12・ノロケ話だから付き合え
※今回はシオのツギハギだらけの記憶をかき集めて作った「俺の彼女可愛い」話です。
ある意味で読まなくてもそんなに困りません。
名前も形状も思い出せません。
でも、どんな女の子なのかは覚えています。
本家に来る前は幸せとは言い切れなかった事でしょう、今も感情を表に出すのが苦手な子です。だからこそ、シオが数少ない外世界への繋がりでもあり義兄を筆頭に絹のハンカチを歯で切り裂きたくなるほど嫉妬されてます……その辺り、早く思い出した方が良いと思うんだけどな?
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俺の彼女……名前は思い出せない。
どうにも、毎日色々な事を少しずつ思い出してきている気はするんだが、彼女の名前とか家族の顔とか個人情報が思い出せなくて困る。いや、実際には困った場面はないのだけど気分的に。
親戚の姉ちゃんが「歳を取ると部分的に記憶喪失で困るわあ」と言っていたから、そんな感じなのかも知れない……テレビ見てタレントの名前が思い出せないとか普通だと思うけどね。興味ないって事なんじゃないの?
んで、判ってるのは彼女が本家に引き取られたのは彼女の実家……もう戸籍も移してあるそうだから生家か、そこで虐待を受けていたからだそうだ。
しかも、物心ついた時にはすでに。
そんなのが遠かろうが近かろうが親戚に居ると言うだけで十分腹が立つわけだが、うちの本家と言うのは超常現象を出す奴が異常に多いらしい。昔ほどではないらしいけど、隠して生きている奴らもいるとかいないとか……その辺りは管理職の仕事だとかで、彼女の義親父さんは時々愚痴ってた。遊びに行くと三回に一回の確率で酒に付き合わされるが、流石に周りが止めてくれるのでまだ酒は呑んでません。お酒は二十歳になってから。
前にも言った気がしないでもないが、うちの一族は必ず一度は本家に挨拶に行く。
どう言った性質なのか、必ず子供が生まれると本家にバレる……そして、三歳くらいまでに一度は顔を見せに行かなければならないと言う気まりがある。これを無視すると、本家から強制連行される羽目になるんだと。
ちなみに、これは彼女の義兄が言っていた。なんでも、その回収する実働部隊の一人らしい……捕獲部隊とか言っていた気がするけど、実際には何でも屋の実戦部隊なんだそうだ。
実戦って何?
彼女が生まれた事は本家でも把握していて、けれど挨拶に連れて来ない。
不審に思った本家は、流石に最初は強制連行はさせないで注意、警告、訓告と三段階で御呼出しを食らう事になる。それで動かない場合は強制執行されるらしく、人生で一度で済む場合もあれば何度も行く事になる事もある……あ、後者は俺の事ね。
本家が不審に思った理由の一つは、彼女以外の身内。何でも、実の兄とか妹とかいるんだかいないんだかするらしい。会った事ないし、話の流れでそうなっただけなのに義父と義兄が八つ当たりしてくるので全力回避だ。盾には申し訳ないけど彼女を使うと、リトマス試験紙の様に態度が変わってくれるし本人も率先して前に出てくれるので申し訳ないけれど助かってる……もしかして、普段は甘えたりしない彼女をわざと甘えさせるための演技だろうかと疑った事もあるけど、アレは本音だろう。
他の人の話がどうなったのかは知らないけど、彼女の家に踏み込んだ人が彼女を発見した時は生死を疑ったくらいの酷い状態だったらしい。
らしいが多くて悪いけど、当時の俺も3歳とか5歳とかそのあたりなんで勘弁してください。
とにかく、手足は棒切れの様に細く、頬は窪んで目がぎょろっとしており、腹が出ている栄養失調状態。しかも、ほとんど風呂にも入れて貰っていなかったらしく垢塗れで服は擦り切れたりしてボロボロと言う言葉を体現したらそんな感じだと酔っぱらった勢いで義兄が言っていた。
