その3 お茶の時間
「えーと、どうしたんだい?マリエ」
夕食も済んでしばらく後、宵闇も深まる時刻
ノックの音にドアを開けたキリヤはそこに佇む彼のメイドにそう問い掛けた
「キリヤ様。お茶をお持ちいたしました」
無表情のまま抑揚の無い声でそう答えるマリエにキリヤは困惑の表情を返す
確かに彼女の傍らにはポットとティーセットの乗ったワゴンがある
しかし、キリヤはマリエにお茶の用意など頼んだ記憶はない
となるとこれは考えられる理由はひとつしかない
キリヤは溜息をひとつついて身体を脇へと動かした
「失礼致します」
そう言ってマリエは脇へと避けたキリヤの前を、ワゴンを押して部屋へと入った
部屋へと入ったマリエは手慣れた動きで紅茶を淹れはじめる
二人分の
キリヤはまたひとつ溜息をつき、諦めたようにソファーへと腰を下ろす
その前にマリエの手により良い香りの立ち上るカップが置かれた
「どうぞ、キリヤ様」
「うん、あー・・・、ありがとう」
そして彼の隣にも、もうひとつのカップ
・・・そしてこちらにはアップルパイを載せた皿も
半眼になるキリヤの前でマリエは当然のようにそこへと座った
「ではお茶にいたしましょうか。キリヤ様」
「・・・・・・・・そうだね」
彼女は確か僕のメイドのはずなんだけどなあ・・・・
これまでにも何回となく胸に抱いた疑問をカップのお茶とともに飲み下す
彼女の淹れたお茶は相変わらず余人の遥か上をいっていた
・・・・まあいいか
その味と香りに湧いた思いが溶け去る
「キリヤ様。はい、あーん」
その声に横を向くとフォークにのせたアップルパイの小片をこちらに向けたマリエ
「マリエ。僕は別にパイは・・・」
「はい、あーん」
拒否は許されないらしい
やれやれ・・・
諦めたキリヤが口を開けると、そこに一口分の焼き菓子が入れられる
これも彼女の手によるものだろう
一流の菓子職人も顔負けの味わいについ顔がほころぶ
キリヤのその表情を見たマリエが微かに・・・柔らかく微笑んだ
いつもほとんど変化のない、作り物じみた美貌の少女だが
それだけにたまに垣間見せるこういう表情は値千金であった
そしてそんな表情は自分にしか見せないという事実が
彼にこのメイドを特別扱いさせてしまう理由のひとつでもある
3口、4口と続けられた後、キリヤはにっこり微笑むと、
「もういいよ、マリエ。御馳走様。あとは君がお食べ」
と、マリエに声をかけた
「そうですか?では遠慮無く」
そう言ってマリエはキリヤの口へと運んでいた焼き菓子を自分の口へと行き先を変える
やがて皿に乗った焼き菓子は姿を消し、カップのお茶もなくなる
「キリヤ様、お茶のおかわりはいかがですか?」
「うん、じゃあ貰おうか」
2杯目の紅茶が注がれ、香りとともに部屋にまったりとした時間が流れる
そうしているうちにやがてマリエがキリヤの身体へともたれ掛かってきた
キリヤは溜息をついてメイドのするがままに任せる
左腕に感じる軽い重みと体温が心地良い
使用人であるはずのこの少女のこういった気儘なところは
どこか猫を連想させる
その謎めいたところも
そもそも何故彼女は自分のメイドなどをしているのか・・・
キリヤの命の恩人であるこの少女はその報償として
自分のメイドとして仕えたいと言い出した
あの時はまさかこんな関係になるとは思いもしなかったが・・・
「って、マリエなにしてるの!?」
戸惑うキリヤに構わずマリエはもたれ掛かった身体を倒し、
その頭をキリヤの太ももの上へと乗せてしまっていた
「眠たくなってきましたので膝枕をお願い致します」
「ちょ、マリエ!?そもそも君は『僕にお茶を持っていく』って理由でサボりにきたんじゃないの?そろそろ1時間くらい経つし早く戻らないとオリヴィアに叱られるよ!?」
そう言うキリヤの忠告にも彼女はどこ吹く風で欠伸をもらす
「大丈夫ですよぉ、今日は。ちゃんとオーケーはもらってありますし・・・。お茶を用意する前に言い訳をしにメイド長のところに行ったんですが『今日はもう他の仕事はいい』と言われましたんで」
「え?」
「『メイド長・・・わ、わたくし本日はキリヤ様に・・・し、仕事を仰せつかっておりまして・・・』って頬を赤らめながら途切れ途切れに言いましたら、メイド長はこうおっしゃられました。『・・・・・・・・そうですか。では、くれぐれも粗相のないように、それと・・・・ちゃんと湯浴みをしてから伺うように』、と」
「なあぁ!?ちょ、マリエ?それ、絶対オリヴィア変な誤解してるよね!?」
「さあ?わたくしにはメイド長の下衆な思考など読み取る事など・・・」
そう言いながらマリエはゆっくりと瞼を閉じていく
「ちょ、マリエ?本当に寝るつもり?マリエ?マリエ!!?」
キリヤの呼びかけも虚しくマリエはすうすうと寝息をたてはじめた
そんな自分の使用人に対して彼は諦め混じりの溜息を漏らすと
ゆっくりと彼女の頭の下から自分の足を抜き取り立ち上がった
彼女は既に無防備にもぐっすりと眠ってしまっている
このままソファーに寝かせたままという訳にもいくまい
使用人とはいえ一人の女性である
キリヤは寝ているマリエの前に跪くと彼女の肩の下、そして膝の下へと腕を差し入れた
そうやってその身体を抱き上げると自分の使っているベッドへと移動する
今日のところはマリエを自分のベッドに寝かせ、キリヤ自身はソファーで寝るしかあるまい
苦笑と共にまた溜息が漏れた
ベッドの上に優しく彼女の身体を下ろし、さて自分はソファーへ・・・
しかしその行動は実行不能であった
キリヤの服の襟元をマリエがしっかりと掴んでいたからである
「え?あれ?嘘!?」
マリエの手は固く握られ決して解けそうにない
「マリエ!?ちょ・・・、ホントに起きて!マリエ!マリエえええぇぇ!!!」
キリヤの叫びと共に帝都の夜は更けて行った
(つづく)