①
{1}
今日は、いちだんと寒い。
一人だと、いつもより寒い。
『ごめん、やっぱ遅れるかも』
「ううん、大丈夫。忙しいの、わかってるもん」
『……ごめん』
彼氏からの電話。
やっぱ、来ないのかな……
私は、かれこれ1時間もつっ立っていた。
待ち合わせ場所は、電飾がまばゆい、駅前のおっきなクリスマスツリー。
……24日に、遅刻なんかしちゃうなんて。
こんな大事な日に、お仕事いっぱい入れられたなんて。
身体を温めるためのコーヒーも、もう全部飲んでしまった。
カップルや親子連れが楽しそうに歩く歩道のタイルを、私はぼけーっと見つめていた。
――――
『24日、空いとる?』
『うんっ!』
『どっか、出かけよか』
彼氏は年上の、社会人一年生。
とっても優しいけど、最近はお仕事が忙しいかなんかで、全然会えてなかった。
……だから、ものすごくうれしかったんだ。
『じゃぁ、7時に駅前のツリーの下で、いい?』
『了解。むっちゃ楽しみやわ』
『私もっ』
そういって、めでたく私達はクリスマスイヴにデートすることになったのだった。
『そういえば、24日って雪降るかもしんないんだって』
『ほんまに?』
はしゃぎながら言う私に、大人なあなたは、
『初雪は、絶対二人で見ような』
そう、耳元でささやいた。
――――
一年生、といっても彼は社会人、私は大学生、なワケで。
やっぱ、私以上に綺麗な人もいっぱいいるんだろうなぁ、とか思っちゃうのだ。
『……なに拗ねた顔しとんねん』
『だって、ひろくん、いっつも仕事だもん』
先々月くらいにデートしたとき、ついに不安が口をついて出てしまった。
『職場にも女の人とか、いるんでしょ?』
『なんや、そんなことか』
『だってぇ……』
愛するってことは、相手を信じるってこと。
そんなの、百も承知なのだ。
……でも。
ひろくんは、そこまで言って、突然私を抱きしめた。
『……?』
『あほ。お前やなかったら、喋ったり、抱きしめたり、せぇへん』
私の不安を溶かすような、甘いセリフ。
そっぽを向きながら言うあなたは、とても魅力的だった。
――――
私の隣には、同じく寒そうにつっ立っている少女がいた。
ちらっと見ると、彼女もこちらを遠慮深げに窺ってきた。
ちゃんと私を捉えた少女の瞳は、この上ないくらいに澄んでいて、とても綺麗で素直だった。
「お姉さんも、だれか待ってるんですか?」
纏っている雰囲気と同様、綺麗な声が聞こえてきた。
「うん、まあ」
「……彼氏さんですか?」
「……まあね」
またもや、しかし今度は多少いたずらっぽさも含んだ瞳で、そう彼女は言った。
絶対に、彼は来る。
そう、素直に信じてみようと思った。
少女は、今度は隣にいたおばあちゃんと会話を始める。
街は恋人と忙しいカップルばかりなのに、このツリーの下にいる人はなぜか、みんな暇人だ。
「あ」
「あ」
目の前を、白いものが落ちていった。
今年はホワイトクリスマスかぁ……。
そう思いながら、まわりを見わたす。
体がだんだんと冷えてきて、これから盛り上がるはずの気分も相変わらず低空飛行。
……二人で見るはずだった、天からの贈り物。
「~♪~♪」
突然、お気に入りの着メロが鳴りはじめた。
『俺やけど』
「やけど、じゃないっ」
えらくのんびりした、でも大好きな声が耳元で響く。
「いまどこよぉっ」
『ごめんな、雪降っとるところに一人でいさせて。寒かったやろ』
「え……?」
そう言ったか言わないうちに、私の身体は急にだれかによってぎゅうっと包まれた。
「ごめん、遅なった」
「……っ」
聞き間違えることなんて絶対ない、この声。
誰よりも愛しい、いつも私を暖かく包み込んでくれる身体。
「大丈夫。雪、ちゃあんと一緒に見とったで」
「……ばか」
そういって、何も言わずに、どんどんぎゅう、の力が強まっていく。
「そんな寂しかったん?」
「だって……ひろくん来ないかと思ったもん」
ごめんごめん、と彼は困ったような笑顔を浮かべる。
彼から離れた私が、黙ってまた俯いていると、
「そんなふうにしとったら……キスすんで」
「っ!?」
思わず前を向くと、七色に輝くツリーを仰ぎ見るひろくんがいた。
「きれいやなあ」
……そう言うけどね、ひろくん。
あなたの頬が、ちょっとだけいつもより紅いのは、この寒さのせいなのかな?
私は、ひろくんのこと、愛してる。
だから、あなたの気持ち、信じるよ?
「はやく、ケーキ食べに行こ?」
そう言ってやると、振り返ったあなた。
身長の差なんか、私が背伸びで埋めてやる。
私は彼に、不意打ちのように、口づけをした。
1・Fin
はい、今回からは3話短編のクリスマス小説です。
いかがでしたでしょうか?
2011年のクリスマス小説を、私のpixiv・ブログから再編集なく再投稿したものです。なので誤字等そのままかも……
「阪急電車」リスペクトなので相当似ているかもしれませんが←
2話ほど続きますので、これからもお付き合いくださいませ。
翠