表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/37

1






 ―――あぁ、これあれだ。


 気が付くと、大声で泣きながら誰かに抱きかかえられていた。

 感じるその手はとても優しくて、その体温と匂いはなぜか安心する。

 そして優しく語りかけてくる女性の声は初めて聞くはずなのに心地いい。


「おぎゃぁぁぁぁっ!おぎゃぁっ!おぎゃぁぁぁっ!」


 そして自分の喉から放たれるこの泣き声。


 その声が赤ん坊の『産声』だと理解するのにさほど時間は掛からなかった。

 体の自由もあまり利かない。というか体の感覚が鈍いようで、何だかふわふわしている。


 記憶も曖昧でまるで霞がかかったようだ。

 それでも必死に記憶を探っていると、思い出せたのが自分の名前と昨日の夜の事。

 いつもの様に病院のベッドでネットを見ていて、そのまま寝てしまったのだと思う。

 そこでぷっつりと記憶が途切れている。


 あぁ、そうだ。5歳の頃からずっと入院していた俺は、重い病気で20歳までは生きられないと医者に言われていたな。

 それから10年。今は15歳だったはずだ。

 

 そうか、俺死んじゃったのか。そして


 ―――俺、転生したんだ。






 入院している時暇つぶしにと、この手の小説はネットで沢山読んでいた。

 もし自分が転生したら、なんて空想して色々使えそうな知識を調べた事なんて一度や二度ではない。


 だが、まさか本当にそんな事態になるとは思いも寄らなかったし、現実に起こりえる事だとは到底信じられなかった。

 いや、今までは信じていなかった。


「―――アルちゃん、私がママよ。あなたは私達の大切な家族になったの。これからよろしくね」


 アル、というのが名前らしい。最初はくぐもっていてあまり聞こえなかった声がしだいにハッキリと聞こえるようになった。

 その言葉は明らかに日本語ではないのに何故か意味が理解できる。

 

 そして何だか恥ずかしい事をさらっと言ってくる、恐らくは母親。

 ここがどんな世界なのか分からないが、少なくとも母親には恵まれたようだ。


 何人かの女性の話し声がするので、母親以外にも誰かが傍にいるようだが、他の家族や産婆さんだろうか?


 家族と言えば未練というわけでは無いのだが、最期の時ちゃんと家族にお別れを言えたのか。それだけが気がかりだった。


 まぁいまさら考えても仕方無い、もう戻ることも出来ないだろうし。

 せっかく記憶を持ったまま転生したんだから、新しい人生を精一杯生きないともったいない!と、気持ちを切りかえる。

 


 前世では5歳から10年間も入院していたんだ、向こうで出来なかった事全部やってやる!

 まずは外を走り回りたい!思いっきり体を動かしてみたい!あとは友達を作って、結局行けなかった学校にも行ってみたいし、初恋だって!それからそれから―――!


 などとやりたいことを考えている内に、強烈な眠気が襲ってきた。生まれたばかりだからなのか、とてもじゃないが抗えそうにない。

 そのまま意識をあっさり手放し、眠りへと落ちて行く。


 だがその寸前に強く決意する。俺はこの世界で、力一杯生きてやるぞ!と。





 






 あれからどれくらい経ったのか、目が覚めて母親のおっぱいを貰いすぐにまた眠り、お尻の不快感で泣きまた眠る。

 そんなことを繰り返すこと数度。


 まだ目が開かず、曖昧に明るいか暗いかしか判らない。そもそも赤ん坊は朝起き、夜眠るというサイクルでは無いのだ。

 時間の感覚はもとより、昼夜の感覚なども無いという有り得ない事態は、未だに現代日本人の感覚を持つアルにとてつもない不安を感じさせた。


 幸いにも耳の方は目よりも先に鋭敏になり、様々な音を聞くことが出来た。

 なので今集められる情報を出来るだけ多く集め、そして自分なりに分析する事に目が覚めている時間の大半を費やしていた。


 というか出来る事が無いのだから考えるしか無いのだが。


 今聞こえる音、まずは風の音だ。

 正確には風が草を揺らすさらさらとした音。時折ざぁっと草を凪ぐ音も聞こえてくるので、おそらく家の周りには自然が広がっているのだろう。

 木々のざわめきも微かにするようなので、わりと田舎なのかもしれない。


 虫の音も聞こえる。

 病院にいたころはあまり聞く機会が無かったのに、どこか懐かしさを感じさせるのは不思議だ。

 蝉が鳴けば夏を感じ、松虫、鈴虫が鳴けば秋を感じるのは日本人の血に染み付いているのだろうか。

 この体に日本人の血が流れてはいないだろうが。


 後は人の話し声だ。

 今まで聞こえてきた声で判断すると、この家には3人の人間がいる事が分かった。


 まずはいつも傍にいてくれる母親、名前はレーテだ。

 ベッドは別なようだが同じ部屋で寝ていて、おっぱいの時やおしめの交換の時など優しく声をかけて世話をしてくれる。

 声を聞いた印象ではかなり若そうだ。20代前半か、もしかすると10代後半ということもあるかもしれない。


 赤ん坊に生まれ変わってからは、ふとした事で自分の感情が抑えきれなくなりすぐに泣き声を上げてしまうのだが、そんな時優しく抱きながらあやしてくれる。


 まだ前世の家族の顔が鮮明に思い出せるので、何か後ろめたいと言うか、申し訳ない気持ちになってしまうのだが。


 2人目はレーテからニーナさんと呼ばれている女の人だ。

 家の中で絶えず動き回り、何かをしているような物音もするので両親の親族、または友人で、出産後のお手伝いに来ているのかもしれない。


 最後の一人は子供だ。たぶん女の子。

 あまり喋ることが無いのでなんとなくいるなって感じるだけで、どんな人物なのかが分からない。

 エイルとか、エイルちゃんと呼ばれているみたいだ。もしかしたら姉なのかもしれない。


 そして、父親にはまだ会っていない。

 レーテやニーナさんが早く顔を見せてあげたいとか、まだ帰ってこれないのかな?なんて事をよく言っているので、遠くに出稼ぎにでも行っているのかもしれない。

 少なくとも父親はちゃんといて、そのうち帰ってくるということが分かっただけでも収穫だ。

 どんな人なのかは会う時までの楽しみにしておこう。


 そんなことを考えていたら誰かが部屋に入ってきた。


「あ、アルちゃん起きたねー。お腹空いたのかな?」


 この声は母親のレーテだ。

 すっと抱き上げられて、おっぱいを貰った。その間、優しくゆっくりと歌を歌ってくれる。

 その歌に合わせて軽くぽんっぽんっと背中を叩いているのだが、そのリズムが心地良い。


 当然の事ながらその歌は日本語では無く、歌詞の意味は分からなかった。

 話す言葉は分かるのに何故か歌は理解できないようだ。ますます不思議だ。


 しかし意味は分からなくても子守唄というのは不思議な魔力でもあるのか、その優しい歌声とお腹がいっぱいになった事でまたすぐに眠りへと誘われていった。


「おねむかな?いっぱい眠って、元気に育ってね」


 そろそろ母親の顔が見てみたいな、と眠りに落ちる寸前に思ったのだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