21.魔法特訓しましょうか?
一か月に一回更新になるかと思いましたが、何とか間に合いました……最終ですが。
最終ですが、良いんです。間に合ったから。
21
中の住民が快適に過ごす、その為だけに現在は稼働している「人形姫の城」の残滓だと名乗る彼女?をシオは残留思念を中心に構築した人工精霊とか、そう言った物だと言う認識でいる。
回数こそ少ないものの、これまでも異世界の存在が現れた事はあるらしい。その中でも、「人形姫」曰くシオは最も混乱が少なく手間がかからないと言う評価をいただいた。
何故なら……人によってはこの世界に「堕とされて」来たにも関わらず速攻で死亡した者が大多数で。何とか生き残って辿り着いたとしても、自分がすでに死んでいる事を知らなかった為に絶望して果てたり、かつての少女Aの様に「特別な力」を持っているからと使われて力尽きた者がいたり、仮に辿り着いた者が自分を「所有」していた者によりこの城を入手しようと使っても「事実」を教える事で正気を失い暴走、結果として「形を保てなくなる」と言う悲しい事になる。
「何やってんの、キミタチ?」
そう言う意味からすれば、最初の「目覚め」はともかく以後の扱いは異常に「運が良い」と言えた。
最低限……生き残ると言う意味での最低限の知識は与えられたし、とりあえず「異常に丈夫」な、どこか元の顔に似ている部分がゼロではないが無駄に整った顔と。平和ボケで腰の低い日本人の気質のおかげで、周辺地域の知識が無くても入り込んだ町の中でもするりと人々の心に入り込む能力があったからである……本人は全く気が付いていないが、通常の肉体だと割と危険な状況に陥った事が何度もあったりしたのだが。
ちなみに、アレクやカールが何故に日常的な常識を教えなかったのかと言えば「他所の国の平民の日常など知らん(意訳)」と言う意味からであって、別に教えるつもりが無かったわけではない。実際、その後で二度ほど再開した事があったのだがアレクもカールも町中では本当にこっそりと活動しているらしく人目に付く事を極力嫌がっていたと言う事がある。
「あら、おはよう。シオ」
「おはようございます、シオ様」
「何い……ま、ひ……」
「ほらほら、我慢しているとまた折れますよ?」
何やら、怪しい単語を耳にしてシオはぎょっとする。
「またって何っ?」
「もう、カールったら……ごめんなさいね、シオ?
カールも、あんまり誇りをたてないで頂戴。目覚めたシオだって食事が必要でしょう?」
「スルーしたっ?」
幼いながらも目が笑っていない、推定良い所のお嬢様アレクは……シオの目にはすでに女王様の素質がある様な気がしてならない。言われたカールは、淡々とした表情で技をかけているが、目だけ笑っていない笑顔でシオを見る……目が笑っていないのは仕様で、仕えるべき主と公言しているアレクが絡んだ時かアレクの話題をしている時以外は通常仕様だ。むしろ、それ以外でカールの目が笑っている姿を短い付き合いとは言えシオは一度も見た記憶がない。
「仕方がありませんね……今回は、我が主とシオ様に感謝して地面に頭をこすり付けて生まれて来た事を後悔なさい」
ぽい
まるで、そんな音が聞こえるのではないかと思える程の手軽さでカールは白っちゃけた黒長衣に身を包んだ相手を文字通り転がした……汗一つかいていないカールは、シオが目覚めてからの格闘の教師の一人と言う位置づけである事もあって実力はかなり上。と言うより、シオは今の所だが勝てる気はしないし元の体に戻ったらもっと勝てる気はしない。
ある意味で、予測出来る展開と言えるだろう。
「ぐ……はっ……!」
「おいおい……大丈夫か?」
「命に危険がある筈もありませんよ、意外と丈夫ですから……計算外も良い所です」
口に出すと言う事に考えが至らなかったのもあるが、シオは茫然としながら目の前の光景を見ていた。
と、どこからか……正確には壁から家具やら何やらが現れて。そのついでとばかりに打ちのめされて痙攣状態の長衣の生き物……何というか、人っぽい動きをしなくなっているが。その人物を更に「ぽい」と壁の向こうへと転がしたのを見た。
