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年齢に比例して、クリスマスの楽しさと言うのは薄れてくるものなのだろうか。
――まあ、かわいらしいこと。
少し離れたツリーの下で、彼氏がサプライズを仕掛けたカップルを見ると、暖かい気持ちになった。
今日はクリスマスイヴだった、と改めて思い出す。
あのカップルのように、ときめいたクリスマスなんて、何年も経験していない。
まあ考えても見れば、若い頃のクリスマスなんて、いまの子たちと違って積極的に付き合って出かけたり、ということはあまりなかった気がするもの。
まあ、若い頃なんていまは記憶の彼方だし、そもそも数年前に夫を亡くしてからは一人で過ごすのも慣れてきた。
息子夫婦は、ときどき私を孫の子守りにちゃっかり利用するばかりで、基本的にはかまってくれない。
かといってそれほど関係が悪くないのもいささか謎めいている。
今日も、息子夫婦は二人きりでイヴの夜を楽しんでいるところだ。
孫娘のクリスマスプレゼントを買わされに出かけ、彼女がお手洗いに向かっている間に、待ち合わせに約束したこのツリーの下でつっ立っている、というのが現在である。
雪が舞い、ツリーの輝きが街を明るく照らしている。
毎年、クリスマスで忘れられないのは、いまでも冬が嫌いであろう、主人のことだ。
――――
いまのような恋愛というのにははなはだ遠く、ましてや先ほどのカップルのような甘い展開は皆無な時代だった。
お見合いで知り合い、ゆっくりと気持ちを育てていった。
結婚してしばらくして、息子と娘、二人の子どもに恵まれた。
息子が5歳、娘が10歳の年のクリスマスパーティーの日。
夫は何を考えたか、仕事一筋の腕をふるってクリスマスケーキを作るなどと言い出した。
――この人、家事はまかせっきりなのに……。
そう思いながらも、そろそろ始まってしまう保育園に息子を預けようとした。
「パパー、なにつくってるのぉ?」
子どもたちの問いかけに一切応じる様子もなく、無駄に気合の入っていた夫は生地をかき混ぜていた。
ところが、仕事を終え、保育園から息子を引っ張って帰ってくると、当の夫は居間に神妙な面持ちで座っていた。
「できあがったの?」
私が夫に訊くと、彼は台所に置いてあった謎の物体を、包帯で巻かれた左腕で指し示した。
それを見た子どもたちは、大笑い。
そしていざパーティーとなっても、普段温厚な夫は、一切笑うことなく口をへの字にしたままであった。
もちろんケーキは夫が自分で食べることもなく、私たちで平らげてしまった。
味は……言うまでもないだろう。
それからというもの、軽くトラウマになったらしい夫は、クリスマスが近づくたびに妙に冷たくなるのだった。
――――
まだ孫娘は戻ってこない。
まあ知れた場所のことだし、どうせ改札前のパン屋で試食でもしているのだろう。
ふと横を見ると、隣の女の子の手に提げられたサンタさん柄の小箱が目に留まった。
少女は、とても寒そうな仕草をしている。
「寒そうねぇ。これ、使う?」
バックから取り出したカイロを渡してみる。
その子はとたんに表情をぱあっと明るくして、
「あ、ありがとうございますっ」
と言ってくれた。
「その箱、ケーキかしら?」
そう訊くと、またも少女はにっこりと笑ってうなづいた。
ふと、あの日の娘を思い出した。
「おまたせー、おばあちゃん!」
はぁ、と息をつきながら追いついてきた孫娘。
「ずいぶんと遅かったわねぇ。あなた、またパン屋さん行ってたんでしょう?」
「えへへ、ガーリックトーストおいしかったよぉ」
満足げにほほえむ孫娘。まったく、可愛い子だ。
私も、困ったように笑った。
ふと思いついて、孫娘に訊いてみる。
「ねぇ、ちょっとスーパーに寄っていいかしら」
「んー? いいけどなんで」
「おばあちゃん、ケーキ作ろうと思うんだけど」
やったー、とはしゃぐ孫娘。
暖かくて小さい手をつなぎながら、思う。
――ねぇ、あなた。
あの日、あなたはどんなケーキの作り方をしたか分からないけれど。
それに、パーティーのあと、あなたはケーキを食べずにさっさと寝てしまったけれど。
あれ、意外とおいしかったのよ。
あれ以来、クリスマスが嫌いになってしまった、夫のことを想う。
そんな思い出まで、私は、墓場まで持って行きたいのだ。
今年は、私が作ってあげる。
だから、食べてね。
2・Fin
いかがでしたでしょうか?
暖かめなお話を書きたかったもので。
2011年のクリスマス小説を、私のpixiv・ブログから再編集なく再投稿したものです。なので誤字等そのままかも……
「阪急電車」リスペクトなので相当似ているかもしれませんが←
つぎで終わりになります。どうぞお付き合いくださいませ。
翠