とにかく酷い目にあっていたらしくて、あちこちが痣だらけだったけど骨が折れて歪んだりはしていなかったそうだ。何でも、病院に連れて行くと事が露見するからだったとかで。
生き残れたのは、彼女が神の愛し子だったから。
彼女の感情に合わせて、周囲には超常現象が頻繁に起きていた為に常人であった家族は恐怖心から暴力を振るっていたのだそうだ……他の子供達は普通なのに、どうしてお前だけ。
そんな風に言われて育っていた彼女は、笑う事も泣く事も知らずに育ったらしくて。最初のうち、言葉さえろくにきかなかったんだかきけなかったんだか……自衛手段だったんだろう。兄だか妹だかは金持ちではないけれど普通に育てて貰っているのに、自分だけ虐待されている。同じ親から生まれた子供の筈なのに、自分を虐待していない間の家族達は彼女を話題にしてお互いを詰り合うくらいしかやる事は無かったそうだ。
ろくに教育も受けず、声をかけられる前に殴られる、蹴られる事も普通にあった。疑問を持つ前にサンドバックよろしく暴力を振るわれるのが日常だった。でも、病院に連れて行くような怪我をさせるとまずいからと言う嫌な知恵はあったとかで、役所関係も全て「子供が弱くて連れて行けない」と言って家に監禁状態だったらしい。しかも、教育もしないのに粗相をしたと言っては殴り、世話もしないで臭いからと言って家から出して外の物陰に繋いだりしていたらしい。
愛し子でなかったら、当の昔に二度と会う事は無かったと言うのがしんみりした義父さんのセリフだ。
本家に保護されて養子縁組をされても、彼女は己の環境が変わった事も助かった事も自覚していない日々が続いていたそうだ。
何でも、彼女を虐待していたのは物心がつく前からの出来事で「家族」とか「優しい」とか言う事がどういう事か判らなかったらしい。それを、どうやって教えたら良いのか義一家も手探り状態で何か月も過ごした矢先。
本家に顔見せで訪れた俺が、たまたま偶然に彼女と出会い。
最初から泣いていた彼女が、俺を決して離すまいと掴んで大泣きして。
逃げる事も出来なかった俺としては、そのまま疲れるまで泣いて叫んだ彼女と一緒に寝るくらいしか方法が無く。
結果、義父と義兄に悔やまれて恨まれて呪われると言う目にあっていると言う事で。
実際問題、彼女の感情が爆発して芽生える事は時間の問題だったと言う状態だった事もあって……例えるなら、今にも生まれそうな卵から目を離した隙に別の人が生まれるのに立ち会った事で刷り込み状態になったんじゃないかと本家の医者は言っていた……鳥じゃあるまいし。
義母は、例えそのタイミングが来ても運命の気紛れなお節介で決して己の息子が義母曰くの「運命の相手」にはならないだろうと笑いながら言っていたりするんだが、その八つ当たりの矛先がこっちに向くのは計算ですか?
実を言えば、彼女の様な家は極端な例なだけであって10年に一度くらいの割合で起きている。結構、普通の例と言えば例だ。
親も超能力やら陰陽師やら西洋魔物だったり、造詣が深ければ別だが人って奴は全く興味が無ければ関わる事もない世界の。しかも、物理的やら一般的やらとは何の関係もない世界に物心着く前の我が子が呼吸をする様に出来ていたりすると、恐らくは混乱するか拒絶するかの二択になるのだろう。
俺がたまたま、そう言う目に合わなかったのは親が気楽な性分だったからって言うのと。俺には基本的に攻撃系の能力がない……と言うより、意識しないと攻撃系にならない。別にバカみたいな腕力とか滅茶苦茶走るのが早いとかって言うのは無くて、あえて言うのならば「平均的に体を動かす事が出来る」と言う能力らしい。
意味わからん。
言葉にするのが大変難しく、更に言えば症例と言うか型としても大変珍しくて大まかな分類としてもどこに入れるのか迷うと言われた事がある……いや、それ俺に言われても困るんですけどね?
