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6人の物語  作者: sanana
風景に溶けた人へ10のお題
23/26

石の上に肘を付いて祈りを捧げる人。

前半薔子、後半隆之視点です

修道士みたいだ、と思ったのだ。しかも現代ではなく、もっと古い時代の。

フード付きの長いローブみたいなものを着て、蝋燭の灯りが頼りの薄暗い石の祭壇なんかにひざまづいて祈るみたいな感じ。

映画でショーン・コネリーがやってたみたいな修道士。


親しく言葉を交わすようになり1ヶ月ほど経った薔子が、隆之にいだいたイメージである。

それはいまだに変わらない。 基本的にチャラチャラ、とまではいかないが、適当に人当たりがいい。

誰とでもすぐ仲良くなれる。背も高いし見かけも悪くないから、女の子も(男の子も?)たくさん近寄ってくる。

告白をお断りしても、その人とは友好な関係を続けている。

先日振られた薔子も例外ではない。

もっとも薔子の場合は、一生友達でいてくれるように薔子からお願いして、無理矢理うなずかせたのだが。


でも時々、誰も近寄らせないような雰囲気を感じる。笑っているけど笑っていない。

もしくはぼんやりと考え事をしている。かなり露骨に。

誰かといても心は一人で、あの深い深いところにある祭壇にお祈りに行っているのだろう、と勝手に思っている。

だから、考え事の時は放っておくことにしている。修道士の祈りを誰が妨げられようか。


「修道士って、すごい例えだね。」海ちゃんはにっこり笑う。

「でもあってると思わない?絶対ストイックだよ。」

茶道のお稽古の準備をしながらこそこそ話す。


今は大学祭前。

私が部長、海ちゃんと隆之は副部長だけれど、3年のこの大学祭で代替わりだ。

今日は3人で自主練を使用ということになった。

隆之はまだ来ない。


「それはそうと、修道士は遅いなあ。」

「本当にね。何かあったかしら?」


ひとしきり準備も終わったが、まだ隆之は来ない。

もうとっている授業はないはずだけど。


「せっかくだから、海ちゃん始めたら?私、お茶のむわよ?」

「そう?じゃあ始めようかな。」


海ちゃんがお点前を始めようとしたら、足音が聞こえた。

「悪い!遅くなったな!」

隆之は少し息があがっている。よっぽど走ってきたのだろう。

「大丈夫だよ。準備も済んだし、先に練習させてもらうな。」

「おう!どうぞどうぞ!」


身支度を整えて座った隆之を見る。

目が合うと、ニヤッと笑う。

…あれ、何か違和感。


「隆之。調子悪いなら、無理しないで帰ったら?」

「…なんだよ、急に!」

ちょっと気になって声をかければ、少し焦ったように言葉を重ねる。

…怪しい。

じーっと見つめると、隆之が苦笑する。

「…ちょっと眠れてなくて。そのせいだ、きっと。」

「気をつけてよ?」

「ああ。」


うなずかせたから、大丈夫と思い、海ちゃんの方を見る。

お点前は順調だ。


そして海ちゃんがたててくれたお茶をいただいていると、突然バタッ、と、音がした。

驚いて音のありかを探すと、隆之が倒れている。


「隆之!」


海ちゃんと二人で駆けよって様子を見る。


……………。


「これ、寝てない?」


「いびきもかいてないし、大丈夫そうだよね?でも一応医務室に行って誰か呼んでくるから、薔子は待ってて?」

「わかった。」


穏やかな寝顔。規則正しい呼吸。

寝不足って、何かあったのかしら。私は隆之の顔を見つめていた。


結局海ちゃんのよんできた先生の見立てでもただ寝ているようだ、ということになり、

私たちは隆之をそのままにしてひとまず練習を続けることにした。


*********


夢を見た。軽井沢の別荘の夢。

全くベタな話だが、母方の祖父が俺に残してくれた別荘があるのだ。軽井沢に。

そこに両親と一緒に行ったのは二度程なのに、俺はそこが好きで、その話をしたとき、

爺さんは特になんの反応もしなかったのに、俺にここをくれた。

ここの管理をお願いしていけるだけのものと共に。

それでも全体に比べればたいした価値でもなかったのか、それとも顧問弁護士の斑鳩いかるがさんの腕がよいのか、

ほかの遠い遠い親族に邪魔されることもなかった。


両親を事故で亡くし、爺さんがなくなるまで一年間は一緒に住んだが、それ以降は一人で暮らしている。

時々、斑鳩さんが様子を見に来る以外は、一人だ。

もともと、父方の祖父母はすでに無く、父方・母方の遠い遠い親戚たちと一緒にすごすつもりは無かった。


それでも時々、それはふとしたときに訪れる。

高校時代は年に数回あったが、大学に入ってからは激減しているし、長い休み中のことも多いから

大学の友達たちは誰も知らない。

寝不足が数日続き、ばったり倒れて眠ってしまうのだ。

といっても少し眠ればおきるので、大して問題ないのだが、

以前斑鳩さんがたずねてきたときに倒れていて以来、ものすごく心配されていて、

予告するようにしつこく言われているのだ。

今日もそろそろやばそうだったので、斑鳩さんに帰りにちょっと寄ってくれるようにお願いしていた。

・・・倒れていたら発見してください、というお願いだ。


斑鳩さんは親子二代にわたって爺さんの信頼篤い顧問弁護士だった。

もうすぐ55歳くらいだろうか。お父さんは爺さんと同年代だったそうだ。

お子さんはいないから、奥さんの小百合さん共々、俺のことを子供のように思ってくれて、

何かと気にかけてくれる。


一人で暮らしてはいるが、一人で生きている、とは思わなかった。

たとえ、近い血縁者がいなくても。

俺には俺のことを気にかけてくれる人がいる、と、斑鳩さん夫妻に教えられたから。

それは爺さんの残してくれた、最大にして最高の遺産だった、と思っている。

別荘はおまけだ。


*********


急に意識が覚醒した。

電気がまぶしい。

・・・ここはどこだ?何で寝ていたんだ?


「隆之?起きたの?大丈夫?」


薔子の大きな声とともに、上から覗き込まれる。

海も一緒だ。


「ああ…。俺、倒れた?」


「いきなりばたっと音がしたら、倒れてた。

 一応医務室の先生に診てもらったけど、眠っているだけだろうというから、

 ひとまず様子を見ていた。んー、3時間くらいかな。

 …眠れないこと、よくあるのか?」


海は直球に聞いてきた。


「高校時代はたまに。最近はそうでもなかったんだけどな。」


薔子がみるみる顔をしかめる。

怖いからやめろ、その顔。


「倒れるってわかってるんだったら、前もって言いなさいよ!

 …心配するじゃない。」


「すまん。今後気をつける。」


気をつける、じゃないー!と怒る薔子を、海がまぁまぁ、となだめている。

その様子を見て、俺は思う。


今まで、人前で倒れたことはなかった。

人前で倒れて、その人たちの前で安心して眠るなんて。

俺は、そうとうこいつらに気を許してるってことなんだろうな。


俺は一人で暮らしている。近い血縁者もいない。

でも、俺は一人で生きているのではない。

斑鳩さんがいて、小百合さんがいて、そして、こいつらがいて。

大事な人はいつだって、増やせるものなんだ。


隆之の不眠は精神的なもの。でも心から安心できる人を増やし、だんだんよくなっていきます。


すっかりご無沙汰してしまいました。石の上に肘をついて祈る人がまったく出てこなくて。結局隆之が修行僧になりました。ショーン・コネリーの映画とは「薔薇の名前」というものです。見たのにストーリーを覚えていませんが。

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