どうやら、壁の外はシオが招かれた様な異空間的な所ではなく真面目に外なのだろう。
「……何か聞こえたかしら?」
「さて、私には何も聞こえませんでしたが?」
「キミタチ……」
そんな事はさて置き、と壁の中からテーブルや人数分の椅子にティーセット、軽い軽食が人数分現れた……これは以前、シオの分だけを用意した「人形姫」に「一人で(見世物的に)食べたくない」と言った為に用意される様になったものである。本来、この城で用意された全てのあらゆるものは「純正この世界に生きる存在」に用意される事はない。
つまり、シオの我儘に過ぎない。
それでも、「異世界の魂が望むのならば」と願いを叶えてくれるあたり「人形姫」は優しいのではないだろうかとシオは思っている……本人っはあずかり知らぬ事ではあるが、シオ=異世界の存在がこの城に無い時やシオが「人形姫」の保護下にある時はどれだけ呼びかけようが姿さえ表す事はない。当然、要求したい事があろうと耳を傾けているのかいないのか、それさえも判らない。
見事と言いたくなるほどの完全無視を決め込む上に、素材不明な物質で建築された史上最も丈夫な建物である以上は、どの様な攻撃も脅迫も通用しない。例え、どの様な地位や名誉を持った、どこの所属の存在であるとしても、元の世界に戻る意思のある異世界の存在または異世界の混じった存在以外には興味はないと言わんばかりの態度なのである。
周囲から見れば、清々しいまでの自分勝手と評されるかも知れないが……電子基盤へ構築された行動命令に文句を言う方が本来は筋違いである。例え、彼ら「この世界」に存在する者達が理解出来ないとしても、それはどうしようもなく「そう言うもの」として受け入れるしかない。
「とりあえず、お食事をいただきましょうか」
「そうですね、埃取りも終わりましたし」
「埃扱いかよ……」
それでも、口ばかりで実際に助けに行こうとしないシオに文句を言う権利はない。
とは言っても、テーブルセッティングがされてしまっている以上は作法として立ち上がるのは宜しくないと言われてしまうと。この世界の常識に疎いシオとしては立ち上がる気力が失せる……流石に、下町などではその限りではないだろう。これでも、暫く離れてあちこちに回っていたのだ。
しかし、権力者に逆らうとろくな目に合わないと言うのは世界が変わろうが変わる事の無い事実である。それに、上流階級の作法としては間違いではないらしく同じような事は何度も起きているのでいい加減に慣れたと言うのもある。
「それはそれとして、二人は今までここにいたのか?」
「外に出た所で、あれをカールがいじる程度の楽しみしかないけれど。だからと言って、そうそうあちこちに出かけるのもね……退屈しのぎにもならないから、仕方ないわ」
「正直、流行の元さえないのですから単調と言うにも限度があるのは事実です。
お嬢様にとって、心震わせるようなものが何もないと言うのは驚きです。森の中でさえ、あれほどお嬢様の運動不足とストレス解消の役に立ったと言うのに……シオ様が存在しないと言う、それだけで全く不動で変化を拒絶するのですから」
流石に、「お嬢様と世界を天秤にかける? ですか? お嬢様無き世界に価値があるとでも?」と言い放ったカールでも不可能な事であった様だ……あの、どこからどう見ても無理難題と思われた人里離れた森の中でキャンプと言うにはツッコミどころ満載な素敵な快適環境を作り、問答無用で押し寄せた生物達……残念ながら、シオの元いた世界に存在していた動物と「似ている気がするけど恐らく違う」生き物。恐らく、動物だけではなく植生も異なるのだろうとシオは感じていた。とは言っても、流石に専門職でもない学生の身分で元の世界の全ての動植物など知っているわけではないので「そう感じる」と言う程度なのだが。
「カール、私としては良い休暇となっていると思っているわよ?」
