかと思えるほど。

 しかし病的な白さではない。現にその柔らかそうな頬は薄紅色に染まっており、健康的な美しさを放っている。

 すらりと通った鼻筋や小さなつぼみの様な唇も絶妙なバランスに配置されている。


 ただ立っているだけでもその姿勢の良さが現れ、背筋は真っ直ぐに伸び、その燐とした佇まいには抑えようの無い気品と優雅さを感じさせる。


 決して華奢なわけではないのだが、ふとした瞬間に泡のように消え去ってしまいそうな危うさがある。


 瞬きも忘れてその姿を凝視していると、その女性の瞳も自分を見つめていることに気が付いた。


 前世であればこんな美人と目を合わせていればたちまち赤面し、すぐに逸らしてしまっていただろう。

 だが何故かそんな気にならない。むしろ安心するような心地よさを感じてしまっている事に気が付く。


 そのままじっと見つめ合うこと数秒。

 突然彼女がその大きな瞳を零れんばかりに見開き、声を上げた。


「あーーー!アルちゃんの目が開いてる!」


 そう叫ぶがいなやベッドまで駆け込んできた。

 ちなみに気品だとか優美さ、儚さなんてそんな物は一欠けらも無い全力ダッシュだった。危うさしか感じない。


「うわぁ!レーテ、あぶない!」


 そんな彼女をニーナが腰に抱きつくようにして受け止める。が完全には止まらない。

 ちなみにエイルはさり気無く脇に避けていた。賢い子である。


「くっ!ニーナさんが私とアルちゃんとの親子の触れ合いの邪魔をする!でも無駄よ!障害が多ければ多いほど、私の心は燃え上がるの!そう、あれはかれこれ…6年前?のあの人との出会いも―――」


 そのままずるずるとニーナを力いっぱい引き摺り、美しい顔を思いきり歪めてこちらににじり寄ってくる。

 その姿は前世で一度だけ見たゾンビ映画のワンシーンを連想させた。もちろん配役はゾンビだ。


(…あー、何だろうこの人)


「レーテ!レーティア!ちょっと落ち着きなさい、危ないって!」


「はっ!まさかニーナさん私とアルちゃんとの仲を引き裂いて養子にするつもり!?そしてゆくゆくはエイルちゃんと結婚させてこの家の土地と財産を根こそぎ奪って行くのね!エイルちゃんまだ5歳なのに!ニーナ、恐ろしい子!」


(…容姿はすっごいハイレベルだけど、いやハイレベルだからこそ)


「この家に奪う程の財産なんて無いじゃない!レーテ!ハウス!どうどう!」


「がるるる!」


(色々と、残念な人だ!)


 これが、今世での母との出会いだった。






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