空の色
薫先生視線。
そういえば、隆之と薫先生は男性同士です、
とか書いておいた方がいいものなのだろうか・・・?
って、もう隆之の告白のくだりとか散々載せているから遅い気もしつつ。
青空みたいな人だ。
初めて見た時そう思った。
室内なのに、なぜが五月の高原に連れてこられたような気分。
曇りのないすっきりした美しい青い空と優しい枝ぶりの大きな樹。
葉は青々として、心地よい風も吹いているような。
そこに彼が立っているように思えた。
今考えれば、ずいぶんな妄想だと苦笑してしまうけれど。
出会いは、最悪だった。
というか、私の印象はきっと最悪だっただろう。
私の患者となった子が、ある事件の関係者だった。
そこに話を聞きに来たのが、彼だった。
青空みたいな、と、きれいな第一印象だけで済んだわけではない。
私は患者の治療の妨げになるから、と、彼を病室から追い出し、
屋上でこんこんと説教まがいのことをしでかしたのだから。
そんなことはよくあることだった。
刑事だろうがなんだろうが関係ない。
私の患者が治るためなら、そんなことは些細なことだから。
次の日、珍しい人たちに声をかけられた。
榊原先生と遠藤先生。
同じ病院にいるけれど、それほど話す機会はない人たち。
なんと二人は彼の大学時代の友人だという。
彼の急ぎすぎた言動を謝りつつも、懸命さやまっすぐさを訴える言葉に、
いつもより申し訳ない気持ちになった。
榊原先生の言葉は、彼の親友ながら大変公平な冷静な立場からのもので、
決してかばっているということではないのが明らかで、すっと入ってきた。
また、普段驚異的に無口で有名な遠藤先生が、
一生懸命言葉を尽くして彼のことを話す姿は、強烈だった。
(榊原先生も目を丸くしていたから、本当に珍しいのだろう。)
それから、しばらく気になって仕方がない。
とはいえ、こちらから連絡を取るのも憚られ、ついそのままになっていた。
私の患者は、順調に回復していった。
しばらくたって、再び彼がやってきた。
どんな顔をして会ったらいいだろう、やはり謝るべきかな、と思っていたら、
いきなり先に謝られた。
驚いた。
何度も刑事を叩き出したが、謝られたのは初めてだったから。
それから、私も謝った。
ずっと気になっていたことや、その間に榊原先生や遠藤先生から話を聞いたこと、
とはいえあの時は面会許可を出すことができなかったことなど、
私にしては珍しく率直な言葉が出てきた。
さて、何と返されるものか、と思ったら、
「あの、今晩、飲みに行きませんか?」と言われた。
「は?」
驚いた。
何と言われるかと思ったらそれか?
驚いた顔をしていたら、焦ったような早口で、事件は解決したという。
ひとまず彼女はそのことで悩まずに済む。
彼もこの件は一件落着と、そう言っているのだ。
であれば。
飲みに行くのは構わない。
祝杯でもあげたらいい、そう思った。
いつの間にか、とっとと逃げ出すように踵を返した背中を呼び止めていた。
「あのっ」
「はい?」
「ええと、9時くらいからなら行けますけど。」
全く何を言っているのか分からない、という顔。
当たり前か。
一人で盛り上がった気分になった自分を、少し恥ずかしく感じながら、
苦笑しつつ、続けた。
「あの、飲みに、ですが。そのくらいには今日は終わります。
もし、よろしければ、ですが。」
彼は、驚きながらも、うなずいてくれた。
一緒に行った店は非常に居心地の良い場所だった。
私は酒を飲むことは好きな方だが、騒いで飲むのは苦手だ。
しかし、彼と飲んでいるのは非常に楽しい。
何の気ない話をしながら延々と飲んでいると、
昔からの知り合いのような気すらしてくる。
その店が気に行った私は一人でも行くようになり、
そこで榊原先生や遠藤先生にも会ったし、
薔子さんや真理絵さんとも知り合った。
みな一様に感じよく、楽しい人たちだ。
しかし、やはり彼と飲んでいる時間は、何か違った。
