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「そろそろお肉入れていいの?あ、まだ?」

「ねぇお願い、料理の塩加減見て!私自信無いの!」

「あれ?私の鍋どこいった?」


 ここはヘイルムーン領のほぼ中央、5年前に3っつの村が合併され、領内で最も村民の多い村となった、通称『3つ村』。

 その村の川端にある共同の炊事場で、恐らくは10代半ばだろう年若い少女達が集まり、まるで小鳥の群れの様にせわしなく動いていた。


 それぞれが鍋や刃物を持ち、一生懸命に調理をしているようだ。しかし中にはぎこちない手つきの娘や、明らかにおっかなびっくりした様子で刃物を握っている娘もいる。

 だがその表情は皆一様に真剣そのものだ。

 それもそのはず、ここは文字通り彼女達の戦場なのだ。


 今日は羊の追い込みと羊毛刈り。

 村のほとんどの男が参加したそれは、10代半ばの少年達も大人に混じって行う、言わば一人前の大人の男と認めてもらう行事の一つだ。

 アルテリーゼでは15才の宣誓式を迎えると大人と認められるが、ここヘイルムーンでは―――と言うよりクロトミュスコフでは羊の世話が出来るようになれば一人前の男と認められる風習があった。そもそも信じられている神が違うため宣誓式そのものが無かったのだが。

 

 羊毛刈りは昼過ぎには終わりそれに参加した少年達は意気揚々と、そして思いっきり腹を空かせて村に帰って来る。

 その後は皆の労をねぎらって、ちょっとした『打ち上げ』が行われるのだが、そこでの主役は10代の少女達へと変わる。


 今日は彼女達が初めて家族以外にその料理の腕を振るう日なのだ。

 大人の男達は酒も入り陽気になっているだろうし、多少の失敗なんて笑い飛ばして食べるだろう。

 そして少年達は朝からずっと働きずめで空腹だった。


 そう、とても空腹だったのだ。

 昔から言われている『空腹に勝る調味料無し』と。

 そもそも食べる物が有るだけで幸せなのだから、料理を残す事などありえない。それがどんなに不味くても、だ。

 

 ………とにかく、この羊の毛刈りの打ち上げは少女達の料理の練習と、そのお披露目として最適な場なのだ。

 そしていつの頃からか、それは別の意味を持つようになった。


 10代の少女達が手料理を、同じく10代の少年達に振る舞うのだ。

 どちらも思春期真っ盛りである。となれば別の意味にも頷けることだろう。


 気になっている男の子に自分の手料理を食べてもらいたい。

 気になっている女の子の手料理が食べたい。―――そう思ってしまうのは当然の事だ。


「………ところでさ、あんたは誰に食べてもらうの?」


「え?えへへ…そりゃお父さんに弟。お隣のウィルと、いとこのベルにライでしょ…あとはルートさん」


「はぁっ!?ルートさんってあんた…勇気あるわね、イリーナさんも狙っているのに」


 彼女達は手を動かしながらも料理を食べてもらう相手の下調べに余念がない。

 相手が被るのを防ぐのか、それとも敢えて同じ相手にするのか。そもそも本命の相手が誰なのか、等々。熱い情報戦が繰り広げられていた。

 

「そう言うあなたは誰にあげるの?」


「私も家族と近所の子といとこに。………あと、ルートさん」


「なんだー、結局あなたもルートさんにあげるんじゃない」


 年下の面倒見が良く、大人からも一目置かれているルートは少女たちの間でも人気が有るようだった。良く日に焼けた健康的な肌と、彫りの深い凛々しい顔つきもまたそれに拍車をかけているのだろう。


「だって!ルートさん今年で20才になるのにまだ結婚してないでしょ!?きっと思い人が成人するのをずっと待ってたのよ!もしかしたら私かもしれないじゃない!」


「絶っ対に違うでしょ。でも誰とも噂を聞かないのは不思議なのよね。あ、その香草良いじゃない。ちょっとちょうだい」


「違っても!私の料理に感激して求婚してくれたりとかっ!そのキノコと交換で」


「夢見るのは勝手だけど、あなたの料理の腕じゃねぇ…。じゃあ木の実も付けて」


「うっさい!あんたも人の事言えないでしょ!交渉成立ね」


 ぎゃーぎゃーと騒ぎながらも仲良く料理する二人は、まさしく恋する乙女だった。











 そんな熱い戦いが行われている一方で、既婚の女性達は談笑しながらのんびりと料理していた。年頃の少女達の騒ぎに『私も昔はあんなだったのねぇ…』という生暖かい視線を送りながらではあるが。

 

 既婚の女性達は協力して村人皆で食べる物―――パンとスープを作り、少女達は食卓を彩る主菜を担当する。

 たとえ少女達の料理がどんな味だったとしても、パンとスープさえあれば何とかなる。という先人達の犠牲―――もとい、知恵である。


 もちろん既婚の女性の中にも個別で料理を作っている者も居る。

 まだ結婚して間もないのだろうか、騒いでいる少女とそう歳も変わらない若い女性などは、夫の為に何か一品拵えているようだ。

 

