22.魔法理論基礎前
シオは一応チートの部類に入ります。
ハードウェアの分野に限定ですが。
22
魔法。
それは現代日本において「とりあえずわけが判らないもの」と言う認定を受けている。
西洋で言う所の魔法とは系統などが異なり、東洋でも宗教的な意味合いを持っているのが共通点と言えるだろう。ついでに言えば、昨今では定義づけされていない事もあり半ば精神面での「力の強さ」を求められると言う欠点から使い勝手については使用者に左右される所が多分に含まれると言うのは欠点とも言えるが長点とも言える。
何故なら、それは使用者の意思力によっては使い勝手が変わると言う所が含まれるからである。
「魔法……?」
「そう、魔法よ」
「コイツにできんの?」
「能力的な瑕疵はありませんから問題はありませんが……魔法と言うより魔術の方が宜しいのではないでしょうか、お嬢様」
「魔法と魔術って違うの?」
厳密に言えば、近代日本の世界的萌え感染系ライトノベル程度の知識しかないシオにとって「魔法」であろうと「魔術」であろうと違いが判らない男ですみませんと言う感じだ。文字で見たら少しは違った想像が出来るのだろうけれど、最終的には結果が同じならば気にする必要があれば現地人たる彼らが何かを言うだろうと言う信頼はある。
せめて、その程度の信頼はしたいと思っている。
「厳密に言えば、魔法は無軌道に力を振るうと言う見方で良いと思うわ。もしくは、使用者本人だけが制御出来る現象と言えるでしょうね。
その点で言えば魔術は万人向け、別の……例えば陣や術式、儀式等を用いて行い奇跡を現象化する事を魔術と呼んでいるの」
「例えば……金持ちの家にある魔力石を使って行う事が魔術?」
「そうよ、察しが良いわね」
「誰だって判る事だよ、そんなの……」
「シオ様は元来魔術や魔法についての知識が存在しない世界からいらしておりますから。お嬢様の仰るように察しが良いと言うのは間違いではないと思われます」
現代日本の変わった基礎知識ってすごいなあとシオがのんびり思っていると、何故かすぐ横で黒づくめと黒い燕尾服を身にまとった二人組が殺気を……正確には黒づくめがカールに殺気を飛ばしまくっており。カールはカールで「何か御用でいらっしゃいますか?」とばかりに素知らぬ顔をしている。
「じゃあ、俺も魔道具とか魔石とか使えば魔法使える?」
現在進行形で必要が無かった……主に、うっかり召喚された造形体の基本性能が嘆きたくなるほどの高性能であるが為に。シオは互換も耐久力も異常に高かったし、空腹さえ気にしなければ食物を口径接種する必要はないと言うお墨付きをアレクとカールから貰っているし。その辺りは『人形姫』も同意しているので浸水ならぬ心酔している居候も適当に同意している。
「「「それは無理です」」」
同意した三者の声に、うっかり頬が引くつくのを感じる。
何だそりゃと思ってしまうのは仕方がないとしても、推定人類三人が三人とも否定してくるのだから頬が引くつく程度は許して欲しいものだ。
「言っておくけれど、別にシオに魔力がないと言うわけではないのよ?
その器の資質もそうだけれど、シオにはこの世界に来る前から能力と言えるものは所持していたのだから。それを全く使っていなかったのならばともかく、シオは昔から日常的に使い慣れていたと言う感じがするもの。
もっとも、だからと言って問題がないわけではないの」
「逆を言うと、使い慣れている事が問題と言いますか……」
「え? なんで?」
シオの疑問も最もだと言う所で、慣れているのであれば簡単に出来るのではないだろうかと言う疑問は当然だ。
とは言っても、シオが元々持っていたと言うか日常的に所持していた。この世界で言う所の「魔力」に関して言うと攻撃系ではなく身体強化にあたるのではないかと想像は出来る……意識、気配、主に視覚や索敵ならば日常的に使用可能だと思っていたのが理由であって。実際にはシオの本家では確かに能力の制御や増幅に関して言えば修行も望めばつけてくれたけれど、シオの根本的な能力そのものが攻撃特化系ではないと言うのが最大の理由で……本音を言えば、シオの能力が家族に最初にバレた時。両親は徹底的に能力による危険性を懇切丁寧に懇々と説明したのである。
「そうね……どう説明したものかしら?」
「簡単な話だ、井戸に並々と水があったとして。欲しいのは一口分の水なのに樽が中に入っていたら樽一杯分の水は汲めるだろうが一口分の水は汲めない、全く組めないわけではないだろうが井戸に蓋がしてあって蓋を外すか壊すのと。中に樽が入っているのに一口分を汲み出すの違いだ。