「お嬢様の広いお心には感服せざるを得ないわけですが……かと申しましても、そのお心に救われたままと言うのも大変申し訳がありません」
「とりあえず、あの禿面腹黒共の相手をしないだけで気分爽快よ!」
「お嬢様……お労しや……」
と、ここまでが「愛の小劇場~お嬢様と執事篇」の定番である。
最初は訳の判らなさから目を白黒させたものだが、今ではすっかり慣れたシオである。
正直、もう付き合ってられないと言うだけではあるのだが。
「ごちそうさまでした」
『主、食後のお茶は何を所望される?』
推定だが、オリジナルの「人形姫」が元と同じ世界または近似値の日本人だったらしく。食生活の好みが近かった事にシオは感動した。そうでも無かったら、この「城」を基本拠点としようと思ったかどうかは不明だ。幾ら、元の世界に戻る為の「装置」があるかも知れない……装置そのものは存在するが、かと言って必ず帰れるかと言われると根本的な稼働回数の異常なまでの少なさと世界間における「位置」に関して検証出来ない為に不明だ。
それでも、可能性としては捨てきれないのだから運を天に任せるしかないだろう……とは言っても、シオにはある程度以上の確立で「世界の外」にさえ出てしまえば帰れる宛てはあるのだが。
「無糖で……緑茶、かなあ?」
「シオ様、デザートも注文されて抹茶などいかがでしょう? バニラアイスクリームに抹茶アフォガードで抹茶または煎茶と言うのもお勧めいたします」
「それ……アレクの好み?」
「あら、美味しそうね」
緑茶は、この世界では珍しいものだ。
だが、かつてオリジナルの「人形姫」は嗜好品も研究していたらしい……何でも、すでにオリジナルの肉体は死亡した上にどこぞに撃ち捨てられたらしいので人形などの無機物へ魂を移していた上に。この世界の人々と少しばかり味覚の好みにずれがあった事で研究は遅々として進めなかったそうだ。
そう言う意味からすれば、アレクやカールは別世界の味覚でも何のてらいもなく好奇心を抑える事なくあるのだから良い人になるのかも知れない。
ちなみに、同じく元の肉体ではないシオの場合は異世界の魂補正なのか入っている器が人造人間だからなのか、ちょっとやそっとの味覚の違いは認識補正で問題ない。だからと言って、実は猛毒が含まれている場合も問題なく口にして平気な顔をするのはどうかと言う話もあるのだが……。
「……まあいいか、『人形姫』彼らにも今言ったものを用意出来る?』
『造作もない、まあ喜んでとは言わぬがな』
根本的に、オリジナルがこの世界で非道な目……世界を渡る事で殺された状態だった時点で、すでに非道と言えるだろう。そんな状態でも異世界を渡っって生き延びた者達に備わっている特殊な能力を好き勝手に使う為に、彼らは基本的に異世界人への扱いは親切だ。
使い物になる、と判断した者に限定されるし。それだって、異世界に召喚された者達は基本的に死人なのだけれど。
「それは仕方ない……から、カールも機嫌を悪くしないでくれると嬉しいんだけどな?」
「おや、私の機嫌が悪い。ですか?」
「アレクも含めて、この世界の全てを嫌っている『人形姫』を気に食わないんじゃないかと思うんだけど?」
「確かに、お嬢様が行ったわけでもなく。仮にお嬢様が行ったとしても私は一切の否定を致しませんし全てお嬢様を肯定しますが……そちらの方にも、それなりの事情と言うものがあるのは事実。加えて、今はシオ様がおられる事も含めてお嬢様へ攻撃をしたわけでもありませんので、私からはお嬢様の指示がない限りは何も行動に移す予定はございませんよ?」
にこり。
知らなかったら騙されそうな、それこそ天使の様な笑顔をする性別男ではあるが……。
アレクの表情から見ても、これは放置したら良くない笑顔なのではないだろうかとシオは思う。
「だからって、八つ当たりすんなよ?」
「おや、シオ様! 一体何の事でしょう?」
「カール、私が止めないからと言って八つ当たりで弄ぶのはどうかと思うのだけど?
