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6人の物語  作者: sanana
ふと気が付いた10のお題
16/26

身長差

真理絵の話。ちょっと季節外れですみません。

遠藤君は背が高い。

190センチもあるらしい。

対する私は160センチ。

女の子としては小さい方ではないけれど、遠藤君に比べれば小さい。

30センチの身長差は、時に心の距離でもあるようで、たまに切ない。

ま、考え過ぎだけどね。


「真理ちゃん落ち込んでる?」

友達づきあいも長いと、時々自分で気づいてもいないことを指摘されるものだ。

「別に落ち込んでなんていないわよ。何なのよ、いったい。」


お気に入りのバーは、今日は珍しく空いている。

いつの間にか毎日のように誰かがいるようになったが、

元はと言えば薔子と私が散々酔っぱらった挙句にここにたどり着き、

遠藤君や海君、さらには隆之まで呼びつけ、

すっかり大宴会を催してしまったことから始まった。

ローマ神話の酒の神の名前を冠したこのバーは、入口に近いカウンターから、

川が見える窓側の席、奥の見事なステンドグラスに彩られた席まで、

どこでも居心地がいい。

人数が少ないうちは、いつもカウンターで飲んでいることが多い。

マスターをはじめ、お店の誰もがやさしい。


「だって、なんか変だもの。何があったのか白状しなさいよ。」

薔子はお酒がそんなに強くない、と言っても、ふつうに強いらしいが、

私たちが大酒飲みすぎるだけ、らしい。

今日はお気に入りのミモザをうれしそうに飲んでいる。

みかけは派手な美人だというのに、その中身はかなりかわいい。


「何もないわよ、ほんとに。」

ほんとうに、何もない。

何もないのだ。

「ほんとうに?」

小首をかしげてこちらを怪訝そうに見つめる薔子に、にっこりほほ笑む。

「本当よ。そんなこと言って、飲みが足りないんじゃないの?」

自分の心を隠すように、お酒を勧めてしまう自分が笑える。


「あー、また今日もやってしまったわ。。。」

隣では薔子がすやすや寝ている。

だいたい私たちと飲んでいるときはいつの間にか眠ってしまうけれど、

他の人と飲んでいるときに眠ってしまったことは一度もないらしい。

今日はうっかり動揺して、飲ませ過ぎてしまっただろうか。

これ以上不安な自分を見せたくなかった、今日は。

なんとなく、気付かないでほしかった。


少し小首をかしげたままじっとこっちを見つめた後、

もう薔子は何も言わなかった。

「足りなくないよ、飲んでるもん。ミモザ、おいしいんだよ。」

それから、くだらない話が続く。

隆之が仕事中にナンパされたこと、職場の同僚の披露宴の話、

おいしいコーヒーの飲めるお店のこと、

この前入ったサンドウィッチやさんがすごく雰囲気が良かったこと、

一目ぼれした鞄のこと。。。

女の子の話なんて、くだらないことでも延々と続く。


薔子は何も気にせず話せる貴重な女友達だ、と思う。

多分何かを気付いたに違いない。

でも、私が言う気がないとわかると、それ以上何も言わなかった。

何も言わずにくだらない話で盛り上がり、いつものようにおいしく飲んで、

いつの間にか眠ってしまった。


「眠ってしまわれましたか。」

マスターがそっと声をかけてくる。

「ええ、いつの間にか。」

そうですか、と微笑みながら、そっと薔子にストールをかけてくれる。

そのストールは、マスターが昨年の薔子の誕生日にプレゼントしてくれたもので、

大切にこの店に保管されている。

そして薔子が眠ってしまうたびに、そっとその肩にかけられる。


「真理絵さんは、こちらをどうぞ。」

マスターはそう言って、湯気の上がったガラスのマグを出してくれる。

「今日は真理絵さんもちょっと召し上がりすぎですからね。

 桜湯ですよ。」

ふわっと香りが広がり、カップの中にはかわいい桜の花が浮かぶ。

温かさが体に沁みる。


「ありがとうございます。でも、そんなに飲んでいましたか?」

気遣ってもらったことがうれしくて、まるで小さい子供みたいな気持ちになる。

