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anacra  作者: 源 三津樹
21/27

20.目覚めの音に涙を流さない

何だか同じ所をぐるぐるしている気がしないでもないですが、今回は「朝飯前」です。

20



 目覚めの感触は、懐かしすぎて涙が出てくる「電子アラーム」だった。

 シオにしてみれば、今は己の過ごしてきた人生が夢なんじゃないかと言われたら否定しにくい状況にまでなっている……非常に、危険な状態だ。

 シオは、この世界に魂が召喚された状態の一部反論ありな「極普通の一般的な存在」だ。

 本人の家に関して言えば、本家がしっかりしたシステムを作っているので何の心配も不安もない。少なくとも、シオが居なくなった程度で何かがどうなるとは限らない……ある程度の心配はして貰えるかも知れないが、その辺りは微妙にシオには自信がないけれど。


 シオには、どんな手を使ってでも早急に帰らなければならない「事情」がある。

 自宅とか実家とかは、それほど気にする必要はない。むしろ、科学便利世界に慣れ切った学生の身分でいきなり24時間サバイバルゲームよろしく、いきなりハードモードに放り込まれてスキップ踏んで喜ぶ様な存在ではない……万が一にでも喜ぶ輩がいたとすれば、その人物はとりあえず「人生やりなおせ?」と言われても否定をする必要はないだろう。黙って受け取って置いて貰いたいものだ。

 と言うわけで、シオの帰れなければならない事情……それは「彼女」だ。

 世の中の何割かの男子諸兄が間違いなく攻撃をかましたくなり怒声を浴びせたくなる、羨ましい状態……「彼女持ち」である。しかも、何をどう間違えたのか世間一般的には「魔法が存在しない」とされている世界で「世界に愛された存在」である……彼女が、今もって「この世界」に現れないのは、未だにシオが誘拐された事に気が付いていないからなのか。それとも、別の理由があるのかは判らない。


『起きなくて良いのか?』

「……起きる」


 目が覚めて、ここがどこなのか一瞬判らなかったのは仕方がないだろう。

 何しろ、この世界に召喚される前の自宅の部屋はシンプルな砂壁で和室だった。現代的な男の子らしく洋室でベッドの部屋の方が好みではあるが、この部屋は無くなった祖父が使っていた部屋だから仕方がない……それまでは兄弟で同じ部屋だったのだ、新たな部屋の主となるのに部屋の改築など言える筈もない。出来るだけ時間をかけて、お小遣いを貯めて自室を改造する予定だった。

 もっとも、シオの彼女は和室が好みらしシオの部屋に入り浸る事もあったけれど。

 本来ならば、寝る間も惜しんで元の世界に戻らなければならないと焦らなくてはならない状態の筈ではあるが。ある意味で、シオはのんびりしていた。

 理由としては、幾つかある。


『おはよう、主』

「……お姫様に主呼ばわりされるのって、どうなの?」


 この世界に召喚されて……最初のうちは意識が無かったとシオは聞いた。

 何でも、異世界から召喚された事でこの世界に用意された人工的な人型……ホムンクルスとでも言えば良いのだろう。その世界を隔てた状態と言うのに馴染むのに時間がかかったのだと言われたが、正確にはどれだけの時間がかかったのかシオは教えられていない。

 仮に、その時点でシオが生命の危機に瀕していたのだとすれば。恐らく「生まれ育った世界」はシオを助け出す為に。正確には「世界が愛した少女を悲しませぬ為」に世界の理を破壊してでもシオを助け出した事だろう……それでも世界が行動を起こさなかったと言う事は、そこまで切羽詰まった状態では無かったと言えなくもない。


『何度も言うが……我は、人形姫の残滓。この世界に迷惑を被る被害者をもてなす為の存在だからの……姫などと言う呼び名さえ、本来は烏滸がましいもの』


 恐らく、シオを召喚した人物が速攻でホムンクルスを失敗作だと認識して無差別転移を行った事で命の危険はないと判断されたからなのだろう。もっとも、無差別で転移された新たなる器……肉体は、歴史上で言われている「人形姫の城」と森を挟んだ向こう側の森の中で保護された。

 とりあえず、自意識を取り戻し事情を聞いてから最初に判断したのは「基準がよくわからん」だったあたりシオも色々とあると言うか何と言うか。


「でも、その恰好は例の『人形姫』の姿そのものなんだろう? 烏滸がましいって言うなら別の姿でも良いんじゃないのか?」


 シオは、別に意図するところがあったわけではない。

 単に思い付きのままで言葉を発しただけえあり、善意も無ければ悪意も無かった。


『かつて「人形姫」様はこの世界の全てを憎んでおられた、その中でこの世界にありて数少ない「この世界ではない存在」が自ら作り上げたこの姿……何より、この姿であれば仮に異世界の者が共に現れても異世界の者以外は誰もが怖がり逃げ出すのは非常に楽だ』