時間がゆがむようにあっという間なのだ。
心地よい場所は、初めて会ったときに感じた青空と大きな樹の木陰の
心地よいイメージと重なる。
いつしか、彼と飲む時間は、自分の中で貴重なものになった。
青空のような彼だけど、時折、ふいに秋の夕暮れのように
さみしそうなことがある。
遅くまで遊んでいる子供たちが次々帰っていくのに、
すっかり帰りそびれて膝を抱える子供のように。
どこにそんなさみしさを抱えているのだろう。
普段の明るい様子からは想像もできない、一瞬の表情。
それはすぐに元の青空に戻る。
だからこそ、私の頭を離れない。
ある日、出張から帰って自宅にいると、彼から電話がかかってきた。
これから会えないか、という。
珍しいものもあるものだ、と、もしよければ、と、自宅を案内した。
まさか告白されると思わなかった。
私は偏見はない方だと思うが、そもそもあまり恋愛というものに
心が動くことが多くない。
とはいえ、好きになった人は何人かいたけれど、みな女性だった。
男性に告白されたことが全くなかったかと言われれば、
実は何回かあった。
いずれも何か違う、と思ったので、丁重にお断りをした。
目の前の彼は、私のことを好きだという。
驚いた。
告白されたことではなく、話を聞いていると、
同じ感情が自分の中にあることに。
この人を、いとおしいと思っていることに。
彼の傍にいたい。
いつもの青空の彼の時も、あのさみしそうな子供が見え隠れするときも。
いつも傍にいて、そっと手を握っていたい。
思いを告げて、手をとった。
今まで感じたことのない感情だった。
彼は屋上が好きで、それは青空がよく似合う彼にはピッタリの場所。
病院にくると、私の仕事がひと段落するまで屋上にいることが多い。
彼は気配に敏感だ。
しかし、最近は、私の存在を受け入れてくれているのか、
それほど神経質に反応しないことも出てきた。
いつもなら階段を上っているときに気づいて振り向くのだが、
今日は私が屋上についても、そっとフェンスから遠くを見ている。
飛んで行ってしまいそうで、すぐに駆け寄りたくなる。
でも、そうしない。
しばらくして、彼が気がついた。
「いつから?」
「ほんの少し前ですよ。いつ気づくかなぁ、と思って。」
「すみません、ぼーっとしてました。驚いたな、気付かないなんて。」
ようやく、彼に近づき、背中からそっと抱き締める。
自分よりも大きな背中が、今日は少し小さく見えたから。
ほんの少しの沈黙。
何を考えているんだろう。
またよからぬことを考えているのだろうな。
「何を考えていたんですか?」
そっと聞くと、たわいない答えが返ってくる。
「今日の夕飯に何を食べようか考えていたんですよ。
何かリクエストはありますか?」
思わず笑ってしまう。
さみしい子供は、一人でいることを覚えている。
身にしみこませている。
だから、めったにさみしい顔は見せないし、
見せてもすぐに涙を拭いて立ち上がろうとする。
どんなに親しい間柄でも、踏み込みすぎないようにしたい。
ただ、私がそっと傍にいたい。
どんな時でも。
曇りの時も雨の時も雪の夜でも。
願うのはそれだけだ。
それを彼が許してくれる間は。
ふと気がつくと、今日も青空。
きれいな青が、彼に似合う。
オムライスをリクエストすると、くるっと振り返り逆に抱きしめられ、
額にキスをされた。
私が傍にいたいのと同じく、彼も私の傍にいたいと思ってくれる。
こんなに嬉しいことがあるだろうか。
私は伸びあがって、彼の唇にキスをした。
薫先生はのんびりした穏やかな性格で、
いつの間にかみんなのお兄さん的存在になっています。
ちょっと色素の薄い栗毛色の髪とやさしい微笑みから
「小児科の王子様」と陰で言われている、設定(笑)
裏表のない、のんびりやさんですけどね。
お題は【Abandon】様よりお借りしております。
ふと気が付いた10のお題
http://haruka.saiin.net/~title/0/