「そうですねぇ、真理絵さんじゃなかったら、とっくにお止めしているくらいには。」

にっこり笑ってマスターは答える。

ああ、それは相当飲み過ぎてるんだわ、私。


久し振りに飲んだ桜湯は、驚くくらい懐かしい光景を思い出させる。


大学時代、薔子たちは茶道部だった。

遠藤君と私は、彼らのお茶会に毎年行っていた。

秋は大学祭でのお茶会だから、大学の和室で行われていたが、

なぜか3月のお茶会は毎年学外のお茶室を借りて、割と本格的に行われていた。

年度末近くになぜ実施されるのかが謎なまま、続いている3月のお茶会。

驚くほど寒いこともあり、駅からお茶室まで歩いているうちに、案外体は冷える。

待合で二人で並んで待っていると、そっと桜湯を渡される。

あったまるね、などと話しながら待っていると、そのうちお茶席へ案内される。

それがいつものパターン。


あれは大学3年の頃。

待合で二人並んで待っていたものの、私たちの間に言葉はない。

喧嘩をしていたのだ。

理由はたぶん、ものすごくくだらないことだったと思う。

だけど、私にとっては十分に喧嘩し、黙り込むに足りる内容だった。

待ち合わせ時間も決めて、一緒に行くことになっていたお茶会だったけど、

もちろん喧嘩のせいで、一緒に行くなんてありえなかった。

それなのに二人とも、つい待ち合わせ時間に駅に到着して出会ってしまった。

一緒に行く気はなかったのに、仕方なく無言のままお茶室まで歩いた。

いつも並んで歩いてくれる遠藤君がちょっと先を歩いており、

その背中を見つめながら、泣きそうになっていた。

近くにいるけど遠い、陳腐なセリフだけど、そんな心境だったのだ。


待合はこういう時に限って混んでおり、二人は並んで座るしか選択肢がなかった。

その時もそっと桜湯が渡された。

鼻をくすぐるその香りと温かさにホッとしたのか、なぜか涙が眼に浮かんできた。

こんなところで泣いても仕方がないのに、と思ったのに止められない。

あわてて庭に出た。


遠藤君は、追ってはこなかった。

それがまた少し悲しく感じられたものの、

しばらく経つとだんだん冷静になってきた。

私はあの時、遠藤君には追いかけてほしくなかった。

一人で泣きたかった。

それがわかるから、遠藤君は追いかけてこなかったのだろう。

遠藤君は、見かけはアメフト選手で冷蔵庫みたいな体形だけど、

実はかなり繊細なのだ。


そろそろ戻らないと、お茶席に呼ばれてしまうだろう、

そう思った瞬間だった。

「真理ちゃん!」

うしろから声をかけられてびっくりした。

振り返ると薔子がいた。

薄い卵色のようなきれいな黄色のワンピースを身にまとい、

ふわりと笑っている。

私の顔を見て、すぐに小首をかしげてつぶやいた。

「真理ちゃん、なにかあったの?」

声をかけられた時には、すでに涙も止まっていたはずなのに、

そう聞かれて再度驚いた。

目がまだ赤かっただろうか。

「何もないよ、どうして?」

「だって、なんだか・・・。大丈夫?」

なぜか泣きそうな顔をしてこちらを見る。

「何よ、泣きそうな顔をして。大丈夫、何でもないわよ。」

薔子は少し私の顔を見つめた後、

「だったらいいけど。」と呟いて、いつもの笑顔に戻った。

「真理ちゃんと遠藤君の入る薄茶の席はねー、

 海ちゃんがお点前で隆之が半東なの。

 でも、それがばれるとそこにばっかり人が殺到しそうだから、

 って言われて、実はサプライズ席なんだよ。」


今日のお菓子はびっくりするくらいきれいだから期待していて、

という彼女と別れて待合に戻る。

薔子の気持ちがうれしかったのだろう。

涙はすっかり止まり、どこかふわりと優しい気持ちになっていた。

戻った瞬間、遠藤君と目が合う。

少しだけ、心配そうな眼をしてこちらを見ている。

なんだかバツが悪いような気がして、目をそらして近くの空いている席に座った。

そのあと呼ばれたお茶席では、

海君が完璧な絵のように華麗なお点前を披露し、

隆之は生粋天然の人間タラシなトークで、お客様の心をがっちりつかんでいた。

・・・女子の多いお茶会でそんなお茶席、確かに殺到しそうだ、人が、うん。


「お、桜湯。懐かしいなぁ、って、お前どれだけ飲んだわけ?