「ほーら、こっちも焼きあがったよ!次のパン持ってきとくれ!」


 村にあるパン焼き用のかまど全てに火が入り、昼に近づくにつれ順次パンが焼きあがっていた。

 普段ならば月に一度、パン焼きの日を設けて一月分をまとめて焼く。パン焼き用のかまどは村の共用の物であるし、個別に焼いていたのでは薪がいくら有っても足りないからだ。

 だが春を迎えたばかりの今日ぐらいは特別。冬の間じっと我慢していた反動か、ここぞとばかりに羽目を外す。


 ヘイルムーンの冬は長い。

 炊事だけではなく暖を取る為にも大量の薪が必要なので、日ごろから薪を節約し備蓄する事が村中で徹底されていた。

 春になったばかりだと言うのに、もう冬の準備をしなければならないのだ。

 しかしたまには息抜きも必要だ。この行事はそういった意味もある。

 仕事の労をねぎらい、子供達の成長を祝い、皆で酒を飲みバカ騒ぎして。そして明日からはまたいつもの日常に戻り、勤勉で慎ましい生活を送る。

 

 そういった生活のメリハリや季節感を村人全員で共有し一体感や連帯感を感じさせ、運命共同体だと意識させる。

 そうする事がこの厳しい自然環境の中で昔から生き抜いてきた人々の知恵なのだろう。


 その中でもまだ小さな女の子や、刃物の扱いに慣れていない子は簡単な作業を行い、母親達の手伝いをしている。

 遊びながら手伝っている子もいれば、数年後には自分もあのお姉さん達と同じように戦場に立つと理解しているのか、真面目に料理を覚えようとしている子もいるようだ。

 そしてそこには去年10才になったエイルの姿もあった。


「ねぇねぇ、エイルちゃん」


「ん…何?」


 地面にちょこんと座り、籠に入れられた冬豆のさやと薄皮をむいていたエイルは、隣で同じ作業をしている少女に話しかけられて顔を上げた。

 

 エイルはこの5年ですくすくと成長していた。

 背も伸び、顔つきも少し大人っぽくなったようだ。

 やや釣り目がちだった瞳はあまり変わりがないが、そこには深い知性の色があり年齢以上の落ち着きを見せていた。


 三つ編みは子供っぽいから、という理由で10才の誕生日からは編みこみをほどき、その綺麗な栗色の髪を背中まで垂らしている。

 編んでいた時のクセが付いたのか緩やかにウェーブし、それが陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。

 ヘイルムーンでの5年間は、彼女を少しだけお姉さんにしたのだ。


「ずっと下向いてて疲れない?あたしもう首が痛くって」


 そう言って少女は首をぐるぐると回し、コキコキと良い音を鳴らせた。


「んー………どうかな」


 エイルも同じように首を回した後、両腕を上げて思いっきりのけ反り背筋を伸ばす。長時間背中を曲げて作業していたのですっかり固まってしまっていた。


「…首より背中が痛い」


「あはは!だよね、痛くなるよねー。ずっと豆剝いているんだもの、あたし疲れちゃった」


 少女は豆のさや剥きを中断し、後ろにごろんと寝転がり青い空を眺める。暖かい陽の光と少し冷たい風が心地良い。


「ねぇエイルちゃんも休憩してお話ししよ?まだいっぱい有るから休まないとつらいよ」


「んー………」


 エイルは籠に入っているさや付きの豆を見て、後どのくらいの時間で終わるかを想像してみる。豆はこの後スープに入れて煮込むので、その時間も考えないといけない。


「…私はまだやるから、休んでていいよ」


「え~、二人で休もうって言ってるのにー。私だけだったら気になって休めないよ」


 少女はのっそりと起き上がり豆剥きを再開する。が、やはりその動きは鈍い。

 エイルはそんな少女を見て優しく励ます。

 

「…もうちょっとだから、がんばろう?」


「うう、もう飽きたよー」


 そんな時、突然大きな歓声が上がった。

 何事かと二人がそちらを見てみると、数人が集まり村の貯蔵庫から何かを運んで来たようだった。そしてそれは大人の女性でも一抱えはある、大きくて黄色い切り株のような物。

 それを見ていた少女は勢いよく立ち上がり、どこにそんな元気が残っていたのか大きな声を上げる。


「っ! チーズだ!エイルちゃんあれチーズだよ!」


 羊の乳から作った村秘蔵のチーズ。

 作れる量が少なくまた完成するまでに長い時間の掛かる、貴重で希少で―――そしてとっても美味しいもの。


「エイルちゃん急いで!急いで豆剥き終わらせてあっち手伝いに行こう!端っことか食べさせてもらえるかも!」


「…うん」


 さっきまでのやる気の無さはどこかへ行き、すさまじい速さで豆を剥き始める少女、その隣でエイルは自分のペースで豆剥きを続ける。指は自然に動き続けるが、その意識はすっかりチーズに飛んで行っていた。


 いつも食べている黒麦のパンは、焼きあげてから時間も経っているせいか石の様に硬い。しかし焼いた当日はまだ比較的柔らかくて食べやすい。 

 そんな焼きたてのパンだけでも普段から見れば十分贅沢な代物なのに、そこに炙ってとろけたチーズを乗せれば―――


 とんでもない御馳走に早変わりだ。


 エイルは無意識の内にゴクリと喉を鳴らせた。

 去年一度だけ食べたチーズの味と焦げた香りを鮮明に思い出し、口の中によだれが溢れてくる。しかし表情は変わらずいつもの落ち着いたすまし顔で、そんな事を考えているとは決して周りに悟らせない。

 エイルはもう10才のお姉さんなのである。

 子供だった5年前とは違い、こんな事で一々はしゃいだりしないのだ。


「エイルちゃんエイルちゃん、よだれ垂れてるよ。もー食いしん坊なんだから!」


「………」


 10才になっても、エイルはエイルだった。






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