「いいのか、それで?」


 この世界に召喚された時に、肉体の命を失ったと言う本名不明と言われている、通称を「人形姫」は自称だ。

 かつて、この世界に現れる際に落とした命を、その後の扱いを不満に思い憎み呪った「異世界から召喚された女性」と言われている。

 この建物がどんな理論によって作り上げられているのかは説明どころか理解も出来ないが、シオにしてみれば同郷の者らしい彼女の存在もテレビと同じ。どんな電気の流れで機械が動いているのかわからなくても、スイッチを押せば番組が見られるのと同じ程度の認識でしかない……これは、別にシオが冷たいとかドライなわけではなく現在進行形の「人形姫」と呼ばれている半透明なお姫様曰く『見た事も聞いた事もない、恐らくは同じ異世界から来たかも知れないと言うだけで同じ世界であるか否かも確証が持てぬ輩について本気でものを思うのであれば、即刻帰還し精神科医に見て貰う事をおススメしよう』などと言うありがたいお言葉をいただいたのだから無視するわけにもいかない。

 同時に『この場におらぬオリジナルが、どんな感情も抱く事はかなわぬよ』と言われて、なるほどそうかと思ってしまったのも拍車をかけたのだろう。


「異世界からの来訪者を取り込むのは、よくある話なのかなあ……?」


 欠伸をしながら立ち上がると、自然と洗濯され清潔な服が壁の隅から出された。

 どうやら、着替えて眠った間にクリーニングをしてくれたと言う所なのだろう。

 気分は全自動ホテルの客人……間違ってはいないのかも知れない。


『ふむ、なんでも「人形姫」様がうっかり中途半端な記録を各地に残したらしくてな……あの男が延々と口にしていたわ。

 究極の望みは「人形姫」様にお会いする事らしいぞ?」

「そりゃまた、剛毅な……」


 清潔な服も勝手に手入れをされた道具も、シオがこの世界に現れてから自意識を取り戻して。そこにいた二人の美形と別れた後から換算すると、初めての事だった。

 幸い、知らない筈の誰かの記憶がシオの中にはあった……人造人間を作る際に「生きている人」の一部分を使用する為に記憶の混濁と言うのはないわけではないらしい。普通、人造人間を作成するにしても大人の形をした赤ん坊と同じ様なものなので生きる為の手段を全て教え込まなければならないと言う面倒くささがある。そう言う意味からすれば、シオの肉体を作成する際のコンセプト……全自動人造人間と言う考え方は方向性はともかく間違いではないと言う事だったのだろう。


『そうだの……其方らの方が余程面白いのにな?』

「いや、あの二人と一緒にされてもなあ……」


 身なりは貴族階級以上の、恐らくは特権階級。

 武器は使いこなすが最も強力なのが徒手空拳な自称執事? 側仕え? な美貌の男と。

 美貌の男に「お嬢様」と呼ばれている、可愛らしい顔立ちは将来有望で執事の教育により「お嬢様の可憐な手を使う必要はございません、その様な不埒な輩は蹴り飛ばしてしまえば良いのです」と言われて下半身強化型の人造人間だと言われても否定出来ない。

 この二人は、文字通りこの世界で生きる術を教えてくれた命の恩人……記憶どころか自意識がない頃はどうやっていたんんだろうかと言う気がしてならないが、その当たりは深く考えたら負けな気がする。最初のうちから今の状態だっただけに、さぞかし重かっただろう。


「そう言えば……なんであの二人いるんだ?」

『今更か?』

「流石に三日間歩きっぱなしは疲れたんだよ」


 この「人形姫の城」を拠点としたのは、あの二人と別れて暫くだった。

 具体的には数日……いまいち記憶がはっきりしないのは、その当たり面倒くさくて思い出したくない。主に、現在進行形でこの城にいるずるずる長衣のせい。

 ついでに言えば、ここから出かけて帰って来たのも……ずるずる長衣のせい。

 師弟揃ってろくなもんじゃない気がするが、なるべくして師弟関係結んだような気がしないでもない……思い切り類友と言える。


『さてな?』

「会話もしてなかったわけ?」

『あの二人は純正この世界製だからな、基本的に』

「徹底してるなあ……」


 この城に住みついた魔術師……名前は知らないが、事情があって「へっぽこ魔術士」とか「へっぽこ魔術師」とか呼んでいるのは事情がある。とは言っても大した理由ではないけど。

 なんでも、この世界じゃ「魔術師」となると師匠から一人前と認められて独り立ちした証明になるらしい。で、証明に弟子が何か用意いて師匠に作って貰って初めて独り立ちと言う事になるんだが、へっぽこは作って貰っている途中で師匠をぶちのめして逃亡したから