マスターに桜湯出されるなんて、ふつうあり得ないよな。」

ぼんやり昔のことを思い出していたら、ふと失礼なことを言われた。

はっとして横を見ると、眠っている薔子の隣に隆之が座った。

「何よ、失礼ね。

 そんなに馬鹿みたいに飲んでないわよ、隆之じゃあるまいし。」


どうしてこいつはこうなのだ。

黙っていれば格好いいし、それなりの言葉も語れるくせに、

基本はいたずらっ子の小学生と一緒だ。

ちょっとむかっと来て言い返すと、にやりと笑われ無視される。

「あ、マスター。俺、ロックで。お勧めのをお願いしますね。」


この状況で一番関係なくて、一番待ってなくて、一番どうでもいいやつ。

でも、多分、今の状況で、一番私にはうれしい相手。


「じゃ、おつかれ。」

ロックグラスとマグカップで軽く乾杯だ。

「今日はちょっと早いのね。」

「ああ、一仕事終わったからな。

 明日は非番だし、ゆっくり飲もうと思って。」


隆之は刑事だ。時には休みもほとんどなく働いている。

私たち5人は、大学の医学部の同期だというのに、

普通の医者は遠藤君と海君の二人しかいない。

薔子と私は監察医だし、隆之に至ってはなぜか刑事になった。

医師免許をとった後も大学に残り、1年遅れで試験に受かって警察に入った。

なぜ刑事になったのか、いまだに理由はよく知らない。

特に聞かなかったから。


「お前さ、遠藤となんかあったの?」

どうして、こいつまで。。。

「どうして?何もないわよ?」

隆之は私の顔をじっと見つめると、ふと視線をそらし手元のグラスを見つめる。

「いや、だったらいいんだけどさ。」

気になるじゃないか、そんなことを言われると。


「何よ、言いたいことがあるなら言えばいいじゃないの。」

子供みたいに詰め寄ると、隆之は苦笑いを浮かべる。


「外に、立ってる。」


は?


「いや、どのくらい前からなのか知らないけどな、

 店の前に立ってるんだよ、遠藤。

 すみません、マスター。

 もしかして空いてるのってあいつのせいかもしれません。

 用心棒張りに立ってて、一見の客はすごく入りにくい感じだと思います。」


あいつ、あんな外見ですし、と、隆之はマスターに謝っている。

マスターはにっこり笑って何も答えない。

・・・マスターも知っていたってこと?

驚いて見つめる私の顔を見ると、マスターはゆっくり微笑んで言う。

「いえ、常連のお客様ばかり今日はご来店だと思っておりましたが、

 先ほど用事で外に出た者が、お目にかかった、と言ってましたから。」


どう考えても普通なら一緒に飲んでいるだろう人が外に立っている。

ということはなにかあったのだろう、と思うにきまっている。

でも、何も言わない。

隆之ですら、問い詰めなかったら何も言わなかっただろう。

本人同士のことは本人同士で、と思ってくれてのことだろうが、

何も営業妨害をしたいわけじゃない、お互いに。


「マスター、ありがとう。本当にごめんなさい。ごちそうさまでした。

 隆之、薔子と支払い任せたわよ。」

「何で支払いまで!」

「たまには払わせてあげるわよ!

 その代り、今度、倍返ししてあげる!

 ・・・ありがと。」

最後のお礼はごくごく、小さい声で。

「あー?なんか最後の方がきこえねーなー?」

にやにやしている隆之の足を軽く蹴るまねをして、ドアに向かう。

ちゃんと聞こえているくせに、やっぱりムカつくやつだ。


 店の外には、用心棒がいた、確かに。

ドアの隣の壁にもたれている。

「何してるの、こんなところで。」

「別に。立っているだけだ。」


遠藤君は背が高い。

そして背が高いだけではなく、ごつい。

太っている、というより、とにかく全般的に巨大だ。

この人がここに立っていたら、間違いなく入りにくいだろう。

どうみても用心棒だ。


「そう。まだここにいるの?私は帰るけど。」

歩き出すと、何も言わずに並んで歩き始めた。

さっきふと思い出した喧嘩の時は、並んで歩いてはくれなかった。

背中を見つめているのが悲しくてたまらなかった。

でも、今日は並んで歩いてくれている。

もう、それで十分だ、早く謝って仲直りをしよう。


「ごめん、言いすぎた」

なんて謝ろうか考えている私の、頭の上の方から声がした。

驚いて見上げると、いつもの遠藤君の顔だ。

かなりぶっきらぼうで、無口で、何を考えているか分かりにくい顔。

その顔を見ていると、ふと言葉が口からこぼれる。

「ごめん、私も言いすぎた。」


遠藤君がほんの少し驚いたようにこっちを見て、ゆっくり笑った。


他の人から見たら、ほとんど感じないかもしれない変化も、私にはわかる。

どれだけ気にしていたかもわかっていたはずなのに。

でも、あのときは、我慢できなかったから無視した。

だけどもういいんだ。

そんな私を遠藤君は許してくれたから。


立ち止まった私に、笑顔がゆっくりと近づいてくる。

たまに心の距離を思わせる身長差は、ふと気がつけば一気に縮まり、

私たちは、仲直りのキスをした。


どうしても桜湯を出したくて、3月にお茶会やるわ、

こんな時期にアップするわ、で、季節感がなくてすみません。


今年はこれで更新おさめです。

読んでくださった皆様に心からの感謝をこめて。

来年もごひいきのほどよろしくお願いいたします(^^)


お題は【Abandon】様よりお借りしております。

http://haruka.saiin.net/~title/0/

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