機会があれば蓋を開く事が出来るだろう井戸と、すでに井戸に樽が入っている事を考えた場合。手間取るのはどちらだ?」
「ど、どうだろう……?」
シオが答えに迷ったのは想像力が欠如しているからであって、珍しくアレクとカールは「思いの外適格ですね」と言う台詞が出て来たと言う点から考えると「この世界」では割とメジャーな例えだと言う事なのだろう。
『つまりは、こう言う事です』
すうっと三次元の映像で『人形姫』が図解で解説してくれた。
井戸の中に、たっぷり詰まった水。
一つは固く厚い蓋がされており、もう一つはたっぷり中身の詰まった樽が井戸のサイズぎりぎりに入っている。
こうして見ると何となく想像が付くのだが、確かに同じ井戸でも蓋が閉まっているのであれば力技で吹き飛ばすと言う手が使えるだろう。良し悪しは別として、樽が詰まっている方はぎりぎり持ち上げられるだけではあるが持ち上げると言う時点で難しそうだし、その樽を排除して別の桶を下すにしても「魔力」と言う観点から考えた場合から別の桶を入れるにしても現在きちきちかと思われる樽を引き上げる所から始めないといけないと言う事を踏まえると手間は難しそうだ。
「この場合、俺は後者って事でいいのかな?」
「そうなりますね……いかに樽を破壊せずに井戸の水を汲み上げるかが必要となるわけですが、方法がないわけではありません」
カールの言葉に、何となく嫌な予感は覚える。
自力で行うにははた迷惑なほどの時間が必要だと言うのは、何となく想像がつく。つくけれど対処法としてどうしたものかと言う気持ちはするのだ。
……正直、学校の成績だって精いっぱいだったのに今から魔法の基礎理論なんて一から勉強すると思うと気が遠くなる。
「方法として幾つかあるのは……超古典的だと魔法力を流して相手に魔力を感じ取らせる事だけど。すでに相手が能力を検知しているのであれば暴走をする可能性は少ない筈、でも目論見としてすでに井戸の淵ぎりぎりにまで魔力が存在していて塞いでいる樽が存在するとなると『樽をまっすぐ引き抜く』と言うのが難しい……」
あ、これアカンやつだ。
何故か『人形姫』も交えて同時に三人? 四人? は思った。
マニアと言う訳ではないと本人は言うが、嘘だと断言するのが同意されている……当事者を除いて。
「残る方法としては、地道な修行か特殊な素材を使った状態での道具による引き上げ……」
「とは言っても、こんな辺鄙な所でろくな道具も技術もなくどうやって行うつもりです? 少しは考えてから口になさいな」
「なんだと、人を誰だと思ってる!」
実際問題として、カールが揶揄った口調で放たれた言葉は間違ってはいない。
この『人形姫の城』は確かに辺鄙な位置にあり、正直言って数日に一度買い出しに行くのはシオ以外には必須だ。とは言っても、すでに二か所くらいの施設を開放しておりシオが不在でも最低限の会話程度は出来る様になっている……『人形姫』にとって、この世界の全てが憎悪対象に近い存在であり。現在の所、シオが特に命令を出していないからこそ排除行動に出ないだけであってシオが欠片でも覚えれば防衛体制を取るつもりで常に準備は整えられている。
ただし、シオは欠片も気が付いておらずアレクとカールは気が付いているけれど。
「材料さえ揃えれば、その程度の初級など……」
「それは前者の事であるか相手に魔力があるかどうかを観察する行程であって、後者の場合だと力加減の難しさから上級の魔導師でも成功例は少ないですよ? 何しろ、実例がそもそも少ないので実証実験の数が決定的に少ないのですから」
「そうなの?」
声に呆れが含まれているカールの言葉ではあるが、根本的に知識がないシオにしてみれば軽くアレクと『人形姫』に尋ねるしかない。
「そう、ね……現実問題として、魔力の有無を図るのは子供の頃であるし。そこで大きな魔力があると判れば大都市に集められて制御の教育を受けるし、大した力を持たない子は生まれ育った所で一人や二人は存在している術者から教えを乞う事が多いと聞いているわ」
『大人になってから魔力がある事が判明する、と言う事がそもそも論としてない事の方が多い……それでも「他所の世界」と繋がる事がある世界であるが故。稀に何らかの補正が入るのか成長途中で変質する事もゼロではない。可能性としては、限りなく低いと言えるのだけれど」
シオとしては「へー、ほー、ふーん、なるほどー」程度の軽い気持ちで受け応えていたのだが。そこまではっきり口にしていなかったものの、態度から理解が浅いと認識したのだろう。
