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6人の物語  作者: sanana
ふと気が付いた10のお題
20/26

遠すぎる、でも近い

ご無沙汰でスミマセンでした。。。

「試してみようか」「寝転がって考えるのは貴方のことだった」の時期の、遠藤の話です。

遠すぎる、でも近い


屋上から空を見上げると、かすかに飛行機の音がしたような気がした。

もしかしたら、彼女が乗っているのではないだろうか。

そんなことを考えた自分がおかしくて、苦笑とともに口元がゆるむ。


今日からニューヨークに出張に行った彼女を、朝まで離せなかった自分。

抱きかかえたまま眠り、目が覚めてもすがるように離せなかった。

・・・いい加減にしろ、と、殴られて、ようやく離した。


「ああ、遠藤先生。…お疲れですか?」

「は?」

石浜先生に声をかけられる。

廊下ですれ違い、会釈して去ろうとしたら、つかまった。

この人はあいつらと同じくらい鋭くて、いや、あいつら以上にごまかせなくて、

たまに困る。

「ええと…、お時間あるなら、コーヒーでもいかがですか?」

「…そんなにおかしい様子ですか?」

石浜先生に心配されるほど、自分は何かおかしいのだろうか。

そう思って聞き返すと、きょとんとした顔で見つめた後、にっこり笑われた。

「いいえ。おかしくはありませんよ。

 でも、久しぶりにお目にかかった気がして。

 ちょうど一休みしようと思っていたところなので、ご迷惑でなかったら」

そう言われると、断れない。

うなずくと、さらに笑って自分の部屋に案内してくれる。


石浜先生の部屋は、いつもほのかに何かいい香りがする。

なんとなく落ち着く気がする。

俺には真似は出来ない、と思うが。

よく入り浸っているらしい佐伯曰く、

「アロマオイルがいつも香ってて、でもやり過ぎてないところが

 薫先生らしいのよねー。」

だそうだ。

というわけで、これはアロマオイルらしい。

以前、彼女が風呂に入れようとして、うっかり蓋の開け方を間違えて

大惨事が起こったあれだな…。

瓶の半分ぐらい入れしまって、しばらく匂いが消えなかった。

しかもネロリとかいう高いオイルだったらしく、半泣きだった…。

何であんな蓋の開け方を間違えるのか。

たまに理解できないことをやらかすが、それは佐伯も同じらしい。

榊原がため息をついていたことがあったっけ。


「お待たせしました。どうぞ。」

礼を言ってコーヒーを受け取る。

うまい。

石浜先生の部屋は、フレンチプレスが置いてあって、

淹れたてのコーヒーが飲める。

大騒ぎの自分のいる部屋とは大違いのゆったりさ。

それは、ここが小児科の一室だからなのか。

多分そんなことはなく、彼がそう望んで作り上げたものだろう。


「真理絵さんはお元気ですか?最近お目にかかっていないんですよ。」

にっこり笑いながら、彼女のことを聞いてくる。

「今日から、ニューヨークに。学会だそうです。」


俺は、彼女に言わせると、自分の中にため込みすぎらしい。

そうは思わないが、言葉に出すと全てが嘘っぽくなりそうで言えない。

いや、逆に、全てが本当になりそうで、怖いのかもしれない。


「そうですか。お忙しいのですね。いつお戻りなんですか?」

「一週間後には。」

普段同じ都市で暮らしていても、元気でいるか、と、ふと考えるのに、

外国は遠い、遠すぎる。

それがたとえたった一週間のことだとしても。


「一週間、そうですか。少しさみしい距離と時間ですね。」

にっこり笑ってこの人が言うから。

俺は、さみしいと思っても悪くはないのだろうか、と思う。

「でも、ニューヨークなんて近いものです。

 一週間なんてあっという間です。」

そうは言っても、と、思って目の前の人を見つめると、

いたずらっぽく笑っている。

「大丈夫。あなたが思っているほど、遠くないと思います。

 真理絵さんが、遠く思わせるわけ、ないでしょう?」

どういう意味か、聞いてみたかったが、もう何も話しません、という。

俺は肩をすくめて、ゆっくりコーヒーをごちそうになる。


その夜は、行きつけのバーでゆっくり飲んで、気分よく眠りにつく。

そして朝、見たこともない電話番号からの着信があった。

一応何事かと思い、電話に出る。

「はい」

『遠藤くん?』

彼女の声だ。

「どうして?」

『寝ぼけてる?ごめんね、一応加減したんだけど。』

「いや、大丈夫だ。」

『そう?無事に付いたわよ、ニューヨーク。

 今日は時差ボケ解消でお休みだったから、懐かしいハンバーガーショップに行ってね。』

彼女はニューヨークに1年間住んでいたことがある。

大学に入りたてで、すぐに父上がニューヨークに転勤になり、

こんなことめったにないから、と、1年行くことにしたのだそうだ。

だからニューヨークの店も詳しいだろう。

彼女の話を聞きながら、これはいつもと全く変わらない日常だと、気がつく。

しばらく会えなくても、彼女は必ず電話をくれる。

メールではなくて、電話だ。

出られない時でも、留守電を残しておく。

『で薔子ったら…。遠藤君、聞いてる?』

「ああ。」

『もう、いいわ。電話代、いつもより高いんだから。もう切るわ。』

ちょっと怒ったような声で言った後、そっと言う。

『ごめんね、邪魔しなかったかな?』

誰にでも強気で無敵の女だが、実は人のことを十二分に気にしていることを知っている。

遠すぎる、と思っていた距離。

でも、近いものだ。

彼女と自分ならば。

近いと思わせてくれる、彼女だから。

俺に出来ることは。

「真理絵。」

『なあに?』

俺は、電話の向こうでおそらく真っ赤になるであろう彼女の顔がみられないのを残念に思いながら、

めったに言わない言葉を口にする。

心からの感謝を添えて。


こっぱずかしい愛のセリフを言わせたら、実は遠藤君が最強かもしれません。


お題は【Abandon】様よりお借りしております。

http://haruka.saiin.net/~title/0/

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