雨の中、濡れる事を気にせず佇む人。
新しいお題はじめます。真理絵視点。
7月のある雨の日。
休講が続いていたので、私は午後になってから学校に行った。
1コマだけ出て、そのあと部活に行くつもりだ。
部活はゴルフ部。
走ったりもしているので、夏はタオル類や着替えは必須。
それなりに大荷物での登校となった。
時刻は13時45分。
授業中のせいか、雨のせいか、いつもの喧騒が嘘のように静まりかえっている校内。
そんな中でふと何の気なしにサークル会館の方を見て、私は立ち止った。
雨の中、傘も差さずに立ちつくしている人がいる。
しかもあれは多分おそらく絶対に知り合い。
「・・・遠藤くん?」
その人は。
よくみるといわゆるずぶ濡れ、というやつだった。
髪からはぽたぽたと絶えずしずくが落ちている。
明るいグリーン系のチェックのシャツも、よくみると色が変わっているくらいの濡れかただ。
ジーンズはもちろん元の色は知らないけどインディゴの濃い感じだし、スニーカーはドロドロ。
何してるのよ、と、走り寄ろうと思った。
それなのに。
近づこうとする足が止まったのは。
焦る心が急ブレーキをかけたのは。
優しい笑みを浮かべて、胸元に置いた手の中を見つめている横顔を見たから。
その人が、綺麗なグリーンの目をしていることを知っている。
普段は無表情と言われることも多い。
背も190くらいあって、肩幅も広くがっしりしていて、口数は多くない。
落ち着いた低い声をしている。
そんな外側の雰囲気から、何となく怖いよね、と言う女子も多い。
が。
見たこともない柔らかい表情を浮かべた彼は、ひたすら綺麗だったのだ。
見惚れてしまうくらいに。
不意打ちをくらったように胸がドキドキする。
何その顔、反則なんですけど!
しばらくぼんやり眺めたあと、はっと我にかえった。
雨足はだんだん強くなっている!
あのままだと風邪引いちゃう!
「遠藤くん!」
叫んだ声が聞こえたらしく、こちらを向いたその表情は、
大変残念ながらいつものものに戻ってしまっていた。
もう少し見ていたかったこの矛盾する気持ちをどうしてくれるのよ。
「何でずぶ濡れなのよ!ひとまず屋根あるところにいこう!」
物言いたげな大きな人の、予想通りずぶ濡れのシャツのそでを引っ張り、
近くの体育館の軒下に座る。
ここは雨にはあたらないし、風もよけられる。
座り込んで相手の手の中をのぞきこむ。
子猫がいた。
小さな小さな三毛の子。
大きな大きな遠藤くんの手のなかにいると、尚更小さく小さく見える。
ほんの一瞬迷ってから、私はかばんからまず普通のタオルを取り出し手渡す。
不思議そうな顔をした遠藤くんに答える。
「どうぞ使って、風邪引くわ。」
遠藤くんは納得したように軽くうなずいて、タオルで猫を包む。
やっぱりだよ!
自分の頭とかを拭く前にまず猫だったな!
小さい方で、正解!
猫はすっかり遠藤くんになついているのか、されるがままだ。
気持ちよさそうにしている。
遠藤くんがひとしきり猫を拭いたのを確認して、今度はバスタオルを渡す。
また不思議そうな顔をするのを見て答える。
「猫と交換」
一瞬怪訝そうな顔をするのにちょっとにらんで答える。
「そのままじゃ、自分を拭けないでしょう?」
更に一瞬迷った顔をするのを、こちらも更ににらみつけて、
「風邪引いてもいいの?来週くらいから試験始まるのもあるわよね?」
と駄目押しする。
遠藤くんは少し困ったような顔をして、そっと猫を渡してくれる。
わかればいいのよ!
バスタオルと交換して猫を受け取り、その柔らかな感触を楽しむ。
すっかり元気だね、君は。
いい人に助けてもらってよかったね。
あら、私もじゃれてくれるの?