「ちょうど良い、こいつで実験してやろうじゃないか!」
「シオ!」
「お止めいただけますか……シオ様はお嬢様の大切なご友人でございます。
シオ様に怪我一つでもつけると言うのでしたら、この私が一手お相手をしますよ?」
にたり。
何故だろう……麗しくもぴっちり決めた燕尾服を着こなした少年の域を脱していない青年がする笑顔じゃない。
シオはぞっとしたが、勢いでつかまれている手は離されない。
「なななんあななんあんあんあだ……そそそそそそそそそそおの態度はぁぁぁぁぁぁ……」
「かみかみだぞ……」
「やかましいよ!」
同じく見てしまったのだろう、顔も隠している程の姿の割に態度が裏切っているから心情が想像しやすいのだが。確かこの人物を最初に知った時には「顔を隠している事もあって何を考えているか判らない、声の調子から若いだろう事は想像がつくが異常な知識と生意気な態度で君が悪い」と聞いていたのだが。
実際に会ってみると、単なる『人形姫』マニアと言うかもっとアレと言うか……とりあえず、この世界じゃ珍しいかも知れないけれど元の世界で考えると「こういうのいたなあ」程度の認識しかしない。確かに、全身黒づくめで表情さえ見えなくて他には何も興味ありませんと言う風潮は確かにあるのだけれど。
「いい加減にしないと……」
「アレク?」
「お嬢様?」
「な、なんだ……」
「貴方の大好きな『人形姫』様に嫌われますわよ」
ぼそり
アレクの台詞は、あえて言うならばゲームのナレーションよろしく「効果はてきめんだ」と言う感じであり。
あっさりとシオは解放されたあげく幻影の『人形姫』の前で祈りを掲げながら大声で「どうか見捨てないで下さいませ!」などと半泣き(?)状態である。
……一体、何がどうしたらこんな風になるのだろう?
興味はないけれど。
「どうせですから場所を変えませんか? ここではゆっくりお話しも……」
「それでしたら、放り投げますか?」
「投げるのっ?」
『それならば、また暫く「散歩」に出ていただければ宜しいですね』
別に必要はないそうだが、『人形姫』が指を虚空へ一撫でするとまっくろくろすけとも言われる魔術士は「すぽん」と地面へと姿を消した……どうやら、音もなく穴が開いて吸い込まれる様に消えたらしい。
『これでどうだろう「主」』
「いや、どうだろうって言われても……」
「命に別状は無さそうですし、これで良いのでは?」
「ちょ、カールさんっ?」
「それでは話を始めましょう」
「アレクさんっ?」
『まあまあ、少しは落ち着かれたらどうだろう……そうだ。指南を受けるのであれば外の騒々しさは遮断した方が良いかな』
命に別条がなさそうだと判断したカールが、一体どこでそんな判断をしたのかと問いかけたい所ではあるが。恐らくはにっこり微笑んで誤魔化すような気がしないでもない、と言うより己の敬愛する「お嬢様」以外に何一つ気に掛ける必要なしで生きているから本気で魔術士を気にかけていたら驚くけれど。
「まあ、そんな事が出来るの?」
「結界系は一応難しい分類に入りますからね、多少の事はともかくとしてもこちらの機能としては不可能ではないと言う事では?」
こうなると、もう。
シオに出来る事があるとすれば。
せめて五体が満足である事を、へっぽこ魔術士を相手に心の中で合掌するだけである。
と言うより、合掌だと死亡前提じゃないだろうかとか言ってはならない。
元の理論はプールで見た話が元ネタです。
人の魔法力の全容量をプールいっぱいとして、それで一度に使えるサイズがコップサイズなのか桶サイズなのか蛇口が付いているのかと言う感じだった気がします。
でも、あの世界にプールがないのと身体強化で使われているからと言って必ずしも他への応用が出来るかと言ったらそうとも限らないかなと。
元の世界でのシオは樽の中に入っている分のみ容量を身体強化として使っていたのですが、それは世界観の違いと通常で使用する分量が違っていた為に解放手段を考えていなかったと言う裏設定を今考えました。
こちらの世界でも、シオが本気で魔力を全解放すると人類の脳で試用されちていない部分の残り分4割くらいは使用できる程度の能力があります。ただし、それに伴う反動が出て来るのと世界情勢が面倒くさくなったこともあり、索敵系能力が高い子は無理に攻撃系に引きずり込まれる事はありません。ただし、シオは立場が立場だったので最悪でも自身の身の安全を守る権利があり、最低でも彼女を守る義務があるので面白がったお歴々によって戦闘訓練は普通に受けていました。物理的な。