私が止めなかったのは……その方が精神衛生上で良いと思ったからだけど」
「止めてやれよ、アレク……『人形姫』はアレク以上に止めないんだから……」
「判ってはいるのだけど……」
「お待ちください、シオ様」
「駄目だ、カール。
カールはアレクの従僕? 使用人?」
「そこは愛の奴隷で……」
「却下です!」
「……まあいいけど、仕える立場で好き勝手すると。それってアレクへの評価につながるんじゃないの?
って、この旅? 旅行? で学んできた」
一体全体、どう言う技術なのか音もなく下げられた食器が収納されると。すかさず抹茶アフォガードのアイスクリームと煎茶がテーブルに上がってくるのだが、このテーブルの下には空洞があるだけでどこから出て来たのかシオには欠片も想像つかない。
「日程的には旅行程度、かしら?」
「行って帰って来るだけで7日? 10日程度? で、滞在時間が半日もないんだからもったいなかったかなあ? 観光もまともに出来なかったけど」
「私共が来る事はご存じなかったかと思われますが、ごゆっくりされても宜しいのでは?」
「ああ、いや……ほとんど戦ってて……」
「何しに行きましたの?」
シオが、この拠点扱いにしている「人形姫の城」から出掛けて帰って来たのは理由がある。
この「人形姫の城」を起動させるためには各地の施設を稼働させなければならない。世界を超えるだけの行いには、どうした所で巨大な力が必要とされる……原料とされる力、稼働させる為の力、それを維持させるだけの力、そして消滅させるための力。
どれを取った所で、ひょいと行って帰って来るとか言うレベルではない。
「どうにも、この見た目が目立つらしくて……で、力の限り振り払って来た。
全力出したから、追いつけなかったとは思うけど」
「そりゃ、シオの全力ならば普通の人には無理でしょうけれど……」
アレクが目を丸くするのも当然と言うもので、シオを(半ば事故で)召喚した人物が入れた人造人間はかなりの高性能だった事もあって全力を解放すれば地球割りは出来ないかも知れないが地面に拳を打ち付ければ30mくらいは割る事が出来るだろう。ただし、その時には人造人間の腕が砕け散る可能性もある……ある程度の傷や怪我ならば自動修復機能が付いている事が判っているが、腕一本足一本を失ったとしても同じ事が出来るかと問われると悩む。
「見た目の事もありますが、そのダダ漏れの魔力に関してもそろそろ考えるべきでしょうか?」
「そうねえ……あまりこのままだと、いずれ居場所がばれてしまうかも知れないし。避難休暇の場所を失うのは嫌だわ。
シオがいてくれれば、ここは快適なのだもの。少なくとも、シオが元の世界に帰るまでは満喫したいわ」
アレクは、見た目将来が楽しみなシャープな美少女だ。外見年齢的に幼女に近い少女んなのでシャープな美しさが少しそぐわないが、それも時間の問題。
状況をよく理解していて、頭の回転も速い。
何より、カールと言う放置して置いたら暴走魔人になると容易く思われる人物を尊敬と言う二文字で手綱を取っていると言う点では同じ程度に尊敬出来るだろう。
「よし、シオ。
魔法訓練しましょう」
ある意味、これは会社を首になったおかげで更新出来たと言う話もあります。
別に首になって良かったねとか、おめでとうとか言われたくはありません。
次の会社が決まるように祈ってください…。




