目の色
無口無表情で巨大な遠藤視点
佐久間真理絵は、小さなことにもよく気づく。
そう思わざるを得ない話の展開が、聞くともなしに耳に入ってくる。
今は昼休み。ここは学食。
一つ向こうのテーブルで、佐伯薔子相手に語っている。
カフェの新しいメニュー、街路樹の緑が濃くなったこと、街角の猫、
など小さなことをたくさんの気づき。
ちらっとそちらを見ると、大きな目を輝かせて話に夢中、のようだ。
そういえば、先日の実験結果からすわ新発見か?!という気付きを伝えたのも
佐久間だった。
教授と院生が大騒ぎしている中、佐久間は冷静に見えた。
後は先生方でどうぞ、と、他人事だ。
いや、あれは多分、どうでもいいんだろう。
発見した段階で満足したらしい。
そこから掘り下げていく研究には興味がなさそう、に見えた。
とするならば、何なら佐久間の興味を惹くのか、と思ったものだ。
少し早目の昼休み、俺は一人で昼食を食べていた。
時間が空いたので、食べ終わったらコーヒーでも飲もうとゆっくりしていた。
すると、佐久間、佐伯、斉藤、榊原の4人が学食にやってきた。
たまたま俺の隣が空いており、隣のテーブルに斉藤と榊原、
一つ隣のテーブルに佐久間と佐伯が座った。
「遠藤、それどうやって頼んだらそんなに巨大なカレーになるの?」
榊原が俺の食べているカレーを見て言う。
「普通に、大盛りでというと出てくるが。」
他の奴らの大盛りは違うのか?
そういえば盛りがだんだん多くなってきたような気はするがな。
「海、遠藤にそんなこと聞いても気づいてねーよ。
毎回大量のカレーを一瞬で平らげるのがおばちゃんの視界に入って、
見るに見かねて現在の量になったに違いないって。
有名だもん、遠藤カレー。」
・・・有名なのか?
ちらっと斉藤を見ると、小さくため息をつき肩をすくめる。
まるで外国の映画のしぐさみたいだな。
「気づいてないだろう、お前。
何気に各学食のおばちゃん方の間で有名なの。
お前が来たら、特盛り!は合い言葉なんだぞ?」
これは大盛りじゃなくて、特盛りだったのか。
そういえば、1年の頃に比べて、だんだん満足度は増している気がする。
しかもカレーに限らず、定食のどんぶり飯も適量の大盛りだ。
「そうなんだ。今度一度試してみようかな、遠藤カレー。」
「いや、海には無理だって。服部が試して途中で敗退してたぞ。」
そんなに多かったか…?
榊原が俺の顔を見て言う。
「遠藤、自分の食べる量が普通だって思っちゃだめだって。
特盛りだから。特別だからね。」
俺は、どうも言葉が多くない、らしい。
特別そう思ったことはないのだが、よく言われるから、そうなのだろう。
とは言え話すことが得意か、といわれるとそうは言えない。
皆よくそんなに話すことがあるものだ、と、感心するばかりだ。
その上無表情、とも言われる。
190cmの身長に加え、大学に入ってアメフトを始めてから筋肉も増えた。
そのおかげか、みかけはかなり怖い、らしい。
同じアメフト部のやつらが言うのだから、多分そうなのだろう。
そのせいも手伝ってなのか、医学部の連中とは会話は交わすが、
それほど親しいとはいえないだろう。
妹たちや友人たちからは医学部で浮いた存在だろう、とからかわれる。
よくつるんでいるのは部活の連中や、体育会系の会議なんかで知り合ったやつらだ。
しかし、この4人とは医学部の中でも割と話す方、だと思う。
斉藤、榊原はいうに及ばず、佐久間と佐伯も気にせず話しかけてくる。
1年の時、実験のグループはあいうえお順だった。
確かこの4人は同じグループ、だったはずだ。
毎回バカみたいに早く終わっていたグループだったので覚えている。
斉藤、榊原は女子から絶大な人気があるようだし、
佐久間、佐伯を気にかけている男子も多い。
しかし、本人たちは全く気にかけておらず、自覚もなさすぎるらしい。
よく本人たちのいない教室で話題に上っている。
たわいもない話をしていると、ふと佐久間と目があった。
・・・何だ?
急に驚いたような顔をしてじっとこちらを見つめている。
「真理ちゃん、どうしたの?
遠藤君がどうかしたの?」
佐伯がいぶかしげに佐久間に問いかける。
なぜか黙ってじーっと、見ているのだ。
不審だろう。
「…何か?」
怖い声になっていないといいが。
と思いつつ、ああ、佐久間は大丈夫か、と思い直す。
こいつは、俺と話すのにひるんだ様子など見せたことはない。
アメリカに1年行っていたらしく、あちらには俺みたいなのも多いのかもしれない。
そういう免疫があるのかもしれない。
聞いてみたこともないし、…他の男の話など聞きたくもないが。
長い長いにらめっこの後、ようやく佐久間がつぶやく。
「目の色が…」
ああ、そういうことか。
やっぱり小さいことによく気がつくな、佐久間は。
「え?遠藤の目の色?」
榊原が首をかしげる。
「遠藤君の目の色!緑色なの?!キレイ!!」
「え?緑色?」
とたんに4人が俺の近くに陣取ってじっと見つめ始めた。
佐久間と佐伯に至っては、席を立って近づいてくる。
「わ、ほんとだ、今まで気づかなかった。」
「言われてみると本当だな。よく気がついたな、真理絵。」
「曽祖父がスウェーデン人だ。」
確かに俺の目は、よく見ると深い緑だ。
いわゆる隔世遺伝というやつ、らしい。
しかし、よく気がついたな。
4人に目をやると、まだじっと見ている。
特に佐久間、顔が近い。
近すぎる、それは。
「お前たち見過ぎだ。減る。」
あまりの居心地の悪さにつぶやくと、斉藤と榊原が吹きだす。
「減るって、減るって!!」
「面白いな、遠藤。それできれいな色だなぁ。」
「本当にきれいねぇ。」
佐伯までそんなことを言う。
それにしても。
「佐久間、近い。」
「あ、ごめん。
でも、本当にきれいな色ねぇ。
すっとみてても飽きない!」
すごい笑顔で言われた。
しかもすごい至近距離で。
…。
俺は小さくため息をつき、残りのカレーをかきこんで席を立つ。
「じゃ、これで」
すると佐久間が呼び止める。
「あ!遠藤君!」
まだ用か。
「何?」
「ごめんね。でもありがとう!」
また笑顔。
佐久間が目の端によく入るようになったのいつごろからか。
明るい声がよく耳に入るようになったのはいつごろか。
友人たちには鈍感すぎる笑われたが、どうやら俺は佐久間が好きらしい。
「反則、だろう。」
女の笑顔というやつの破壊力を思い知った。
うっかり抱きしめたくなるだろうが。
「しかしまいったな。」
いささか多すぎる独り言をつぶやきつつ我に返った。
あまりに焦って飛び出したため、予定より早く学食を出てしまった。
仕方なく図書館に行ったが、佐久間の顔が思い浮かんで離れない。
「本当にまいったな。」
かわいすぎる彼女のことを頭から必死で追い出しながら、俺は予習を続けた。
遠藤君は、気は優しくて力持ち!な人です。
2012年もよろしくお願いします。
ちなみに登場人物まとめもアップしてみました。
お題は【Abandon】様よりお借りしております。
http://haruka.saiin.net/~title/0/