もし、俺が普通の一般人で。子供が攻撃系とか精神系とか、いわゆる「他人に害を与える能力」の持ち主だったとしたら……普通に親に慣れると言う確信は持てない。
まだ子供とかいない前に結婚もまだだから、正直わからないけど。
俺だって、もし家族が気が付いていなかったら彼女の様に親から腫物の様に扱われるか虐待されるか最悪捨てられたり施設に入れられたりしていた可能性だってある。実際、彼女の生家でも何度か施設に入れる話があったが兄だか妹だかがいるのに一人だけ施設に入れたり捨てたりしてご近所の評判に傷がつく事を恐れたそうだ。
今更って言葉知ってる? と言いたい。
とは言っても、彼女は神の愛し子と言うだけであって別に攻撃系能力者と言うわけではない。
単に、彼女が不愉快だったり不快指数を上げると神が怒りを落とすって事らしい……精神が平坦で起伏が無くて平静であれば神は彼女の為に動く事はないのだから、そう言う意味では彼女の家族のやった事は間違っているとは一概に言えなかったんじゃないかと言われるかも知れない。駄々をこねれば何でも思うと売りになるなんて、思い上がった存在になったかも知れないと言う点に置いては、だが。とは言ってもやり方と言うものがあると言うのは全員一致した意見だ、未必の故意……やったら犯罪行為になるんじゃないかなって想像はするけど、判っててやる事だ。そうなっても別に良いと思って行動した元彼女の家族は一生会う事はない。どんな理由であっても、例え彼女が望んだとしても会う事はないそうだ。俺は会ったとしても判らないだろうから、出来ればそのまま一生知らないままでいても良いと思う。
詳しくは、聞かなかった。大雑把にしか知らないのは、それが理由……隠されているわけでもないけど、知っている人は少ない。調べれば判る程度だけど、知ったから何をどうこうって言う事はない。
ただ、彼女の両親は精神に異常を来して入院したと言う話だけは聞いた。では兄だか妹だかがどうなったかと言えば、それらは別の親戚の監視下にあって結婚しても死んでも監視され続ける事になるらしい。
とりあえず、彼女は大丈夫ではないかと言う気がする。
義兄と義父は異常なほどに元家族について神経質に話題を隠そうとするけれど、逆に義母はあっけらかんとしたもので「あの二人がいると、ちょっと窮屈よねえ」と言ってお茶をせんべいを出しながら今の話を俺達にしてくれた。
でも、彼女はきょとんとした顔をしているくらいだから元家族の事は顔も名前も覚えていないのかも知れない。義母に言わせると普段の彼女の表情筋は常時ストライキに入っているとかで、俺が側に居る時だけ滅茶苦茶働くらしい。でも、義母の前でも少しは表情筋が働く様になったのだと言って笑っていた事があるんだが……。
それって、あの義父と義兄の二人が。表情筋が動く前に抱き着いたり大げさな態度を取ったりするから、彼女の表情筋が仕事をする隙を与えないだけなんじゃ? と言ってみた。
……確かに、まるで突風のごとく彼女にべたべたメロメロな父子は「待て」を覚えたそうだ。
だが「期待に満ちた目」で見つめられる可愛い義愛娘は、その緊張感に耐えられるかと言えばそうでもなく。
そりゃ、無理な話だと義母と彼女と俺と言う三人のお茶会の話題になったのは言うまでもない。
これは仮の話だし、必ずしも役立つとは限らないのだが。
もし、彼女の元家族が「コレ」に気が付いていたら、今の彼女に出会う事は無かったのかも知れない。
名前も思い出せない俺の彼女は、元の世界の神の愛し子だ。
神の愛し子……神の寵愛を一身に受けた子供。つまり、彼女が不愉快な気持ちを覚えれば割と簡単に地上に天罰を与える事があると言う、神に繋がる存在。
故に、逆もある。
俺がいない時と言うものを知らないので想像もつかないが、俺が自宅に帰ると本家の空気は乱れるらしい。逆に俺が来る数日前から色々と恩恵があるらしい。
つまり、怖がらずに利用すると言う手段があったわけだ。もしかしたら、今頃は億万長者くらいになって彼女とは気軽に会えない人生を歩んでいたのかも知れない。
何て言ってみるが、実際にはどんな風になっているのか知らないので利用方法は思いつかないけれど。
これが金儲けに使えたかも知れない、なんて話を彼女の元家族が知ったら……どんな反応を示したのだろう?
と言うのも、最近は元兄だか元妹だかが一般人レベルの普通の生活をしているのに文句を言っているそうだ。まだ保護者が必要な年齢らしいし最低限の生活費は本家から出して貰えているらしいし、全寮制らしいけど金が無くてろくに遊べないと愚痴っているそうだ。
とりあえず、遭遇しない事を祈るよ。
今なら、たぶん問答無用で法律度外視な目に合わせても何も感じない気がする。それが、少し怖い。
続きます。




