1・快適無敵素敵サバイバルのすゝめ
執事ではないので、セバスチャンではありません。
執事が出て来ても、セバスチャンにはなりません。
01
田川汐、それがこの物語の主人公である。
正確には、これは汐の物語ではないのかも知れない。
何故ならば、主人公とは人の数だけあるものなのだから。
例え、その始まりが悲愴であり喜劇であり。その終りがどうであろうと……一度書き上げられた物語は、決して書き換えられる事などはないのだ。
例え時間が巻き戻され、同じ時間に同じ人達がいて、同じ事を繰り返さなかったとしても。
それを、世界の修正力と言う。
「シリアスに決めている所を邪魔するけれど、目の前の状況から逃げられるわけじゃないわよ?」
「……ですよねえええええええ」
改めまして、田川汐です。
この「世界」に召喚された、物語の世界ではよくある召喚された日本人です。
いやまったく……こんな事になるのならば! と思う事は幾つかあるのは確かだけど。実際の所を言えば、何をどう準備した所で全く対処は出来なかったりしました……。
何でも、俺の場合は「魂だけを召喚された状態」だそうです。これを教えてくれたのは、目の前で嬉々として打撃攻撃を繰り広げてくれている美少女です……べらぼうに強くて舞っているかの様に美しいです。
「働かざる者食うべからずですが……飢餓による死亡を御望みですか?」
「んなわけないから!」
「でしたら、きちんと働いていただければ宜しいかと思われますよ?
まさか、お嬢様御一人に働かせるおつもりでしょうか?」
「私はそれでも良いんだけどねえ?」
「はい、判ってます……」
もう一人は、美形と言うか美女と言うか男性だけど。
美少女と美形はどっちも似たような服を着ているけれど顔は似ていないし、何より美少女と美形は主従……美少女が主らしい。
どちらにせよ何にしても、ここは森の中です。
そして戦っています……美人二人に連れて来られて、採取です……。
本当、何でこんな事になったんだか……。
「シオ様、初日に比べれば冷静さが増した様に思われますが動作が低下傾向にある様でございます」
「はあ……スミマセン」
「気にする事はないわ、シオ。
カールは心配もしているけれど……少しスパルタなだけなのよね」
困ったモノだわ、と言う感じで言っているが……その手に打撃で倒した名称不明の動物を手にしたナイフではぎ取っている姿を見て「リアルアクションゲー」と、つい思ってしまうのは致し方がない。
「最初に作られた『器』はそれほど悪いものではないのだし、ある程度の材料で強度性を強化して戦い方の動きを覚えれば、次には魔法の授業が待っているのだし。召喚されてボロボロ状態だった事を考えれば、そう悲観する程の状況でも無ければ進捗状況でもないわよ?」
「それ……慰めてる? トドメ刺してない?」
「疑り深いわねえ……とりあえず、今の貴方の状態で下手に魔術を使えば『器』が耐えられなると思うわよ?」
「アレク……」
俺はシオ、美少女はアレク、美形はカールと呼ばれている……俺にはあんまり関係ないけど、一応は偽名の方が良いだろうと言う事になっているのは「何かあった時」に「知らない」と言うのは手札の一つになるそうだ……その場合、知らないと動けない場合はどうするのかと聞いたら「臨機応変、って知ってる?」と聞かれたので、基本は逃亡許可と言う事なのだろう。
立場的にはアレクが最上位とされているのは、元からアレクを主を仰ぐ従者としての立場を崩していないからだ。そうして、俺がこの二人に頭が上がらないのは理由がる……。
ある意味で単純な話、この世界に『落とされ』て召喚主とか言うのに出会ってから即座に「無能」と罵られて放り出されたからだ……何か喚いていた様な気はするし、この世界に来る前の状態と言うのは正直覚えてはいないのだが。それでも、基本的な事は記憶している。
だからと言って、召喚主とか言う奴の非道な行動は多分当分忘れない……何も判らない状態で狼狽えている間にぽいって放り出されたから、見聞きした筈だがアイツがどこの誰なのかは全く知らない。何しろ、この世界の常識を知る前に放り出されたから召喚主がどこの誰なのか全く理解出来なかったのだ……それが不敬だと怒鳴られても知ったこっちゃないと思うんだがな。
「なあ、アレク。カール」
「どうかした?」
「お茶の時間にはまだ早いですが……」
「いや、それは判ってるから」
俺がこの世界で放り出された後、振り向いたら森の中だった……いや、冗談抜きで。
砂漠とかでなくて良かったと思ったけど、そこでまだマシだと思ったのは当然の事ながら浅はかだとは思う。まあ、気が付けば元の世界の知識とこの世界の常識が同時に脳内にあると言う状態に混乱して耐えきれなくて、うっかり込み上げて来る気分の悪さに倒れたりもしたんだ。
うん、あれは真面目に死にかけてた。
誰かに助けて欲しいと気が遠くなりながら思って、気が付いたら膝枕をされていたと言う奇跡。
正直な話、もうあれだけで一生分の運を使い果たした気がいた……それが「自称:アレク」だった。
それから小一時間程度で、気が付けばアレクの手に俺の目から見ても高級そうだと判断出来たティーカップがアレクの手から生えている……うん、あれはまさしく生えていると言って良いと思う状態で。しかもアレク本人が突然手の中にティーカップ(中身入り、恐らくはミルクティー)があっても全く動揺の欠片もしなかったと言うあたりが、どうかと言う気がする。
いや、当然の事ながらいつの間にか現れたアレクと似たような装飾とか少ないすとんとした制服っぽい服を着たカールがいたわけだけど。