うれしい!かわいい!
すっかり猫と夢中になって遊んでいると、隣から声がした。
「助かった。洗って返す。」
あ、すみません、猫に夢中でした。
そのままでもいいんだけど、かえって気になるよね、きっと。
「どういたしまして。」
猫を膝に置いて横を見ると、物言いたげな顔。
わかった、わかった、猫返すから。
ちぇー、もう少しなでていたかった。
またね。
「はい」
無言で軽くうなずくと、座った膝の上に乗せて、優しくなでる。
また見惚れそうになった私は、慌てて言葉を重ねる。
「で、なんでまたそんなにずぶ濡れになったの?」
「…。部室で寝てたら、どこからか猫の声がして。
すぐ見つかると思ったから傘を置いてきたんだが、なかなか見つけられなくて。」
「気がついたらずぶ濡れになっていたと。」
うなずく遠藤くん。
おいおい、ちょっとだって傘持とうよ。
「猫好きなの?」
「いや、特別は。」
え?
「切羽詰まった泣き声に聞こえて、なんとなく。」
で、探しに行ったのか。。。
軽くため息をつくと、こちらをみて遠藤くんがつぶやく。
「すまん」
何で謝る、そこ。
「いや、私に謝る要素は何もないでしょ?風邪引かないようにね?」
「いや、タオル、使うだろう?俺のでよければ部室のカバンにあるが。」
ああ、使うのに持ってきたんでした、当たり前か。
「いや、今日雨だから部活でるの迷ってたんだ、本当は。」
私は何を嘘を。ごめん、部長!
今は何よりこっちが大事。
「それより遠藤くんこそ、そのにゃんこはどうするつもりなの?
住んでるところで飼えるの?」
「飼えない。」
「それにこれから部活もあるんじゃないの?」
「部活は休む。」
あーそうですか。
この人、授業にしろかなり真面目だから、多分部活もめったに休みそうにないのに、
猫の方が大事なのね、今は。
ちょっとこの大きな人がかわいく思えてきた。
「飼い主に心当たりはあるの?」
「ないこともない。」
なんだその中途半端な回答。
顔に出たのだろう。
遠藤くんは少しほほ笑むと猫を手渡してきた。
うわ、笑った!!!
笑ったよ、遠藤くんが!!!
ダメダメ、我に返って。
そうそう、この子をどうしろと?
「…心当たりのところに連れていくが、一緒に来るか?」
へ?
「行ってもいいの?」
「カバンをとってついでに着替えてくるから、少し待っていてくれ。」
「じゃ、この傘差してって。」
軽くうなずいて、走っていく背中を見送る。
見えなくなって気がついた。
何でこんなにあの人の表情に気づいてしまうんだろう。
無表情って言われてるけど、全くそんなことないじゃない!
すごく表情豊かなんですけど!
しかもあの顔!
「あー、もう反則よね、お前もそう思うでしょ?」
猫に問いかけると、猫は寝ている。
拍子抜けだ。
「ああ、もうなんだかなぁ」
決まっていることはただ一つ。
今日はこの後の授業と部活はサボり決定ということ。
新たな不確定要素が一つ。
私は、この大きなかわいい人が気になって仕方がなくなりそう、であること。
そのあと、ジャージに着替えてきた遠藤くんと、
遠藤くんの部活の顧問である理学部の教授のところに猫を連れていき、
無事に引き取ってもらう確約をした後、おいしいコーヒーをごちそうしてもらった。
その間も、初めて見る遠藤くんがたくさんすぎて、
私の心は一杯になってしまった。
それは後から考えると、私が遠藤くんを好きになったときのできごと。
「目の色」はこれより前の話。
実は前から真理絵は遠藤くんが気になっていました。
日頃からよく見ているから、無表情と言われるの人の表情がよくわかったというオチ。
ちなみにこれ以前から、遠藤くんは真理絵が気になってました(笑)