 将来有望お嬢様のアレクと、お嬢様第一主義のカールはあの魔術士と違って煩くしないし付きまとわないし城を汚したりする事もないので、まだ黙認の範囲で許せるらしい。

 別に、汚すとか汚さないとかは妥協できる範囲があると「人形姫」は言う……実際、本人に言わせるとエネルギー源であり活動理由である「この世界とは異なる」と言う「何か」がない限り表層区域にまでしか具現化する事も出来ないけれど必要もないのだそうだ……食われてる? とか反射的に思ったのは悪く無い。と、思う。

 思い切り顔に出ていたらしく、可愛いんだか子憎たらしいんだかな「人形姫」に表情でバレた。ついでに魔術士にもバレた……心底思ったのは「お前はどうでもいい」なのも仕方ないと思う。

 その直後で「こいつ何とかして」とつぶやいたら「人形姫」が城の機能を稼働させて「専用空間への避難」をさせた……結果的に魔術士から逃れられたのは確かだから良かったと言えば良かったし、ゆっくり説明を受ける事も出来た。基本的に「人形姫」はこの城の管理者であると言うだけで仮に「異世界人」と認識される存在への強制力は持っていないらしい……あくまでも宿の提供者であり、コンシェルジュであり、説明者と言う役割だから望む相手には望む行動を示すし「出たい」と望むのであれば安全を確認した場合に限り出入りも自由なんだと。


「へっぽこ魔術士はどうしてる?」

『相変わらず、向こう側で延々と懲りずに何やら喚いている』

「ああ……面倒臭そうだなあ……」

『アレクとカールと名乗る二人が、程よくガス抜きをしてるから前回とは異なるだろうて……』

「大丈夫かなあ……?」


 ちなみに、シオが不安に思っているのは将来性有望美人系少女アレクと、お嬢様こそ我が存在理由カールではなく。とりあえずツッコミどころ満載のへっぽこ魔術士である……本人もどっちつかずな中途半端な状態である事は理解しているらしく否定しないから、尚のこと魔術士の名前が判明しない。


『たまにどつかれているな』

「……うぉい!」


 我関せずと言うあたり、本当に「人形姫」は徹底している。

 確かに、エネルギー源でもある異世界人であるシオが居なければ人前に出て来るほどの残存量はないのだそうだ。かつて、「人形姫」(オリジナル)が存在していた事は有り余る余剰エネルギーがあったそうだが本来は滅多に異世界人など現れる筈もない。当然、そうなれば休眠状態になるのも理解は出来る。

 ちなみに、エネルギー源であると公言されているシオではあるが「何か」を食われていると言う感覚はない。偶然現れたと自称するカールに言わせると、何でも「この世界とは異なる為に空間と生じる摩擦の様なものがエネルギー源となっているのではないかと思われます」と言うあたりうさん臭さが倍増である。が、純正のこの世界の存在である筈のカールの言葉を「人形姫」が肯定した為に否定しにくいのも事実だ。


「止めてやったら?」

『理由がない』

「……まあ、いいか。カールも手加減くらい知ってるだろうし……やっぱり、最初に会った時のことは黙ってた方が良かったんじゃね?」

『過ぎた事は仕方があるまい』

「否定はしないけどさあ……」


 やれやれ、とは思う。

 シオが最初にこの「城」に訪れた時、持っていた食材を狙う為に襲われた。その場面をすでにシオが現れた事で起動していた「人形姫」は記録を取っており、シオと旧知の仲。と言うより、シオの命の恩人に近いと言う発言から上映会を行い、その技術力の高さに涙を流して感動する魔術士の横で空気が冷たく黒くなる事を目撃したシオは心から逃亡したくなった……安全面は「人形姫」が機能を使って保障されたが、かと言って逃げられない状態と言うのは非常に精神に良くないと思われる。


『あまりにも「人形姫」を讃える言葉が酷くなり、カールがアレク自慢を始めアレクが暴れ始めたぞ』


 声が浮き立つように聞こえるのは、現在の異世界人がシオ一人だけだと言うシオの為のカスタマイズだそうだ。

 これで何人もの異世界人がいたらどうなるのかと言う疑問があるが、少なくとも今はその問題に言及する必要は無いだろう。


「ああ……もう、仕方ないな……出るよ」

『放って置いてもよかろうに……』

「寝っぱなしだと腰が痛くなる」


 嘘だけど。

流石に本来の「主題」にそろそろ行かないといけないと思うので、そろそろシオには新展開をしてもらいます。

シオがアレクやルークと別れて「色々」していたのは、実はそれが理由です。

へっぽこ魔術士の名前を地味に募集中。

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