まさか、開口一番が「お茶の時間でございます」とは思わなかった……。
「とりあえず、説明してもらっても良いかなあ?」
「そうねえ……では、朝ご飯をしながらで良いかしら? カール?」
「畏まりました、お嬢様」
一体どこから出しているのか、この森の中で突然椅子とテーブルと英国風朝食……どう見ても、こんがり焼けたトースト二枚(おかわり自由)と炒めたベーコン、スクランブルエッグ(卵メニューは日替わり)にグリーンサラダ。これは卵やポテトサラダのトッピングが日替わりで着く。後はたっぷりと紅茶の入ったティーポットにソーサーに乗ったティーカップ。グラスには目にも鮮やかなオレンジジュースが汗をかいており、これが基本。
オプションとしてベイクドポテトやベイクドビーンズが着いたり、ベーコンじゃなくてソーセージだったりする事もある。グリーンサラダには、たまに焼いたトマトとかマッシュルームなんかが着く事もある。
デザートには果物かゼリーがついており、残念ながら珈琲はないらしい……非常に残念だ。この国かカールが用意するものの中にか、この世界に珈琲の木がないのか、もしくはアレクが紅茶党だからなのだろう。後者の可能性の方が高い気もするけれど、用意してもらっている身の上では注文なんぞ付けられるわけもない。
非常に美味しく頂いております……。
「まずは、何から聞きたい?」
何故かアレクは「いただきます」と両手をぱちんと合わせてからオレンジジュースを一気飲みする……アルコールじゃないから良いとは思うが、健康的に大丈夫なんだろうかと少し不安になる。
アレク本人に言わせると、目覚めの一杯があるとないとでは目の覚め方が違うらしい……水ではダメなのだろうか?
ちなみに、俺は飲むとしても一口だけ。ミルクも砂糖も入れない紅茶から。
そうなると、カールは給仕に徹底するのかと思えば一緒に食べている。本来ならばそうはいかないらしいが、こんな森の中の実家から遠い所で行儀など守ってる必要はないとアレクが言い切ったからと言うのもあるし。例え同じテーブルについていてもカールの給仕は完璧だからだろう……まあ、最初に食事を全部出してしまえば特にこれと言った給仕は必要ないと言うのもあるが。
「あ、私達がどこの誰かって言う話なら前に言ったようにシオの身の安全を計る為に内緒よ?」
可愛らしい顔でにこっと微笑まれると、恋愛的な感情が無くてもうっかりと心臓が誤認する……けど、止めてほしいとは言いません。はい。
美少女の笑顔、ごちそうさまです。
ご飯も美味しいです、でも和食は存在しないそうです……白い飯と味噌汁と醤油掛け焼き魚が食いたいです。
いや、洋食も好きだけどね?
米、味噌、醤油は日本人のソウルフードなんだから、恋しいと思っても仕方ないと思うんだ……。
「それは前にも聞いた、とりあえず……ここがどこかくらいは聞いても良い?」
「ああ……それは確かに必要かも知れないわねえ……」
「お嬢様、地図を展開してからお話をされてはいかがでしょうか? ただし、お食事の後で。
食事時の話題とするには、些か不適当であるかと思われます」
「ちょ……ここがどこかって言うだけで、食事時の話題じゃないって。どう言う事? そこまでここって危険地帯?」
ちなみに、俺がこの森に捨てられて体感時間で三日くらい? もしくは一昼夜。この世界の時間の流れもよく知らない間に気を失っていて、どれだけ気を失っていたのか知れないと言う状態でアレクに膝枕されていたわけです。
情けないとかヘタレとか言わない様に……誰だって、いきなり召喚されたらそんなものです。実体験者が言うんだから間違いではありません。
「んじゃ、俺を召喚した奴の事とかって言うのは……」
「大体の想像はつくけど、個人の事までは突き止めにくいかしら?
そのあたりはどうかしら、カール?」
優雅な手つきでスクランブルエッグを口元に運ぶ姿を見ると、どうやらアレクは単なる「お嬢様」どころではないんじゃないかと言う気がしないでもないが……何しろ、身分制度のない地球産日本人なので仕草から相手の身分を推し量るなんて真似は出来ません。残念。
聞かれた優美な美形も、一体いつ口に食べ物を運んでいるのか判らないけれど恐らくは食べている……気がする。いつの間にか皿の上の食材が消えているから判らないし、男の食事風景をまじまじと見る趣味はない。
「そうですね……世界情勢的に絞り込みは済んでおります。国元へ苦言を呈すれば、政治的に活用できるかと思われるかと……」
「まあ、それは困ったものね」
こうやって、口調が時々お嬢様然とした言い方になってしまうのもアレクが「単なるお嬢様」に見えない理由の一つだ。とは言っても、この世界の常識については恐らく召喚主に叩き込まれたと思われる知識だけしか持っていないので何とも言えない……。
「政治的……」
「あらいけない、今のセリフは聞かなかったことにしてね?
カールも、口を滑らせちゃったわね」
「お恥ずかしい限りでございます……失礼を致しました」
「んじゃさ、俺は日本語をしゃべっているつもりなんだけど。アレクやカールは何語を話してるわけ?」
「自動翻訳でしょうね……私も、日本語は理解は出来るのだけど使う機会がないから錆びついてる気がするわ。
カールは、恐らく何の問題もなく使えるのではないかしら?」
「わたくしもお嬢様同様、使う機会がございませんので実践として使うのはいかがなものかと思われます」
「……自動翻訳されてるのに、二人は日本語が使えて日本語が判る? なんで?」
「乙女の秘密ですわ!」
続きます