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とあるバレンタインの裏話

 魔王は苛立っていた。

「魔王さま、いったいどうしたのでございますか」

「余は悔しいぞ。隣国のじゃじゃ馬娘がまーたまた勝負を挑んできおったのじゃ」

 家来たちはヒーッと喉の奥で悲鳴を上げてのけぞった。前回、前々回、前前々回の勝負で負けるたびに魔王の八つ当たりが凄まじかったからである。

「余が手加減しておるのがわからないとみえる。余の魔国を乗っ取ろうという算段に違いない。なんと性根の曲がった卑しいやつ」

 ひとのこと言えないだろうと家来たちは思ったが、

「今度の勝負は何でございますか」

 と、一応問うた。

「愛じゃ。つまり極上のラブを集める勝負じゃ」

 家来たちはヒーッと喉の奥で悲鳴を上げて再びのけぞった。愛など魔族にはトンと縁がないシロモノ。また負けて自分たちへ被害が及ぶことを恐れたからである。魔王はそんな家来たちの心配を知ってか、ニタリと口の端で微笑むと自信満々に続けた。

「案ずるな。今回はあっと驚くタメゴロー的な策がある」

 古のギャグを引き合いに出し魔王は家来に言った。

「聞けば、東洋の魔島日本にはバレンタインディという日があるそうじゃ」

「バレンタインディ、でございますか」

「女性がチヨコというスイーツに愛をこめて男性に送ることが赦された日と聞く。このチヨコなるものをぶんどって愛を手に入れるというわけよ、べらんめぇ」

 最後は最近愛読している池波正太郎風になってしまったが、そこは愛敬。

「マハリクマハリタ! ざ、わーるど!」

 魔法で時を進めた魔王たちはバレンタインディの日本へとやってきた。

「チヨコは、極上ラブはどこへ行けばあるのでしょう、魔王さま」

「むははは、余のようにイケメンの所へ集まるに決まっておろう」

確かに魔王は人間で言えばめっちゃ年をとっているのだが、見た目はピチピチ、なかなかの美男子である。

 というわけで、イケメンアイドルの事務所へとやってきた。

 机の上にダンボールが何箱も置いてあり、そのどれもがチヨコであふれんばかりになっている。

「恐ろしい量でございますね、魔王さま」

「何をぐずぐずしておる。さっさと愛を吸い取るのじゃ」

 家来は魔王が胸のポケットから取り出した「スイトレーラ・アイ」なるものを使って愛を吸い取っていった。しばらくして家来は叫んだ。

「魔王さま、愛がとても少ないです」

「なんと、顔では愛が集まらないというのか。むむむ、それでは金、力、地位を持つ者を探すのじゃ」

 次に魔王たちが訪れたのは大会社の社長のオフィスだった。ここもイケメンアイドルと同様に、机の上にチヨコがうず高く積んである。

「スイトレーラ・アイ!」

 だが、ここも愛は少ない。

「先ほどは憧れという名の愛でしたが、ここは義理という愛のようです、魔王さま。いずれもラブには届かない薄い愛のようです」

「むううう、もっと濃ゆい愛、これぞラブというものはないのか。こんなものは持って帰れぬぞよ」

 その時、スイトレーラ・アイのレーダーを睨んでいた家来が叫んだ。

「魔王さま! 十時の方角に濃ゆい愛の反応があります」

 そりゃ、とばかりに魔王たちはその場所へ急行した。

 そこは公園で高校生とおぼしき男女がおり、女の子がチヨコを男の子に渡しているところだった。

「イケメンではないな」

「魔王さま、お静かに」

 女の子がぶっきらぼうに言う。

「どうせ誰からももらえないんでしょ? 有り難く受け取りなさい。幼馴染のよしみなんだからね」

「うわあ、ありがとう。あ、手作りじゃん。いいのかよ、ホントにもらって」

 男の子が包みを開けると濃い愛が立ち昇り、そのあまりの美しさに魔王たちは息をのんだ。

 レーダーを見ていた家来がまた叫んだ。

「魔王さま、今度は病院です」

 そりゃ、とばかりに魔王たちは病院へ急行した。

「貧乏くさいジジィじゃないか」

「魔王さま、お静かに」

 老婦人が、手術が終わりこんこんと眠り続ける夫の枕元に小さな包みを乗せて言う。

「目が覚めたら、二人で食べましょうね」

 小さな包みはみすぼらしかったけれど、愛が包みから溢れ、こぼれ落ちてキラキラと光っていた。

 それからも日本のあちこちで愛が見つかった。

 魔王と家来たちはいつしか黙ってそれを見ていた。そして気づいてお互いに苦笑いをした。

 魔王は家来たちに優しく告げた。

「我らの国へ帰ろうぞ。こんな美しい心を集めたら我ら魔族は死んでしまう」

 家来たちは頷いた。魔国に戻ると家来たちは自分の家へと真っ直ぐに帰って行った。


 お城で魔王は一人になった。見ると大広間のテーブルの上に大きな箱が置いてある。

 差出人は隣国のじゃじゃ馬の名前になっていた。

 魔王は微笑した。

 魔王はせっかく集めた「あこがれ」という愛や「義理」という愛も魔島日本に置いてきた。

 愛は集めるものではないと知ったから。

「また負けてしまったな。しかし、あやつはどんな愛を集めてきたのだろうか。ちょいと拝見」

 魔王は箱のふたを開けて驚いた。中には手形がべたべたとついた、およそおいしそうとは言い難い、大きな大きなハート形のチョコが入っていたのだから。

 ――愛を込めて

 メッセージカードを読みながら、魔王はとても幸せそうに微笑んだ。


 愛はすぐそばに、誰のところへもやってくるというお話。

かなり前の電撃LLに応募したものをほんの少し、手直しいたしました。

コメディのつもり(?)です。

にやにや笑って、最後にホロリときたら、

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